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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第4話 『機密と秘密と内密と』
34/110

(6)

 座覇家は庭付きの平屋で、広い庭は芝生で埋め尽くされており、池はないが代わりに桜の木がアクセントになっている。

 日曜にある某家族アニメのような平屋とは違い、今風な外観の平屋だ。

 放浪癖があり家を出ている姉と輝十が名一杯遊ぶことが出来るように、と建てるときに家の広さよりも庭の広さを重視して造られたのだ。

「……んなッ!」

 その庭が見るも無惨で、大変なことになっていた。

 輝十と杏那は庭側の窓を開けて飛び出す。

「なんなんだよ、これはよ! 隕石か!?」

 庭のど真ん中にまるで隕石が物凄い勢いで落下したかのように、円上にすっぽり穴が開いていたのだ。

「いや、隕石じゃない。よく見てみなよ」

 自分の家の庭が崩壊しているのだから、輝十が平常心でいられないのは当たり前だ。ゆえに打って変わって平常心を崩さない杏那が冷静な判断を輝十に告げる。

 輝十は言われるがまま、すっぽり穴があいた庭の中心部分に目をやる。

「おい! 誰かい……」

 と、言おうとした刹那――ダダダダダダ、と連打する攻撃音が轟き、穴の周辺が砂埃で隠れてしまう。

 輝十と杏那は腕で顔を隠し、砂埃から身を守る。それでも幾分鼻と口に入って咳き込んだ。

 砂埃の靄が晴れ、再びその惨劇が輝十の目に刻まれる。

「やっぱり誰かいるじゃねえか!」

 さっき目にしたのは間違いではなかった。恐らく杏那も気付いていて、自分によく見るように言ったのだろう。

「うん。うちの学校の生徒だね。恐らく……」

 杏那は睨み付けるように周囲の様子を窺う。まるで気配を探るかのように。

「……って、ちょっと! 輝十!」

 杏那が周囲を窺っている間に、輝十は躊躇いもなく穴に向かって走り出す。

「誰だよ、人んちに穴開けた奴! どうしてくれんだよこれ!」

 ぶつぶつ文句を言いながら穴のすぐ側まで辿り着くと、

「んなッ……!」

 杏那は穴の中心部に人を見た。

 黒よりも明るく、青よりも深い、群青色の長い髪。そして誰であるかすぐさま特定してしまう、唯一のモノ――灰色の制服。

「おい、おまえ! 大丈夫か!?」

 穴の中心部にいたのは、傷だらけになった灰色の彼女こと微灯菓汐びとうかしおだった。しかも何故か全身滝に打たれたかのようにびしょ濡れである。

 倒れて意識が朦朧としている彼女を起こし、必死に声をかける。

「怪我してんじゃねえか! 一体何があったんだよ!」

 輝十の大声に反応するかのように菓汐は苦しそうに目をぎゅうっと力強く瞑り、眉間にしわを寄せた。

 全身擦り傷だらけで、特に左の臑には深い傷を覆っている。痛々しくも赤く染まった切り口がそれを物語っていた。

「とりあえず俺んちで手当を……」

 と、言いかけて輝十は気配に気付く。

 誰か、いる。

 自分の知らない誰か、がいる気配がした。輝十は彼女を抱いたまま、その気配の先を睨み付ける。

「……誰だ」

 輝十は低く呻るように言い、見えない誰かを威嚇した。

 杏那もまたその存在には気付いており、笑みを消して無表情で冷ややかな視線を突き刺している。

「は、離れ……」

 震える弱々しい声で菓汐が何か言おうとした瞬間――輝十は即座に菓汐を抱きかかえ、飛んでくる無数の球体を飛んで避けた。

「なんだよこれ」

 球体は地面で破裂してただの水と化しているが、それが破裂した部分は確実に芝生が禿げて小さな穴が開いている。水にこんな殺傷性があるはずがない。つまり攻撃しているのは……。

「なるほどな。人間じゃないってわけか」

 そもそもこんな凶暴なことをする奴は、輝十の数少ない知識と経験上人外である悪魔だと結論付いている。

「おい、離せ」

 相手の様子を窺っているところで、菓汐が輝十の腕の中から逃れようと暴れ出す。

「バカ、動くなって。怪我してんじゃねえか」

「うるさい。これは私の問題だ。余計なことをするな、放っておけ」

 その態度にいらっとした輝十は、まるで反抗期の中学生のように逃れようとする菓汐をあえて更に強く抱きしめる。

「きゃっ……な、なにするんだ変態! 離せと言ってるだろ!」

「あのなぁ! 放っておけるわけねえだろ! しかもここ俺んちだし!」

「知るか! 離せと言ったら離せ!」

 素直に好意を受け取ればいいものの、なかなか素直になろうとしない菓汐。

 怒りのゲージが上昇していく輝十は、濡れた制服に身を包んだままの菓汐の上半身をじーっと見つめ、

「次言ったらおっぱい揉むからな、生で」

 しれっと最低なことを口にし、菓汐を羞恥に追い込んで口封じした。

 あまりの突然の変態発言に、何を言われたかいまいち理解出来ていない菓汐だったが、次第に冷静になって事態を把握し、顔を真っ赤にして口を金魚のようにぱくぱくさせる。

 輝十はその反応を見て思う。彼女はやっぱり人間だよな、と。

 精を食らう悪魔がそんな恥じらうとも思えないし、何より顔と雰囲気でなんとなくそうじゃないかなと思っていた。変に整いすぎていない感じが埜亞と近いものを感じる。

 しかしよく見ると目の色が青色と黒色で左右違う、いわゆるオッドアイというやつだ。ハーフなのだろうか。

 なんにせよ、彼女がここまで攻撃されなければいけない理由が輝十にはわからなかった。もし処女目当てだとして、ここまで暴力的に奪おうとするなど同じ男として絶対に許すまじ行為。ふつふつと怒りが込み上げてくる。

 童貞の方が優しくて純潔で高貴で男らしいことを見せつける刻がキタァァァァァ!

 再び、飛んでくる球体を絶え間なく避ける輝十。

「速い。普通ならとっくに当たってるはず」

「へへ。ま、俺避けることしか出来ないんだけどな」

「避けることだけ……だと?」

「ああ。昔ちょっと鍛えたもんで。避けたり交わしたり逃げたりすんのは割と得意なんだ」

 無数の球体を避け続け、攻撃が途切れたところで輝十は息を整えながら見上げる。

「……女一人相手に男二人たぁ、ちょっと趣味が悪いんじゃねえの」

 気配は人の形を成して、そこに姿を現す。それもご丁寧に身元が分かるように栗子学園の白い制服に身を包んだ、男子生徒が二人。

「おまえに用はない。俺達はそいつに用があるだけだ」

「あのなぁ、何度も言うようだけどここ俺んちだから! おまえらが用なくても俺はあるんだよ!」

 男子生徒はめんどくさそうに舌打ちし、持っていたペットボトルの口に人差し指を突っ込む。そして指を抜くとまるで水が生きているかのように、指と共にペットボトルから出てきて、空気中で膨張し球体に変化した。

「能力……」

 杏那の呟きを聞き、輝十ははっとなる。

 杏那の能力を受けた埜亞の叫び声を思い出して照合する。たかが水でも能力が加わったことで、それはもう水ではない。

 当たったら、やばい。

 輝十は頭でも理解していたし、本能でもそれを悟っていた。

「もういい、十分だろ。私から離れた方がいい。おまえまで怪我をするはめになる」

「ああそうだな……って、こんな明らかに危ない中で女を見放す男がいてたまるか! 少なくとも俺は絶対そんなことはしねえ」

 全人類の女性の胸に誓って、そんなことは出来ない。彼女らだけの持つ女神の芸術おっぱいを崩壊させたりなんか絶対にしない。

「…………」

 菓汐はその勢いに圧され、それ以上何も言えなかった。自分を抱きかかえた輝十の腕を掴む手に力を込める。


 一方で、部屋に残された埜亞はドアの前から動けずにいた。もちろん座って二人を待つことなんて出来そうにない。

 今すぐ二人のところへ駆けつけたい。

 しかし輝十がああまで念を押して言ってきたのだ。それを破ったら……。

 せっかくお友達になれたというのに嫌われたくなかった。だから自分を抑えて、埜亞はその場で待機している。

「すぐ戻るって言ってたもん……待ってればいいんだ。うん、待ってよう」

 そうわかっていても、気持ちは落ち着いてくれない。

 轟音がするたびに家が揺れ、埜亞は一人で泣きそうになっていた。庭では何があっているのだろう。

 二人が心配だった。もちろん自分なんかが行ったところで何も出来ないことぐらいわかっているし、むしろ行った方が足手まといになるかもしれない。いや、きっとなるだろう。

「座覇くん……妬類くん……」

 それでも自分だけがこんな安全な場所で非難していることが許せなかった。

 大好きなお友達が傷ついているかもしれない。危ない目にあっているかもしれない。

 音だけが聞こえ、現場が目で見えないからこそ、埜亞の不安は掻き立てられる。

 埜亞はいつも肌身離さず持っている分厚い本を抱きしめる。

 輝十との約束を破って、嫌われる覚悟で二人を助けに行くか。約束を守って、このままここで二人が戻ってくるのを待つか。

 埜亞の気持ちは最初から決まっている。覚悟が出来なかっただけだ。

 私なんかに二人は優しくしてくれた。その恩返しが何も出来てない……。

 自分はどうなってもいい。嫌われるのは嫌だけど……二人が無事ならその方がいい。出来ることがなければ体を張ればいいんだ。

 埜亞はぐっと唇を噛みしめる。そして分厚い本を抱きしめ、輝十の部屋から飛び出した。

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