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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第4話 『機密と秘密と内密と』
32/110

(4)

 座ったはいいが、その場所からの景色は丁度ベットである。埜亞はベットを見るたびに、さっき自分がふしだたら妄想をしてしまったことを恥じらい、顔を真っ赤にし、落ち着かない気持ちになっていた。

 しかしだからといってベット側に座る勇気もない。

 ベットの大きさはセミダブルぐらいだろうか。少し大きめでカバーも布団も黒だ。どうして一人なのにベットが少し大きいんだろう。それが普通なのかな。

 ベットを眺めながらそんな素朴な疑問を抱いていると、

「ひええっ!?」

 突然、ベットの布団がまるで亀の甲羅のようにもこもこと膨らみ始めたのだ。

 もちろん埜亞は驚き、体をびくつかせた勢いで壁で後頭部を打ち付ける。

「ううぅ……いたい、です」

 埜亞は後頭部を打ったおかげで冷静さを失わずに済み、いつもの狂気的悲鳴を人様の家でお披露目せずに済んだ。

「ん……なに、誰かいるの?」

 盛り上がった布団からもそもそと姿を現したのは女型の杏那だった。大きめのパジャマに下は履いておらず、男性用の下着が短パンのようになっている。もちろん女性用の下着をつけるなんていう習慣はないので、パジャマから透けた胸がくっきりと形を象徴していた。

 杏那は目を擦りながら寝ぼけまなこで声のする方に目をやる。

 見れば、入口のすぐ隣の壁に背をつけ、目を丸くしてこちらを見ている埜亞の姿があった。

「と、妬類くん……ですか? またあの時のように女の子の姿に……ど、どうしてっ!?」

 段々目も頭も冴えてきた杏那は寝癖のついた頭を掻き乱しながら、

「うーん、うん。なんていうか、俺女の姿にもなれるんだよねぇ」

 一番重要な詳しいところをあえて省略し、めんどくさそうに答えた。

「ど、どうやって……ですか?」

 もちろん埜亞はその重要な部分が気になり、前回聞けなかったこともあって思い切って問いかけた。

 が、杏那はそれを軽くあしらい、

「そんなことよりさぁ」

 ベットから足を下ろし、生足をちらつかせながら、いかにも悪巧みをしている顔で埜亞に問い返した。

「ね、なんで俺が輝十のベットから出てきたかわかるー?」

「えっ!?」

 杏那はにやにやしながら、まるでヒントを与える出題者のように付け加えていく。

「ほら、俺って輝十の婚約者じゃーん? だから一緒に住んでんだけどさぁ」

「い、一緒に……ですか?」

「うん。一つ屋根の下だよ」

「………………」

 言葉を失った埜亞の脳裏には色んな事が妄想される。しかし杏那にやきもちを妬くまでは頭が回らなかった。

 二人は一つ屋根の下で暮らしていて、同じ部屋にいて、何故か妬類くんは女の子の姿で、し、下を履いていない下着のじょ、状態でベットから出てきて、でも妬類くんは男の子だし、でも今は女の子の姿で……あわわわわっ。

 埜亞は両手で頭を抱えて目を回しながら、ぶつぶつお経を唱えるかのように呟き始める。

 その姿を見た輝十は手で口を覆い、吹き出すのを堪えた。そして追い打ちをかけるように、

「俺はね、こうやって女の姿にされて輝十に毎晩……」

 艶っぽい表情を作り出し、まるで名役者にでもなったかのように感情を込めて言う。

「ま、ま、ままままいばん……」

 毎晩、二人は、なっ、何を……?

 知ってはいけない事情のような気がしながらも、埜亞はその続きが気になって仕様がなかった。

「うん。毎晩ね、このベットで……っと! 危ない、危なーい」

 続きを言おうとした瞬間、入口から温められたティーカップが飛んでくる。

「嘘吹き込んでんじゃねえええええ!」

 目をやれば、輝十が鬼の形相でティーポットとティーカップ、そしてお菓子を載せたトレーを持って、部屋の入口に立っていた。

「危ないじゃーん。これ割れ物でしょ?」

「おまえだったらキャッチするだろーが。つーか、誤解を招くようなこと言ってんじゃねえよ!」

「えー? だって一つ屋根の下で暮らしてるのは本当じゃん」

「てめえはただの居候だろうが。下宿人!」

「ま、簡単に言うと同棲なんだけどねぇ」

「ちげええええええええええ!」

 トレーをテーブルに置くなりベットで取っ組み合いになる二人を、埜亞は目を白黒させながら見ていた。

 二人にとっては日常の一片に過ぎないが、埜亞の目にはベットの上で親しく絡み合う男女にしか見えないのである。

「で、でもっ、妬類くんは男の子だし……ううん、でも今は女の子で……ふええっ!?」

 再び大パニックになりだした埜亞に気付いた輝十が、杏那の両手を掴んで力一杯押しながら、

「つーか、埜亞ちゃんはてめえが杏那だってわかってんのか?」

「知ってるよ。この姿で会ったのは今日が初めてじゃないしねぇ」

「初めてじゃない?」

 初耳だった輝十は杏那から手を離し、改めて埜亞に訊く。

「な、こいつが女の姿にもなれること知ってたのか?」

 埜亞は声をかけられ、はっと我に返り、無言でこくんこくんと頷いてみせた。

「い、いいいっ、いつも女の姿にされて、そ、そのっ、ざ、座覇くんと毎晩寝てるって……」

 輝十は逃げようとしている杏那の首根っこを掴み、引きずり戻して胸倉を掴んだ。

「言ってない言ってない。俺は寝てるまでは言ってない」

「そう思わせるようなことを言ったんじゃねえかてめえええええ!」

 輝十が杏那を殴ろうとした時、

「あ、あとっ! た、体育の時に……女子更衣室でお会いして……」

「女子更衣室でお会いして?」

 輝十は棒読みで復唱するなり、じと目で杏那を見る。

「うわーその目は絶対勘違いしてるー」

「見損なったぜ、杏那……女の姿になってまで女子更衣室に忍び込むなんてよ……」

「忍び込んでない忍び込んでない」

「どうして……どうしてっ! 俺を誘わなかったんだ!」

 一生に一度の大チャンスを逃したと言わんばかりに、気が狂ったように頭を抱えて絶叫する輝十。

「その手があったかあああああ!」

 はぁ、と息を吐き、一息ついて冷静さを取り戻したらしい輝十は杏那の両肩に手を置き、

「今まで悪かった。今日からおまえは俺の親友だ」

「プライドってもんがないのかな、あんたには」

 杏那は軽蔑の視線を送りながら、輝十の手を払いのけた。

「埜亞ちゃんに用があって女子更衣室に行っただけ。それでその時たまたま女型だったってだけだよ。ねぇ?」

 杏那に目配せされた埜亞は一瞬戸惑ったが、空気を読んで大きく頷いた。

 きっと詳しいことは輝十に伏せておいてくれるのだろう。埜亞は有り難い気持ちでいっぱいになった。やっぱり悪魔は悪いのばかりじゃないなぁ、なんて思い、自然と顔が綻んだ。

「ふーん、そっか。じゃこいつがどうやって女の姿になるのかも知ってんの?」

「あ、いえっ。そ、それをさっき聞こうとしてたんです」

 輝十はベットから降り、持ってきたクッキーを一つ手にとって見せる。

「これだよ、これ。こいつは淫魔の中でもちょっと特殊でお腹いっぱいになると女の姿になっちまうんだと」

 言って、クッキーを自分の口に運ぶ。

「ま、正確に言うと摂取出来ない精の代わりに糖分を摂取して、エネルギー源に変えてるってわけ。人間で言うと性欲を食欲で補ってるって言えば、わかりやすいかなぁ」

「なるほどっ! すごくよくわかりました!」

 好きな分野なだけに、元気に返答する埜亞。

「だってこいつ昨日ケーキワンホール食って寝たんだぜ。どんだけ食うんだよってな」

「その後にチョコレートも20個ぐらい食べたかなぁ。クッキーは何枚だっけ。あとフィナンシェは……」

 想像しただけでも口の中が甘すぎて気持ち悪くなった輝十は、

「……わ、わかった、わかったから。さっさと着替えてこいよ」

 杏那はめんどくさそうに空返事し、輝十のクローゼットを勝手にあけてパジャマを脱ぎ出す。

「自分の部屋で着替えろよ! 自分の服に!」

「えーめんどくさいなぁ」

 埜亞は二人の顔を交互に見ながら、この状況を自分なりに整理しようとしていた。

 妬類くんが女の子の姿で、ふ、服を脱いで、じょ、上半身裸の状態でいるのに……座覇くんは、な、なんとも思っていない?

 生着替えを始めた杏那が胸を露わにしたところで、輝十はいつもの杏那への接し方であり、特に変化は見られなかったのだ。

 も、もしかして……みっ、見慣れているから!? ここで着替えるのも、一緒に寝るにも、あ、当たり前だから……なの、かな?

 埜亞はスカートの裾をきゅうっと掴み、俯いてしまう。

「ん? どうした?」

 急に俯いてしまい、おかしな様子の埜亞に輝十はもちろん声をかける。

 もしかしてお友達って、こういうことなのかな。は、裸見られてもお互い意識しないで、一緒に寝ても平気で……で、でもそれは男の子と女の子の間でもそうなのかな。お、友達だもん。きっとそうだよね。男の子と女の子でも、お友達なら……!

 埜亞は意を決して立ち上がり、

「ど、どうした?」

 輝十は突然物凄い勢いで立ち上がった埜亞を見上げて動揺する。

「ざ、座覇くんっ……わ、わわわ、私も脱ぎます!」

「はぁ!?」

 どうしてこうなった! 輝十は本気で脱ぎだした埜亞を必死に止めにかかる。

「ちょ、なにやって……」

「わ、私も、お、お友達だから……べ、別に裸を見られたって、恥ずかしくないですっ!」

「なんて顔して言ってんだよおい!」

 何故、女の子のおっぱいを拝むチャンスを自らぶっ潰してしまうのか。輝十が冷静になって悔やむのは、少し後のことである。

 今はとにかく何か大きな勘違いをしている埜亞を止めることで頭がいっぱいだった。

 聖花のように武器として露出するのとはわけが違う。それは埜亞の顔を見れば一目瞭然だった。

「……二人とも何やってるの?」

 二人に背を向けて着替えていた杏那は終わるなり、振り返ってぽつりと呟いた。

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