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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第5話 『フィールド・リバーシ 前編』
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(3)

 とりあえず暴走した埜亞を止めるのは厄介である。自身で納得し、自然と落ち着きを取り戻すのを待つしかないからだ。

 一人でぶつぶつ言っている埜亞は放っておいて、輝十は逃げ込むように自分の部屋に戻ることにした。

「なんだ、聖花もいねえのか」

 綺麗に整えてあるベットを見ながら呟く。

 杏那はともかく、聖花がいなくなっていたのはやや意外だった。しかし深く気に留めるよりも先に、足下の人物に目がいく。

「よく寝てんなぁ。おい、そろそろ起きろよ」

 輝十はその場で屈み、気持ちの良さそうな寝息をたててぐっすりと眠っている菓汐に声をかけた。

 凛とした顔立ちと真面目な口調からは想像もつかない程、無防備に眠っているその姿を見て輝十は思わず微笑んだ。

 一見、強そうに見える彼女も女の子なんだな……と、思ったのである。

 枕を抱きしめ、子供のように無邪気に緩んだその表情は大変愛嬌がある。

「普段からこうしてる方が可愛いのにな、おまえ」

 きっと他の奴らとも変に壁を作らず、交流がとれるだろうにな、と輝十は思う。

 普段とのギャップもあって、その寝顔の破壊力といったら計り知れないものがある。つい可愛さあまって、輝十は無意識に彼女の柔らかそうな頬を突いた。

 むにゅ、という感触が指を伝い、はっとして、自分が今何をやっていたのか冷静になって、輝十は顔を真っ赤に染める。

「……触るならもっと柔らかい方をだな。あ、いや、そうじゃなくて! 起きろよ、ほら。起きろって」

 自分の行いを棚に上げ、輝十は菓汐の体を軽く揺らす。

 そろそろ準備をしないと本格的に遅刻してしまいそうなのだ。

「…………らん」

「あ? なんか言ったか?」

 寝ぼけているのだろうか。目を瞑ったままもごもごと口を動かす菓汐。

「…………めて」

「え? なに?」

「……もうやめてッ!」

 菓汐は突然取り乱したように叫び、

「なっ!」

 目の前の輝十を抱きしめた。

「一体どんな夢見てんだよ、おい」

 男の胸板と違って柔らかく、そしてイイ匂いがする。そんな楽園に顔を突っ込んで嫌がる男がどこにいるだろうか。

 輝十は最初こそこのイベントを喜んでいたものの、なかなか離してくれないことにやや気恥ずかしさを感じていた。

「お、おいって。いい加減起きろよ」

 視線を動かせば、辛そうな顔をしてる彼女の顔がある。よほど嫌な夢を見たのだろう。

「大丈夫だから、ほら」

 そんな彼女の心中を察し、輝十は自ら彼女の手を振りほどいて優しく声をかけた。

「もう怖くないから。誰もおまえを責めたりなんかしねえよ」

 もちろん彼女がどんな夢を見ているかなんて、輝十にはわからない。それでも彼女の目尻から光るものが伝うのを目の前にして、そう言わずにはいられなかった。

 自分に出来ることはない。それでも今目の前に泣いている女の子がいたら優しくしてあげたい。

 輝十は包み込むように、眠っている彼女の髪を撫でてやる。

「…………んぅ」

 彼女は気持ちよさそうにして、落ち着きを取り戻し、ゆっくりと瞳を開ける。

「お。やっと起きたか」

「!?」

 開けた瞳を白黒させ、菓汐は自分に覆い被さっている輝十を見るなり大混乱に陥った。

「な、な、なっ……!」

「んだよ、急に慌てて」

 まるで子供を寝かしつけるような気分でいた輝十は、彼女の驚きを理解出来ずにいた。

「わ、わた、私の上で、な、何を……しているんだッ!」

「へ? え、ちょ! いってえええええ! な、なんで!? なんで寝起きでいきなり戦闘態勢に入るんだよ!」

 菓汐は輝十の腹部を蹴って押しのけ、立ち上がるなり、闘志を身に纏った。殺気だって輝十を睨み付けている。脇に抱えた枕さえもが凶器に見えてしまうから不思議だ。

「よ、夜這いをかけようなど……お、男の、風上にも置けん!」

「誤解だって! 俺はおまえを起こしにきただけだっつーの!」

 生命の危機を感じ、必死に否定する輝十。

「……あ、あのぅ」

 二人が対峙している間に、平常心を取り戻した埜亞が恐る恐る口を挟んだ。

「お、おまえいつからそこに……」

 埜亞はしゅんとして、

「『普段からこうしてる方が可愛いのにな、おまえ』から、です」

 なんとなく面白くなさそうに、口を尖らせて言った。

「お、おまえぇッ! そ、そそ、そんなことを言ったのか! わ、私が寝ている間に!」

「ち、ちげえ! 違わないけど、なんかちげえ! 別に俺は思ったままのことを口にしたってだけで!」

 埜亞は頬を膨らませ、むっとした様子で菓汐の眠っていた布団に潜って寝る態勢に入る。

「の、埜亞ちゃん……? なにやってんだ?」

「寝るです」

「なんで!?」

 なんっでこの流れで寝るんだよ! と、輝十は怒鳴りたかったが相手は埜亞である。怒鳴り散らすことは出来なかった。

「……だってぇ」

 布団を頭まですっぽり被り、身を隠す埜亞。

「眠ったら、ざ、座覇くんが……かわいいって、い、言ってくれると思って……」

 違う、なんか違う、それすげえ可愛いけどなんか違うってえええええ!

 どうして彼女はこう少しズレているのだろう、と輝十は心底悲しんだ。

「わ、私だってっ! ざ、座覇くんのお友達、ですっ! 微灯さんだけ、ずるい……」

 ずるいとかずるくないとか、もちろんそういう問題ではない。お友達も関係ない。しかしそれを一から説明していると確実に遅刻してしまう。

「つまり、あれか。俺に可愛いって言われたいんだよな?」

 布団に潜ったまま、こくこく頷く埜亞。そのたびに布団が揺れる。

 輝十は拳を口元に持っていくなり、わざとらしく咳払いした。

 頬が熱く、全身が熱っぽい。なにがどうなってこういう展開になったのかわからないが、輝十は恥ずかしくて仕様がなかった。それと同時に嬉しさもある。女の子にこんな可愛いおねだりを受けるなど、今まででは考えられないからだ。

 男に可愛いと言われ、男に撫でられ、男に求められ――とうとう俺のホモ人生に終止符を打つときがきたようだ。

 そう、これが普通なのだ。お友達だから、というちょっとアレな理由なのは納得いかないが、そこには目を瞑ろう。

 可愛い女の子が、今、俺の一言を待っている。もうその事実だけでいい。

 輝十はそっと布団を捲り、埜亞の顔を見下ろした。

 どうしよう、可愛い……でもさっきから色々とおかしいだろコレ……。

 上目遣いで見つめられ、童貞ゲージが急上昇し、我が分身を呼び覚ます。

 しかしわかっている。頭ではわかっているんだ。彼女は普通の女の子よりも純粋で純真でズレている。ここに異性的な願望はなく、彼女も俺を友達の一人として見ているに過ぎない。

 初めて出来た友達だから、感情があらぶっているだけだろうこともわかっている。

 だからこそ、我が分身を騒がせてはいけない。落ち着け、落ち着くんだ兄弟。おまえの言いたいことはわかる。俺だって男だ。わからないわけないだろう。でもな、ここは退いて欲しい。俺はまだ本能に身を委ね、野獣化したくはない。

 輝十は何度も深呼吸し、必死に冷静さを取り戻そうとする。それでも脈は速く、顔は熱い。

「座覇くん……?」

 その異変に気付いた埜亞は心配そうに輝十を見上げる。その瞳は一点の曇りもない、綺麗な瞳をしていた。何も知らない子供のような目をしている。

「埜亞……ちゃん」

 その目を見て、輝十はなんとか平常心を召還することが出来た。

「可愛いよ、すっごく。すごく可愛い」

 それは言わされたとはいえ、輝十の本心である。

「!」

 埜亞は自らお願いしておきながら、いざ言われると恥ずかしくてどうしていいのかわからないらしく、再び布団を被って顔を隠した。

「なんで隠すんだよ。せっかく可愛いのに」

 変なスイッチがオンになってしまったらしい輝十は、再び布団を捲って埜亞の顔を見下ろす。

「……ざ、座覇くん」

「ほんと可愛い。ちょう可愛い。おまえ、なんでそんな可愛いの?」

「ひえぇっ!?」

 言い出したら最後、輝十は歯止めがきかなくなってきていた。もちろん何かするわけではない。ただ艶っぽい視線を淡々と送りつけ、可愛いを連呼するだけの簡単なお仕事。

「どうしよう……マジかわいい……」

 どうすればいいかわからない埜亞が困っていると、黒い影が二人を覆い隠す。

「……ほう。誰にでも可愛いと言うような殿方だとお見受けする。見境無いな」

 その闇と殺気に気付き、輝十ははっとなった。

「そうやって色んな女性を口説いているのか?」

 恐怖に体が強ばり、しかし振り返らずにはいられず、

「ち、ちが! これは! その、流れで!」

 般若のような表情とオーラを身に纏った菓汐を輝十は必死に宥めようとする。

「流れ? ほう。流れでそのようなことを口にし、女性を惑わすと仰せか」

「惑わしてねえええええ!」

「わ、私にも、流れでそのようなことを……!」

 菓汐は両手で握った枕を大きく振りかざし、

「だ、だから違うって! あれは本当にそう思っただけ!」

 その言葉を聞いて、一旦そのままの態勢で制止。

「……では、彼女は?」

 菓汐は埜亞の方に目をやりながら、静かに問うた。

「埜亞ちゃん? そりゃ埜亞ちゃんも可愛いと俺はおも……わわわ! ちょっと待てってば!」

 菓汐は問答無用に枕を輝十の顔面目がけて振り下ろした。

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