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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第4話 『機密と秘密と内密と』
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(9)

「おい」

 杏那はじと目で聖花に声をかけるが、全く聞く耳を持っておらず、風を纏ったままつかつかと男子生徒二人に歩み寄る。

 聖花はオフショルダーにミニスカートという私服姿で考え無しに能力を発動させており、スカートの中が丸見え状態になっている。

「……なにしてくれちゃってんのよ、おまえら。あん?」

 そして男子生徒二人の胸倉を同時に掴み、自分の方に引き寄せた。

「それはこっちの台詞だ。俺達は壁までは壊していない」

 男子生徒は息苦しそうにしながらも壁を指差す。

「細かいことはどうでもいいのよ!」

「いやよくないでしょ……」

 杏那は聖花の肩に手を置き、止めに入るが、

「なによ、あんた邪魔するわけ?」

 キッと睨み付ける。

 杏那はめんどくさそうに頭を抱えて息を漏らした。学園敷地内以外での能力の発動は禁止されている、と今話したばかりだというのに。

「目的はなに? 言いなさい。輝十くんの貞操だって言ったらこの場でぶっ殺すけど」

 髪が逆立ち、スカートはひらひらと舞って下着を見せてくれている。聖花は完全に頭に血が上っている状態だ。

「おいって!」

 薄い水色の瞳が完全に輝きを灯しており、さすがの杏那も聖花の腕を掴んで止めに入る。

 杏那に手を掴まれて力が緩んだ一瞬の隙をつき、男子生徒はすり抜け、水を操っていた彼の首根っこを掴んで屋根に飛び上がった。

「んぐっ! なんでそこ掴むんだよ!」

「我慢しろ。逃げるなら今しかない」

 屋根から地上に目をやり、微灯菓汐の姿を発見する。

「……面倒なことになったな」

「ふん。なに言ってんだよ。最初から面倒だろ? すべてがな」

 水を操っていた彼は苦しかったらしい首を触りながら、地上を睨み付けた。 

「ちょ、待ちなさい! まだ話が終わって……!」

 今にも追いかけて飛び出しそうな聖花の腕を杏那がきつく引っ張る。

「離しなさいよこの男女変態悪魔の恥!」

「落ち着きなって。追ってどうなるんだよ。今はそれより先にやることがあるでしょ」

 杏那は顎をしゃくり、怪我をしている輝十達や悲惨な庭の状況を冷静に目をやるように指示した。

 聖花は逃げていく男子生徒二人の背中を見つめて、悔しそうに唇を噛みしめた。

 自分がこの場に呼ばれていなかった悔しさと、そんな時に起きてしまったこの事態に、聖花は自分を抑えることが出来なかった。

 握り締める拳に力がこもり、まるで吸い寄せられるかのように風が拳を取り囲んでいく。

「……別にあんたを除け者にしたわけじゃない。たまたま今日の話が出た昼休みにあんたがいなかっただけだよ」

「なにその余裕の発言。ちょーむかつくんですけど」

 せっかくフォローしてやったというのに、相変わらず素直じゃない彼女の発言に苛立ちながらも、

「輝十のところに行ってあげたら? ま、俺はあんたには来て欲しくなかったんだけどねぇ」

 ここは彼女の気持ちを汲み取って、あえて合わせてやる。

「言われなくても行くわよ、うるさいわね。私だってあんたにはいて欲しくないわよ!」

 鼻息を荒くして地団駄を踏み、輝十の元へ向かっていく聖花。その怒っている後ろ姿を見て、どっと疲れが襲ってきた杏那は一歩遅れて輝十の元へ向かった。


「だーりん! ちょっと、やだ、傷だらけじゃない! 大丈夫? どこが痛いの? 私がどこでも全部ねっちょり舐めてあげるから言ってっ!」

「いや舐めなくていいし、抱きつかなくてもいいし、だーりんじゃねえ……」

 聖花は輝十の元へ行くなり、輝十に飛びついて抱きしめた。

「一体どうしてこんなことに……」

「それはこっちが聞きてえよ。そして頬すりすりしてくんな!」

 聖花は真顔で問いながら、輝十の頬に自分の頬をくっつけてすりすりする。

「すりすり……」

 それをじっと見ている埜亞に、聖花は勝ち誇った笑みを向けた。

「だーもう! 離れろ! そしてどうすんだよこの壁……庭に加えて壁まで吹っ飛んでもう家しか残ってねえじゃねえか……」

 突き放された聖花は腕を組んで髪をいじりながら、

「これぐらいなら全然大丈夫だから安心して、だーりん。そうよね、妬類杏那」

 杏那を横目に話を振る。

「俺にやらせる気だよね、あんた。庭は修復するけど、壁は自分でやりなよ。むしろやれ」 

 聖花は毛先を指先にくるくる巻き付けて弄びながら舌打ちする。

 そんなやりとりを交わしている二人を見て、

「あれ、なんでおまえ男に戻ってんだ? 部屋を飛び出すギリギリまで食ってたくせに」

 杏那が男型に戻っていることに気付き、輝十が問いかけた。

「俺が何もせずに見てただけとでも思ってるのかな?」

 にこにこしながら言うが、目が完全に笑っていない。

「だっておまえいいとこどりしようとしてただけじゃねえか」

「あのねぇ……輝十達を守った魔法陣を発動させたのは誰だと思ってるの」

 その言葉にはっとなった埜亞が口を挟む。

「もしかしてあれが発動したのって妬類くんのっ……!」

 杏那は埜亞に得意げに頷いて見せた。

「そ。俺が力を注いだから魔法陣が発動したんだよ。黒子ちゃんの魔法陣なら大丈夫だろうと思ってたし。あれ自分で組んだんでしょ?」

 埜亞は褒められて、照れくさそうに頬を染める。

「はいっ! 術式は全部オリジナルです。だからあんなに綺麗に発動するとは思わなくて……でも結果、座覇くん達の助けになれて本当によかったですっ!」

 両拳を上下に振りながら興奮気味で言う埜亞。

「そうだったのか。ん? つーことは……」

 さっき微灯さんが言っていた。学園敷地内以外での能力の発動は禁止だと。つまりこいつは、そして聖花も、禁止だとわかっていて能力を使ってくれたということになる。

「どうしたのさ、急に考え込んで」

 杏那の声でその思考は一旦ぶった切られた。

「あ、いや……と、とにかく! 怪我の手当をしないとな。とりあえず家に入るか」

 輝十は菓汐に手を差し伸べるが、手を弾き飛ばされてしまった。

「構うな。大した怪我じゃない」

 誰が見ても大した怪我にしか見えず、特に聖花はその態度が気にくわなかったようで、

「助けてもらっといてなにその態度。そんな強がってられる身分なの、あんた。元はといえばあんたが原因でこうなったんでしょ? それが構うなですって? それ以上言うなら抉るわよ、その傷」

 淡々とした声色で菓汐の心の傷を抉るような現実を突きつけていく。

 返す言葉が見つからない菓汐は悔しそうな顔で口を噤み、俯いた。

「そんな怒るなよ……ま、庭がこうなったのはさすがに驚いたけど。とにかく詳しくは家の中で話そうぜ」

 言って、輝十は菓汐の了承を得ず、抱きかかえようとする。

「なっ! ちょ、ちょっと待って! だーりん! お、重いでしょ? ええそうだわ、そんなでかい女なんかだーりんにとっちゃ重いはずよ! そういうのは別に妬類杏那に任せれば……」

 輝十よりも背の高い菓汐をお姫様抱っこしたことが聖花は許せなかったようで、何か理由をつけて下ろさせようとするが、

「別にこんぐらい平気だっつーの。俺だって男なんだからな、一応」

 輝十にとっては女より身長が低いことを小馬鹿にされているような気がして、決して軽いわけではなかったが、ここでひいたら負けだと思っていた。

「バ、バカ! 離せ! 見るな、寄るな、触るなあああああッ!」

「そ、そうよ、だーりん! こいつの意志を尊重してあげなきゃ!」

「なんでそこは同意すんだよ……」

 意地でも輝十の腕から菓汐を下ろさせたい聖花だったが、輝十は相手にせず、抱き上げたまま窓から家に入っていく。

「私も抱っこされたいです、って言ってみたら? 黒子ちゃん」

 その勢いに圧倒され、ただの傍観者になっている埜亞に杏那が嫌味な笑みを浮かべながら突っ込む。

「ふえぇっ!? そ、それもっ、お友達同士なら当たり前なのでしょうか!? でしたら……ぜ、ぜひっ、されたいです……!」

 彼女の場合、それを本気で言っているので笑えない。そして下手に突っ込むことも出来ない。

 うーん、どこかで違うねじを無理矢理はめ込んでしまったようだ……、と杏那は目を閉じて眉間にしわを寄せた。


 菓汐を自分の部屋に運ぶなり、輝十は救急箱を探しに一旦部屋を出た。その間に杏那と聖花は能力を駆使し、庭と壁の修復を行っている。埜亞はまるで魔法でも使っているかのように元通りになっていく様に釘付けになって観察していた。

「あー濡れタオルとか持ってきた方がよさそうだな。ちょっと待ててくれ」

 泥だらけの菓汐を見て、救急箱を持ってきた輝十は慌ただしく部屋を出て、今度はタオルを取りに行く。

「べ、別にそんな……!」

 と、菓汐は言いかけたが輝十は最後まで聞かずに部屋を出る。

 そしてすぐ戻ってきて、濡れタオルを差し出した。

「まだ寒いだろうから一応お湯で濡らしたんだけど」

「……すまない」

 菓汐は本当に申し訳なさそうに、眉尻を下げてタオルを受け取った。

 そして汚れた足を拭きながら、救急箱を漁っている輝十に目を向ける。

「おまえだって傷だらけじゃないか。私のことなんか後回しでいいのに……」

「んまぁ、別に俺のは大したことねえし」

 輝十はあった! と声を漏らし、消毒液を取り出す。

「しかし赤の他人の私なんかにこんなよくしてくれる義理など……」

「いいじゃん別に。クラスメイトだろ。つーか、もう人んちにあがってんだから赤の他人ってわけじゃねえだろうよ」

 むしろ輝十にとっては、どうしてそこまで自分を卑下するのか理解出来なかった。いつも独りでいるところから考えるに、きっと何か理由があるんだろう。

 輝十が脱脂綿を消毒液で濡らし、それを菓汐の傷口に近づけようとした時、

「それじゃ効果ないよ」

 丁度修復が終わったのだろう。三人一緒に部屋へ戻ってきた。修復の光景を一部始終見ていた埜亞は興奮気味で、完全にキラキラモードに突入していたが、その傍らにいる杏那と聖花は厳しい眼差しを菓汐の傷口に向けていた。

「え? なんで? 消毒しなきゃだろ、一応」

 確かに血が滲み出ていて傷は深い。これは縫う可能性も大いにありえる。それでも今出来る応急手当は、消毒と出血を止めることぐらいだ。

「そうね、きっと消毒液では意味がないわ」

 珍しく杏那に加担するようなことを言う聖花。

「ああ、もしかしてこういう場合は流水の方がいいのか?」

 事態が飲み込めていない輝十は純粋に問いかける。その姿を目の前で見ていた菓汐は気まずそうに目を伏せた。

「違うの、だーりん。悪魔が悪魔につけられた傷はそう簡単には修復しないの」

「悪魔が、悪魔に、つけられた……?」

 輝十は傷口から視線を菓汐に移す。菓汐は何も言わず、ただ目を逸らしていた。

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