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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第4話 『機密と秘密と内密と』
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(10)

「黒子ちゃん、聖水作れる?」

 杏那の突然の問いに埜亞は、

「えっ!? あ、えっと、作ったことはないです。作り方はなんとなく……で、でも……」

 埜亞は菓汐と杏那を交互に見ながら困った顔をする。

 消毒液が効かない、悪魔の傷が治りにくい、それだけわかれば埜亞には十分この状況が理解出来る。ゆえに、聖水が不必要どころかタブーであろうこともわかるのだ。

「悪魔に聖水なんかぶっかけたら大変なことになるわよね」

 埜亞が言いたいであろうことを聖花が代わりに口にし、

「その点は大丈夫だから安心しなさい。そうでしょ、灰色女」

 腕を組んだまま、傲然とした態度で菓汐に話を振る。

 状況が未だに理解出来ていない輝十の視線が菓汐を射貫く。菓汐は自分に注がれる輝十の視線、そして既に“その事実”を知っているであろう三人の視線を一気に受け、逃げ道をなくしていた。

 なにより身を挺して自分なんかを守ってくれた彼の視線を受け、逃れるなど失礼に値するのではないか、と思ったのである。

 だから彼女は口にする。絶対に言いたくない、ソレを。

「……私はミックスなんだ」

 菓汐は制服を摘んで俯く。

「ミックス?」

 輝十の復唱に、菓汐は俯いたまま答える。

「人間と悪魔の混合種のことだ。淫魔と人間のハーフというやつになる」

 それを聞いた輝十は手の平を拳で叩き、

「なるほど! つまり半分は人間だから聖水が大丈夫ってわけか! でも半分人間なんだから消毒液効いたっていいじゃねえかよ。なぁ?」

「なぁ? と言われてもな……」

 消毒液で濡らした脱脂綿を持ったまま熱く話す輝十の対応に困る菓汐。

「半分悪魔ゆえに悪魔の傷が治りにくく、半分人間ゆえに聖水を使うことが出来る。普通の擦り傷なら消毒液でも効果は得られますが、悪魔の傷だから効果が得られない。そういうことですねっ!」

「ま、そういうこと」

 埜亞のまとめに杏那が頷いて見せた。

「わかりましたっ! 作ったことないですが、頑張って聖水作ってみますっ!」

 胸の前で両拳を握り、目を輝かせて言う埜亞。それを見た杏那が聖花に目配せし、

「はぁ!? あんたもしかして……」

 その視線の意味に気付いたらしい聖花があからさかに嫌な顔をして声をあげる。

「聖水の作り方ならそこのスクブスがよーく知ってると思うから」

 にっこり微笑んで見せる杏那に聖花が殺意を宿した瞳で睨み付けるが、

「そっか、なら二人にお願いするわ」

 輝十にお願いされては断るわけにもいかず……。

「だーりんがそう言うなら……」

 がっくり肩を落とし、埜亞を連れて部屋を出ていった。

 菓汐はその光景を黙って眺め、執拗に瞬きをする。彼女は驚きを隠せないでいた。

 自分なんかの為にわざわざ聖水を作ってくれるという。しかも悪魔がそれを手助けする……だと?

 悪魔からすれば有害でしかない聖水を作る協力をするのだ。菓汐には理解し難かった。

 なによりミックスの自分にこんなよくしてくれる。

「ん? ああ、大丈夫だって。あいつらああ見えて結構仲良いと思うし」

 菓汐の疑問に満ちあふれた視線に気付いた輝十が見当違いな回答をする。

 その表情には、差別も軽蔑も侮蔑もない。

 そういう目で見られることが多かった自分だからこそ、それがはっきりとわかるのだ。

「どうして……」

 菓汐は思わず呟いてしまう。

「どうしてこんな自分なんかに……自分は人間でも悪魔でもない、どちら側にも所属出来ない、そんな失敗作なのに……」

 輝十は俯いてしまった彼女に、あっけらかんとして言い放つ。

「あのなぁ、俺にとっちゃ人間だろーが悪魔だろーがミックスだろーが大差ねえんだよ」

「……大差、ない?」

 輝十はその場で胡座をかき、腕を組み、そして目を閉じて眉間にしわを寄せる。

「いいか、重要なのはそんなことじゃない」

 娘を叱る厳格な父親のような雰囲気で、菓汐に言葉をぶつける。

「おっぱいがあるか、ないか。それだけだ」

「…………」

 思考回路がストップし、時間が止まったかのように理解に苦しんでいる菓汐の手助けをするかのように、

「輝十のおっぱいへの執着心は悪魔をも凌駕しているからねぇ。普通の思考ではないんだよー」

 小声で補足する。

「だが待て。勘違いして欲しくはない。おっぱいがあれば男でもいいか? 否! だめである。もちろんオカマも却下だ。天然物につきる!」

 もはや何の話をされているのかもわからない菓汐の時間は未だに止まったままである。

「ま、こういう奴だから。深く気にしなくていんじゃない?」

 輝十のおっぱい語りが始まり、その傍らで杏那が菓汐に話しかけることで再び止まった時間を進めた。

 その時、丁度聖水を作り終えた二人が部屋に戻ってきた。

「出来ましたっ! 使って下さいっ!」

 初めて作った聖水に、まるで初めてのお使いを終えた子供のような無邪気な表情を浮かべる埜亞。

 開いたままの分厚い本の上に小瓶が乗っかっている。見た目はただの水だ。

 輝十はそれを受け取り、タオルで抑えながら傷口にかけていく。

「ひやぁっ、う、ぐっ……」

 傷口から湯気のようなものが出る。見るだけで痛そうな光景だ。

「もう少し我慢してくれ」

 輝十は傷口に満遍なく聖水をかけていく。

「ここで出来るのはここまでだそうです。明日保健室に行って下さいね」

「ああ、そうする。本当にすまない」

 聖水での消毒が終わり、輝十と交代して埜亞が包帯を巻いていく。

「ありがとう」

「い、いえっ! そ、そんなっ……!」

 礼を言われ、埜亞は顔を真っ赤にしてフードを被って顔を隠す。

 人に礼を言われることに慣れていない埜亞は気恥ずかしさと同時に、今まで感じたことのない達成感と喜びで胸がいっぱいになっていた。

 自分にも出来ることがある、そう思えるだけで彼女の顔は綻んでいく。

「で。結局なんだったのよ、あいつら」

 落ち着いた雰囲気になったところで、聖花が輝十のベットに座って足を組み、本題を切り出す。

「そうだな。なんであいつらに追われてたんだ?」

 それに乗っかって輝十も問う。

「……わからない」

「はぁ? こんだけ派手にやられといてわからない? あんたバカなの?」

 立ち上がって文句を浴びせようとしている聖花を「まぁまぁ」と輝十が宥める。

「断言は出来ないんだ。ただ私はミックスだから……普段からこういうことがよくある」

「悪魔世界でのいじめみたいなものでしょうか……」

 菓汐と同じ表情になりながら、埜亞が今にも消えそうな声で呟いた。

「人間嫌いな悪魔にとっては、半分人間の血をひいてるわけだから嫌がらせしてもおかしくはないねぇ」

「嫌がらせってレベルか? 庭吹っ飛んでたぞ……」

 スケール違いすぎだろ……と若干引き気味の輝十。ちょっとやそっとじゃ死なないとは言え、あそこまでやることねえだろうよ。

「人間嫌いの悪魔にとっても、悪魔嫌いな人間にとっても、消えて欲しい存在には代わりがないものね」

 ずばっと言い切る聖花。

「ああ、そうだ。わかっている。そんな奴は沢山いる。その中でも……」

「その中でも?」

 語尾を聞き逃さなかった杏那が問いかけるが、

「いや、私の勘違いかもしれない。だからこれ以上は言わせないで欲しい」

 答えることを拒み、その場にいる誰もがそれ以上問いただそうとはしなかった。

「ふん、くだらないわね。ほんと下級脳の考えそうなことだわ。そんな無駄な争い、傷を増やすだけじゃない。バッカじゃないの」

「どこぞのスクブスさんは人間大好きだから問題ないもんねぇ」

「そうよ、大好……はぁ!? ぜんっぜん好きなんかじゃないしっ!」

「全身見てから言ったらぁ? そういうの」

 今時の若者の服装に身を包んだ聖花を見ながら、杏那が肩をすくめる。

「ま、俺らにとっちゃ微灯さんがミックスだろうとなんだろうと関係ないってことだな」

「そ、そうですよっ! はっ、灰色の制服だって、か、かわいいですし!」

 輝十に続いて、埜亞も声を張り上げる。

「おまえ達……」

 菓汐は今までに感じたことのないモノを胸の奥に感じていた。それはふつふつと沸き上がってきて、しかし心地が良くて温かい。体すべてをすっぽり包んでくれるようだった。

「お、もうこんな時間か」

 杏那と聖花が言い合いをし、埜亞が菓汐の手を握って熱く何かを語りかけている、そんな傍ら。輝十がふと時計を見ると既に六時を指していた。

「微灯さん、今日泊まってったら? その足じゃ帰るの大変だろ。もう外も暗くなってきたし」

 輝十のそのなにげない一言にその場が凍り付いた。

「と、泊まって、いった、ら?」

 それに一番に反応を示したのは聖花である。

「も、も、もし、かして、お、お泊まり会ですか……?」

 次にややずれた反応を示したのは埜亞である。

「ここまで堂々と女の子を誘う童貞を俺は初めて見たよ……」

 そして最後に杏那が目を白黒させていた。

「え、なんなのおまえら。その反応」

 特に深い意味もなく、怪我をしていて大変だろうという好意だけで誘ったのだが、他の三人は違う意味に捉えていたようで。

「だめえええええ! 絶対にだめえええええ!」

 聖花が絶叫し、

「ず、ずるいですぅ……お、お泊まり会……」

 埜亞は自分も参加したいと言わんばかりの意思表明をし、

「で、あんた泊まるの? どうするの?」

 その傍らで冷静に杏那が菓汐に答えを要求する。

「な、なっ……」

 三人の勢いに圧倒され、菓汐は完全にひいていた。

「男の部屋に泊まるってことはどういうことかわかるよねぇ? あんた、半分スクブスなんでしょ?」

 杏那がにやにやしながら菓汐に言い迫ると、

「バッ、バカ! ふ、ふざけるな! そんなこと……ない! 絶対にない! 私は泊まらん! 泊まらんぞ!」

 顔を紅潮させ、興奮して否定する菓汐。それを眺めながら、

「半分人間の女の子なのは本当みたいだねぇ。で、輝十はどうするのさぁ?」

 笑いながら輝十の肩に手を置く。

「だーりん! ま、まさか本当に泊めないわよねぇっ!?」

「お、お泊まり会するんですかっ!?」

 一気に三人に問い詰められ、

「だーもう! 散れ! おまえら一旦散りやがれ!」

 杏那の手を払いのけ、聖花と埜亞にも離れるように手の平をしっしっと振って見せた。

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