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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第4話 『機密と秘密と内密と』
33/110

(5)

 輝十は両手で顔を覆って、しくしくと女々しく泣いていた。

「で。俺が着替えてる間に何があったのさ?」

 しくしく見窄らしく泣いている輝十とテーブルを挟んだ向かい側、埜亞は頬を膨らませてむすっとしていた。

「わ、私だって脱ぐぐらい……」

 口を尖らせてぼそっと呟く埜亞に、

「脱いでどうするの?」

 杏那が率直に問いかける。

「だ、だって……わ、私も座覇くんのお友達だから……だから……」

 うーん、と唸りながら杏那は腕組みし、

「お友達って脱ぐもんなの? ねぇ、輝十」

 傍らで未だに泣いている輝十に話を振るが、

「俺は……俺は……なんで自らチャンスをぶっ潰したんだ! バカァァァァァ!」

 すすり泣きが号泣に変わっただけであった。

 杏那は頭を抱えて深々と溜息とつき、クッキーを摘む。

「このままじゃ一生勉強会始められないんじゃないの? 俺は別に構わないけどぉ」

 言って、再びクッキーを手にとった。

 本来の目的を思い出したらしい輝十と埜亞は揃ってはっとした顔で、気まずそうに顔を見合わせた。

「ま、それもそうだな」

 鼻をすすりながら輝十は紅茶を口に含み、落ち着きを取り戻す。

「そ、そうですね。すみませんでした」

 埜亞もまた震える手でティーカップを掴み、紅茶を口に含む。

 ぎくしゃくしながらも気を取り直したらしい二人を見て、杏那は微笑を刻んだ。

「じゃ、始めるか」

 輝十はテーブルの下から紙とシャープペンを取り出し、テーブルの真ん中に置く。

「はいっ。ではまず栗子学園についてから、でよろしいでしょうか」

 はきはきと喋る埜亞には活気が溢れている。目も生き生きしているし、輝きが灯っていた。

「あ、書記は俺がやるね」

 シャープペンをとろうとしていた埜亞より先に杏那がとる。以前、屋上の件で埜亞には絵心がないことが判明している。それを考慮して自ら買って出たのだ。

「既にご存じのように、栗子学園は“人間”と“淫魔”の半々で構成されています。淫魔は人間を“ピルプ”と呼びますが、ここでは人間としましょう」

 杏那は埜亞が喋るのに合わせて、紙にわかりやすく書き込んでいく。

「栗子学園に通う人間はすべて“初体験を終えていない人間”とされています」

 そこで輝十が大きく手をあげた。

「はいっ。なんでしょう?」

「なんで童貞と処女だけなんですかー?」

 よくぞ聞いてくれました! と言わんばかりに埜亞がテーブルを両手で思いっきり叩くので、揺れて紅茶が零れそうになる。

「それは人間と淫魔により確実で正確な契約を結ばせるためですっ!」

 再び輝十が大きく手をあげた。

「はいっ。なんでしょう?」

「既に意味がわかりませーん」

 埜亞が見るからにどよーんとした縦縞を背負ってしゅんとしてしまったので、見かねた杏那が口を挟む。

「少し前を説明しようか。栗子学園とは何か。それは“人間と悪魔を契約させる場所”に過ぎないんだよ。その人間に悪魔をコントロールさせることを目的としてる。漫画やドラマで見たことはあるでしょ? 悪魔と人間が契約する、みたいなの」

「ああ、それならなんとなくわかるぜ。でもそれと童貞処女は何の関係があんだ?」

 気力を取り戻したらしい埜亞が眼鏡のズレを直しながら補足する。

「それはうちの学園にいる悪魔が淫魔だからです。淫魔は本来は“精を食らう悪魔”ですので、既に精を覚えた者ではより正確な契約が結べないそうです」

 眉間にしわを寄せ、いまいち理解していないであろう輝十に気付いた杏那が付け加える。

「つまり童貞の妄想力は非童貞の妄想力なんかとは比べものにならない精を宿してるってことかな」

「なんだろう。なんかすげえ悲しいけどすげえ納得するこの感じ……」

「もっとわかりやすく言うと俺みたいな経験豊富な美少年の“ヤリたい”と地味でチビで小猿な童貞の“ヤリたい”じゃ断然後者の方が切羽詰まってて、必死な感じがするでしょ? それだけ性欲に溢れてるってことだよ」

「なんだろう。俺は今てめえを殴らないと気がすまねえ……」

 輝十が杏那の胸倉を掴むので、埜亞があわあわしだしてテーブルが揺れ、再び紅茶が零れそうになったので一先ず落ち着くことにした。

 輝十がわざとらしく咳払いしたのを合図に、埜亞が再び説明を始める。

「契約を結び、人間が悪魔をコントロールする。それには資格が与えられるのです」

「資格?」

「はい。“悪魔使役士”といいます。資格といっても栗子学園での学科と実技の修了仮定と契約を済ませることで自動的に取得出来ますので、資格試験の心配はないです」

「ふーん、つまり栗子学園ってのは資格とる学校みたいなもんか」

「そうですね。看護科や保育科のような専科だと思って下さい。他にも悪魔退治士、魔術婦、医術士など資格はありますが、他は資格試験があるです」

「うげ、試験あるなら俺はいいや」

 輝十は舌を出して苦そうな顔をするなり、手を左右に振って拒否する。

「悪魔に関する国家資格がとれる学校、ってことね。俺達側にすれば人間や人間社会の勉強と相方探しってとこ」

 杏那がわかりやすくまとめた。

「国家資格なのかよ……」

「当たり前でしょ、悪魔なんだから。国が管理するんじゃないの?」

 半ばむっとした様子で杏那はクッキーを三枚一気にとって口に放り投げた。

「俺達のような淫魔はここ何十年かで異常に繁殖されたといわれてる。人間の性犯罪の増加と共にね。俺達もそれ以外の悪魔もそうだけど、時代と共に確実に退化が進んでるんだよ。だから利口な奴は人間社会に溶け込む道を選んだわけ」

「利口な奴は、か」

 いつも溜息をついているか、人をからかっているかの杏那が真摯な顔つきで語っているのを見れば、それがどんなに深い意味を持っているのかぐらい肌で感じることが出来る。

「学園の外はもちろん、学園内でも人間をよく思っていない奴はそりゃいるからね。“使役”されるっていう表現も何か使い魔みたいでちょっとねぇ」

 杏那は悪魔使役士と書いた文字の“使役”部分に罰印をつけながら苦笑を浮かべた。

「なんっつーか、あれだな……」

 なんで俺はそんな学校に入れられたんだ?

 輝十は真っ先にその疑問が浮かび、次に父親の顔が浮かんだので脳内でぶん殴っておいた。

 つまり悪魔である淫魔と契約を結び、悪魔使役士になる。その為の学校だということは理解出来た。父親はこの事実を知らずに自分を入学させたのか? 否! 婚約者がいると言っていたぐらいだ。もちろんわかっていて入学させたはずだ。

 あれ? それってつまり……。

「なぁ、その契約ってどうやるんだ? 相手とかどうやって決めるんだよ」

 輝十の問いに埜亞が嬉しそうに答える。

「それはですね、自分のあった相手を見つけなきゃいけないらしいですっ!」

「はぁ!? 見つけんの? どうやって?」

「恋愛みたいなもんでしょ。パートナーは自分で見つけろってことじゃないの?」

 そろそろ飽きてきたのか紙に落書きを始めた杏那が独り言のように口を挟む。

 輝十はしかめっ面で考え込む。

 ますます父親の策略のようにしか思えなかったのだ。もちろんこんな奴とペアを組むなんてまっぴらだが、婚約者の本当の意味がそれを現しているとしたら……。

 輝十は少し報われた気がした。しかし同時にどうして杏那を自分に差し向けたのか。杏那と父親の繋がりは未だにわかっていないし、杏那もよく覚えていないという。うーん……。

「な、なにか説明不足な点が、あ、ありましたか?」

 唸りながら厳しい顔で考え込んでいる輝十に、埜亞が不安そうに問いかけた。

「あ、いや……そ、そうだ! 制服! で、制服の色分けは……」

 と、訊こうした瞬間――

 ドンッ! という地震のような衝撃が座覇家を襲った。

 何度も持ちこたえてきた紅茶が零れ、ティーカップが床に落ちる。

「なんだなんだ! 地震か!?」

 地震というよりは隕石の落下といった感じだ。お尻を突き上げる衝撃と何かが高速で叩き落とされたかのような一瞬の轟音。

「……違う、庭だ」

 冷静に耳を研ぎ澄ました杏那が言うなり、輝十と共に部屋を飛び出して庭に向かう。

 それを追おうとした埜亞に、

「来るな。埜亞ちゃんはここにいろ」

 輝十は再度部屋を覗き込み、埜亞に言い聞かせるように強く言う。

 自分だけのけ者にされたようで埜亞はしゅんとして落ち込んでしまうが、

「大丈夫。すぐ戻るから」

 輝十は務めて笑顔で優しく語りかける。

 迂闊だった。一人にされることに敏感な埜亞に強く言ったのは間違いだった、と埜亞の表情を見て反省する。

 しかしそれでも危険であろう得たいの知れない所に女の子を連れていくわけにはいかない。

「悪い、ちょっとだけ待っててくれ」

 手をあわせて謝るなり、輝十は急いで庭に向かう。

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