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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第5話 『フィールド・リバーシ 前編』
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(5)

 輝十は自販機から出てくるコーヒー牛乳のパックを取り出すなり、その場でストローを差す。

 そしてストローを咥えた、その時だ。

 ただならぬ気配を感じ、瞬時に振り返って警戒する。

 普通ではないこの学園において、常軌を逸している輝十の反射神経がそれを察知したのだ。背後に感じるものが“人”なのか“悪魔”なのか。不思議となんとなくだが、わかるようになってきていた。

「驚かせてすみません」

 輝十の背後にいたのは、苦笑いを浮かべた慶喜だった。

「んあっ! おまえは昨日の!」

 ストローを口から離しつつ、声を荒げる輝十。

「……なんの用だよ」

 人んちの庭をめちゃくちゃにした上、菓汐に傷を負わせた相手である。自然と警戒心は強化されるし、態度も冷たいものになる。

 人気のない今、自分の前に現れたのはきっと何か“理由”があるのだろう。余計に油断出来なかった。相手は淫魔であり、悪魔なのだ。貞操はもちろんのこと、勝負して敵うとも思えない。

 それでも怯んだ姿は見せず、ストローから口を完全に離し、真摯に向き合う輝十。

 そんな身構えた輝十を前に、慶喜は苦い笑みを消して表情を整えた。

「……謝罪に」

「謝罪?」

 面食らった輝十は、声が裏返りそうになる。

「はい。昨日はあなた方を巻き込んでしまい、すみませんでした」

 そして深々と頭を下げる慶喜。それは菓汐に劣らぬ、まるで生徒の見本のような綺麗なお辞儀だった。

「え!? あ、いえいえ……こ、こちらこそ?」

 輝十は何が何だか事態が飲み込めず、後頭部に手を添え、釣られてぺこぺこと軽い調子でお辞儀する。

「その、うん、なんだ。まあ、もう終わったことだしよ。俺は別に構わねえけど、微灯さんには謝ったのか?」

「…………」

 慶喜は菓汐の名前に反応し、目を見開く。

 しかし頭を下げているので輝十は気付いておらず、慶喜の微妙な心境の変化にも気付くことが出来なかった。

 深々と下げていた頭をゆっくり上げ、無言で急に表情が重々しくなる慶喜。

 沈黙が訪れ、言葉の選択を誤ったのだろう、と輝十が感じた時だった。

「……一つ、聞いてもいいですか?」

 その沈黙を慶喜自らが破る。

「あ、ああ。俺で答えられることであればなんでも」

「あなたに……」

 慶喜はその言葉を口にすることを躊躇った。

 何故それを彼に問う必要がある? そう思ったからだ。

 それでも問わずにはいられないだろう。自分のことだ、自分がよくわかっている。

 彼はきっとそういう役回りで、自分もそういう役回り。

 ならば問おう。自分が間違っていない、その証明の為に。

「……あなたに守りたいものはありますか?」

「守りたいもの? 守りたいもの……守りたいもの、ねえ……」

 輝十はすっかり気が緩んで落ち着いたのか、コーヒー牛乳を再び飲みながら空を見上げて頭を捻る。

「あ! ああ、あるぜ! 守りたいもの!」

 そして何か閃いたらしく、身を乗り出して、手振り身振りで慶喜にそれを伝えようとした。

 その勢いとまさかの友好的な態度に驚き、若干困惑しながらも慶喜は輝十の言葉に耳を傾ける。

「それはもう守りたいものというより、守らねばならないものだ。俺の使命といってもいい。その大事なモノを守り抜いてこそ、男ってもんだと俺は思ってる」

 と、おっぱいについて熱く語る輝十。

「でもなんでまた急にそんなこと聞くんだ?」

「聞いてみたかったからです」

 慶喜はそれ以上は何も言わず、輝十もまた深く気に留めていなかったので問わなかった。

「守りたいというより守らねばならないもの、か」

 興味深そうに慶喜は呟くように復唱し、口元に笑みを刻んだ。

「でしたら、話は早いです」

 その笑みがまるでなかったことのように、一瞬で消し去り、前髪で隠れていない方の瞳に強い意志を宿した。

「俺も、そうですから」

 その言葉の意味が理解出来ていない輝十は、慶喜の真摯な眼差しを受けて首を傾げる。

「争いも、乱暴も、好みません。正直、俺は悪魔とか人間とかどうだっていいんだ……」

 まるで小言を漏らすように吐き捨て、目を逸らして辛そうな表情をする慶喜に気づき、

「おまえ……」

 輝十が何か言葉をかけようとするが、それよりも先に、

「それでも守るものがあるのなら、きっと仕方のないことだと自分に言い聞かせています」

 強い決意を口にされてしまい、輝十は何も言うことが出来なかった。

 呆気にとられている輝十との間を詰め、同じ背丈の慶喜はまるでキスでもするかのようの鼻先が触れあう程に顔を近づける。

 それも一瞬だ。呆然としていた輝十のたった一瞬の隙で、慶喜は距離を縮めたのである。

「……守るために手段は選ばない。選べないんです」

 今にも消えそうな震えた声で言って、慶喜は体を離す。

「すみません、ただの独り言です。聞き流して下さい。それでは」

 人の良さそうな、本当に優しそうな笑みを浮かべる慶喜。その笑みを最後にその場を立ち去っていく。

 輝十は慶喜の背中を黙って眺めながら、再びコーヒー牛乳を口にした。

 きっと笑顔なんていくらでも作れるだろうし、言葉巧みに人間を騙すことなんて悪魔の常套手段だろう。

 それでも輝十は思う。あいつは悪い奴には思えないな、と。

 その時、予鈴のチャイムが鳴り響き――

「やっべえええええ! 一限目なんだっけ……」

 飲み干したコーヒー牛乳のパックを捨て、猛ダッシュで教室へ向かった。


「……あ、あるぇ?」

 息を切らして猛スピードで教室に戻ってきたものの、なんと教室には誰もいない。

 輝十は教室の窓から身を乗り出して、見える範囲で校内を見渡し、見覚えのある真っ赤なリボンを発見するなり慌てて足取りを追うことにした。

 一学年は講堂に集まっており、輝十は埜亞のおかげでなんとか間に合う。

 講堂に辿り着いてからもクラスの場所を特定するのに大して時間は要さなかった。

「座覇くんっ! よ、よかったです……間違って、教室に戻っちゃったんじゃないかと、心配しました……」

「その通り、間違って戻っちゃったんだけどな」

 輝十は膝に手を置いて、肩で呼吸しながら応える。

「遅かったねぇ。なにやってたの?」

 しれっと問いかけてくる杏那に、

「つーか、てめえこそなんだよ。朝一人で逃げやがって」

 文句をぶつけながら睨み付ける。

 さっきから走ってばっかりの輝十だが文句を言う元気はまだあるようで、杏那の顔を見て込み上げてきた苛立ちと引き替えに、呼吸は落ち着きを取り戻していた。

「逃げやがってとは人聞きが悪いねぇ。ハーレムにしてあげたでしょー?」

「おまえな、ハーレムにしてくれるっつーなら女の子みんな全裸にしてくれるぐらいの気の利かせ肩できねえのかよ」

 駄々をこねる子供のように、そして思春期真っ直中の中学生のような絡み方をする輝十。そしてそれを余裕綽々に嘲笑しながら受け流す杏那。

 そんないつもの流れを目の前に、

「ずぇっ! ぜ! ぜ、全裸で! いた、方が、よかったんで、しょうか……」

 照れくさそうにもじもじと、しかし話に入りたそうに、珍しく自己主張する埜亞。

 もし全裸になれと言われたらなら、彼女はきっとやってのけてしまうだろう。そしてそのあまりの羞恥に気絶するに違いない。

「いやいやいやいや!」

 輝十は必死にそれを否定する。

「男の会話に入っちゃダメ、ゼッタイ!」

 埜亞には聞かせたくない、入って欲しくない、男の領域なのだ。

「あっれー? そんなに否定しちゃうの? 全裸がよかったんじゃないのーん?」

「おいてめえ、空気読め空気!」

 茶化す杏那の胸倉を掴み、上下に揺さぶる輝十。

「あのぅ……つまり、その、どういうこと、なんでしょうか?」

「わ、私に聞くな私に! 破廉恥極まりない!」

 傍らにいた菓汐に応えを求める埜亞だったが、一蹴されてしまった。

「ったく……んなことより、今日なにすんだよコレ。授業ないの?」

 杏那の胸倉を離しながら、冷静さを取り戻した輝十は講堂内を見渡しながら疑問を口にする。

 講堂内はまるで三大式典の時のようだった。一学年が集まり、クラスごとに分かれてはいるものの、席順は来たものから適当に座っている。

 埜亞は自分の胸元を触りながら、輝十に微笑みかける。

「え? な、なに?」

「これです!」

「こ、これって……?」

 輝十の隣に座っている埜亞は、大きく膨らんだ胸元に右手を添えたまま輝十との距離を縮めていく。

 輝十にとって胸元に手を添えて「これです!」と言われてもおっぱい以外に何も目に入らなかった。おっぱいがどうしたんだよおっぱいが。

「あ、もしかして」

 何か閃いたらしい輝十は頬を赤らめたまま、照れくさそうに埜亞から目線を反らす。

「成長? 成長したってこと? ああ、うん、それ。ちょうそれ。ずばり身体測定!」

「胸囲だけ測る身体測定なんかあったっけぇ?」

 埜亞とは反対側の輝十の隣に座っている杏那が輝十の耳元で突っ込む。

 それを不思議そうに眺め、埜亞は答えを口にする。

「フィールド・リバーシです」

「フィールド? リバーシ?」

「はいっ! これから行われるんですよっ!」

 さっきから埜亞のテンションが高いのはこのせいらしい。それだけでなんとなくどういうものかは予想つく。

「この制服の色分け、なんの為だと思う?」

「しらん」

 杏那の問いに輝十は即答する。

 そういえばこの制服の色分けには意味があると前々から言っていた。その意味は誰からも聞いていない。

「それが今からわかるよ。この色分けに基づいた一種の学年行事だからね」

 言って、杏那は輝十と同じ黒い制服を掴んで見せた。

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