(11)
それから……。
結局、菓汐が泊まるなら自分も泊まると言い張る聖花と、みんな泊まるなら私も……と手をあげて下ろそうとしない埜亞と、怪我をしていながらも帰ると言い張る菓汐と、それを面白がっている杏那と。
四人の対応に追われた輝十は爆発し、個々に好きにするように言い放った。
その結果、菓汐の意志とは関係なく聖花は泊まることになり、埜亞も初めてのお泊まり会に胸を躍らせ、その状況に突っ込みを入れながら素直になるよう菓汐に進める杏那の姿があった。
「もう好きにしろ……」
それを遠目に輝十は痛む頭を抱えた。
一気に家族の増えた食卓は賑わい、突然の来客とはいえ輝十の父親は全く動じなかった。
「みんな好きなだけ食べてね」
普段つけないエプロンなんぞつけて料理を運ぶ父。その姿を見れば浮かれていることぐらい、息子の輝十には手にとるようにわかる。
「みんな泊まっていくんでしょ? 娘が一気に増えたみたいで嬉しいなぁ」
と、サラダが盛りつけられた皿をテーブルに置きながら言う父。
「鼻の下伸ばしながら言ってんじゃねえよ。娘を見る顔じゃねえだろ、それ!」
「血は争えないよねぇ」
だらしのない顔をしている父に輝十が突っ込み、その輝十に杏那が突っ込む。父と同じ扱いをされ、輝十はキッと傍らの杏那を睨み付けたが、杏那は全く気にせず食事を楽しんでる様子だった。
「座覇家に泊まっていくにあたって、お父さんからお願いがありまーす!」
「お願い?」
最初に反応を示したのは聖花である。口元を上品にナプキンで拭きながら問い返した。
「座覇家には代々厳しい掟があってね。女の子が泊まる時は必ずそれを守ってもらわなければならないんだ」
その瞬間、輝十はスープを吹き出す。
「……おい、ちょっと待て。掟なんて聞いたことねえぞ」
輝十は嫌な予感がしていた。むしろ嫌な予感しかしなかった。どう考えてもおかしいし、そんな掟はきっと存在しない。
「女の子が座覇家で寝る時は必ずホットパンツを履かねばならない」
「ちょっと待ったあああああ!」
輝十はテーブルを思いっきり叩いて立ち上がる。傍らにいた杏那は口にスプーンを咥えたまま即座に汁物を手にとり、零れるのを回避した。
「なんだ、息子よ。ああ心配するな。おまえのホットパンツ姿なんて誰も得せん」
「ちげえよ! そんな掟勝手に作ってんじゃねえよクソ親父!」
「一家の主が作った家訓に文句をつける気かおまえは」
「ふともも見たいだけだろ!」
「そうですがそれがなにか問題でも」
その場で取っ組み合いになる二人を横目に、あわあわしている埜亞に、
「気にしないで冷めないうちにスープ飲んだ方がいいよー」
杏那が冷静にスープを口に運びながら言う。
「お父様ぐらいだーりんが積極的なら私だってぇ……」
ぐっと拳を握り、何故か悔しそうにする聖花。
「………………」
菓汐はその光景に馴染めず、スプーンでスープをすくったまま固まっていた。
食事が終わり、一同が寛いでいる中で菓汐はそっと立ち上がり食器を片付け出す。
「ちょ、いいって! 傷口開くだろ。座ってろよ」
「これぐらいどうってことない。もう立って歩くぐらい平気だ」
輝十は慌てて菓汐を座らせようとするが、菓汐は聞かず食器を運ぼうとする。
「頼む、なにかさせてくれ。こう……世話になってばかりでは申し訳なくて居心地が悪いんだ」
面を食らった輝十が返答に困っていると、
「わ、わっ! わたし! て、手伝いますっ!」
菓汐の背後から埜亞がひょこっと現れ、皿を重ねるのを手伝おうとする。
「すまない。お願い出来るだろうか」
「は、はいっ、です!」
二人で片付けていく様を見て、輝十は安堵の溜息を漏らした。ここは二人に任せるのが一番よさそうだ、と感じたのである。
「じゃ御言葉に甘えて二人にお願いするわ。でも無理すんなよ」
菓汐の足下を見ながら輝十は念を押し、テレビを見ながら寛いでいる杏那達の元へ行く。
エプロンを外し、その光景を陰ながら眺めていた父は笑みを零した。
この食卓がこんなにも賑わったのはいつぶりだろうか? 息子とそのクラスメイト達を見て父は微笑ましい気持ちになる。
こんな光景をまた目に出来るとは、な。
「人間と悪魔がわかりあえたって何もおかしなことはない。ああ、そうだよな。そうだろう? 今でも俺はそう思うよ」
独り言のようにそれを吐き捨てた時、食器を運んでくる菓汐と埜亞の気配に気付き、父はいつもの戯けた表情を取り繕った。
座覇家の主の教えに従い、準備されたホットパンツを履いた三人は輝十の部屋に集結していた。
菓汐はベットの下に準備された布団に、聖花は言うまでもなく輝十のベットへ。そして埜亞は……。
「お、お泊まり会って、か、川の字で、いっ、一緒に寝るって、ほ、本当だったんですねっ!」
輝十を真ん中にし、左側に聖花、右側に埜亞が陣取っている。
「あのなぁ……一つのベットに川の字で寝てどうすんだよ! 寝返りも出来ねえだろうが!」
「寝返りならこっちにきてくれたらいいよぉ。ぜひぜひっ、私の上に寝返ってっ!」
「寝返るかッ!」
輝十の腕に絡みつき、わざとらしくその腕を自分の谷間に挟んで誘惑する聖花。風呂を済ませた後であり、その胸を保護するための下着を取り除いているせいか、リアルに生暖かさと感触が腕を伝って脳に余計な伝達をしてくる。
さすがにこの状況はやばい。
輝十は天井を眺めたままいつもの調子で突っ込んではいるが、さっきから本能が鋼の扉をこじ開けようと暴れ出しているのである。そもそもこの状況で暴れない本能などありえない。
幸い聖花相手ならまだ理性が優勢だ。淫魔特有の色気は確かに魅力的ではあるが、ビッチくさくて本能まで辿り着こうとはしない。
簡単に言うならば、風俗嬢と一般女子の違いだ。
襲う気満々の狼モードなら俺は迷わず聖花にいくだろう。否! 俺は決して狼モードではない。童貞という世の男が忌み嫌うソレをステータスとし、守り抜きながら、いつかこの砦を崩壊させてくれるような聖女が現れることを信じ……、
「そんなところも素敵よね、だーりんって」
言って、聖花は輝十の上に乗っかって首に腕を巻き付ける。
「バ、バカ! 辞めろ! さっさと退け!」
輝十は今までの思考が一気にぶっ飛びそうになる。
普段の絡みとはわけが違う。暗闇の中、自分の部屋のベットでおっぱいの大きな同い年の可愛い女の子が風呂上がりのいい匂いと生暖かい体を密着させ、その柔らかい部分を自分に押し当てながら、甘い声で呟いてくるのだ。
校内の出会い頭に抱きついてくるソレとは比べものにならない。さすがの輝十も色々とギリギリだった。
なんとか無理矢理聖花を引きはがし、ほっとしていた矢先。
「……の、埜亞ちゃん!?」
突然、右側にいた埜亞がぎゅうっと腕に抱きつく。
「わ、私もっ、お、お友達ですから……!」
友達の領域越えるつもりかよおい!
埜亞に下心はなく、聖花を見様見真似で行っているのだが、輝十にとっては予想外すぎて聖花のソレより効果的だった。
「な、なぁ、ま、まずいって……」
そっと右側に目を向ければ、目をきゅうっと瞑って必死に輝十の腕に離すまいと抱きついている埜亞の姿があった。
寝る間際だからか眼鏡も外しており、素顔をこんなに間近で見たのは初めてだった。しかも自分の傍らで横たわっているというシチュエーション。
「さ、さすがの、俺も……」
このまま抱きしめてもいいよな、抱きしめるだけ……なんて誘惑が脳内で多発するぐらい可愛く思え、理性軍が本能軍に圧倒されつつあった。
「ちょっと! なんであんたも一緒に寝てんのよ!」
輝十の反応が明らかに埜亞の時の方が興奮気味だということを匂いで感じ取ったらしい聖花は、苛立った声色で埜亞を怒鳴りつける。
「お、お友達ですからぁっ……!」
「はぁ!? なに言ってんのあんた。異性の友達同士は一緒に寝ないわよ」
「ええぇっ!?」
埜亞は驚きのあまり、輝十の腕から手を離す。
「同じベットで寝るのは愛し合うもの同士だって雑誌か何かで読んだわ」
「あ、あ、あい、あい、愛し、愛し合う……もの、ど、同士……」
埜亞は自分のやってしまったことの重大さに気付き、驚きと共にベットから転げ落ちだ。
「……大丈夫か?」
「も、問題ないですっ」
菓汐の寝ている布団の上に転がり落ち、菓汐はめんどくさそうに寝返りを打った。
「ったく……寝顔はおとなしくて可愛いんだけどな」
輝十は上半身を起こし、自分にくっついたまま猫のように気持ちよさそうに眠りについた聖花に布団をかける。
そしてベットから抜け出して、その下で一緒に眠っている埜亞と菓汐の寝顔を見てほっとした笑みを零した。
女の子三人と一緒の部屋で熟睡出来るほど、童貞の心は強くない。
「どうしてこうなった……」
そもそも自分の部屋に泊めるつもりはなかったし、他に部屋はあるのでそちらで寝てもらうつもりだったのだ。
「そういえば」
輝十は部屋を出ると杏那の部屋の扉が少し開いていることに気付く。
いつもならどんなに文句を言っても部屋に忍び込んでくる杏那が、今日に限って一回も来ていない。もちろん来て欲しいと思ったことはないが、急に来ないとどうしたのかと思ってしまう。
輝十はそっと扉に近づき、部屋を覗き込む。
そこには窓際に腰掛け、無表情で月を眺めている杏那の姿があった。月明かりが彼を照らし、元々綺麗だった顔つきを神秘的な容貌に仕立て上げている。
「なに? 俺がいないと寝れないの?」
窓の外を眺めたまま、輝十の気配に気付いていたらしい杏那が問いかける。