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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第4話 『機密と秘密と内密と』
31/110

(3)

 そんな埜亞と今だにかぶりつくように見ている輝十の背中を横目に、

「言っとくけど、こういうの日常茶飯事だからね。珍しい光景じゃないんだよ」

 杏那が腰に手をあてて呆れ顔で突っ込む。

 え? という驚きを隠せない表情で揃って杏那を見る輝十と埜亞。

 やっぱりね、と言わんばかりに杏那は溜息をつきながらわざとらしく頭を抱えた。

「人間と淫魔において、人間の同意を得ずに行為を行うことは禁じられてるんだよ。まして契約もしていないのに本番なんて厳禁。でも逆を言えば同意を得ていて本番さえしなければ暗黙の了解ということになる……ってわけ」

「つまり淫魔共は焦らしプレイが好きだ、と。そういうわけか」

「人の話聞いてた?」

 真顔で答える輝十に杏那がいらっとした顔をする。

「えーだってわけわかんねえんだもん」

 深々と溜息をつく杏那。その傍らで埜亞は苦笑する。

 悪魔が、しかも淫魔が、半分いる高校なんて言われたって見た目は人間となんら変わりない。確かに異様に綺麗な顔立ちが多いし、非現実的な能力があるってのもあの食堂での聖花達の戦闘でわかっている。

 目で見たことは輝十とて納得せざるを得ないのだ。

 しかしもっとそれ以上にこの学園には色々とあるんじゃないだろうか。もちろん生徒そのもの、にも。

 輝十は輝十なりに、そんなことを考えていた。

 別に今になって転校したいなんて騒ぐつもりもないし、別にこれといって気にはしてはいない。

 それでも自分だって貞操を一度は狙われた身だ。経験上、自分を性的な目で見ている輩が多いことにも気付いている。だからこそ自分の身を守るためにも、埜亞や杏那を巻き込まな……いや、杏那は別にいいか。

 だから俺は知らなきゃいけない、そう輝十は思っていた。

「俺ってさ、この学校のことも仕組みのこともほんっとなーんもわかんねえんだわ。でも……」

 輝十は三大式典のこと、自分が狙われたこと、この目の前の乱れたけしからん男女生徒のこと、など今までを振り返りながら思っていたことを口にする。

「いい加減知らないとやってけねえよな」

 その輝十の言葉に埜亞は嬉しそうに、

「そ、そうですよっ! 知りましょう、一緒に勉強しましょう! わ、私でよろしければ分かる部分はお教えしますし!」

 思わず声を張り上げたので、輝十と杏那に口を塞がれて止められた。

「ま、俺も聞いてくれれば答えるよ」

「本当ですかっ!?」

 杏那は輝十に言ったつもりだったが思わぬところで埜亞が釣れてしまい、杏那にしては珍しく困惑した表情を浮かべた。

「んじゃーあれだな。勉強会やろうぜ、勉強会」

「そうだね、いいんじゃない? うちでやればいいし」

「ああ、俺んちでよければ……っておい。おまえんちではねえだろ、おまえんちでは」

 埜亞は執拗に瞬きをし、二人を見据える。

「え……ざ、座覇くんち、で、ですか?」

「ああ。んでも別に他の場所でも構わな……」

「い、いえっ! お、お邪魔してよろしいのなら……ぜ、ぜひっ!」

 興奮気味に言う埜亞の勢いに圧されながら、

「あ、ああ。じゃ今度の日曜日にでも俺んちでやるか」

 輝十がそう言うと杏那と埜亞は揃って頷き、埜亞に限っては遠足が楽しみで仕様がない小学生のようにわくわく感を抑えきれない様子だった。



 日曜日当日。

 埜亞は座覇家までの道のりが書かれたメモ紙を片手に、玄関の扉の前でどうすればいいかわからずもじもじしていた。

 生まれて初めての友達の家。しかも休日に友達と遊ぶということも初めてなのである。

 引き戸式の扉の前で埜亞はうろうろしながら永遠と悩み続けていた。

 ノックをするべきなのかな? やっぱりチャイムを鳴らした方がいいのかな? でもちょっと早く来すぎたし……時間になるまで待っていた方がいいのかな。あ、手土産は本当にこんなものでよかったのかな。もし嫌いなものだったらどうしよう。そうだ、制服で来ちゃったけど私服の方がよかったのかな。どんな顔してお邪魔したらいいんだろう……も、もしお母さんとかいたらどうすればいいのかな。挨拶した方がいいよね。でもお友達なのに挨拶したら変に思われるかな。でもでも、でもっ……!

「ううぅ……」

 思考許容範囲を超えてしまい、埜亞は唸りながらパニックに陥っていた。

 その時、

「なにやってんの? チャイム鳴らしてくれりゃいいのに」

 玄関で唸りながらうろうろしている埜亞に、扉を開いて声をかける輝十。

「チャ、チャイムを鳴らす、が正解だったんですねっ」

「はぁ? よくわかんねえけどよ、チャイム鳴らしてくれりゃ気付くって」

「は、はい、です。すみません……いてっ」

 埜亞はぺこりと頭を深々と下げ、いつものように下げすぎたせいで玄関の段差で額をぶつけてしまう。

「普通、足下気をつけろよって言うところなんだけど……おまえは額気をつけた方がいいな額」

 どうしてこうなっちゃうんだろう。

 埜亞は早速泣きたい気持ちになってしまった。初めてづくしで浮かれすぎて、結局恥ずかしい姿ばかりを見せてしまっている。せっかくの日曜日にわざわざ誘ってくれているのに……こんな調子じゃ迷惑ばかりかけて申し訳ないだけ……。

「なにやってんだよ、ほら」

 輝十は俯いて突っ立ったままの埜亞にスリッパを用意し、

「なんもねえけどな。中にどうぞ」

 家へあがるように促す。

 埜亞はさっきまでの泣きたい気持ちが一気に晴れ、その言葉を噛みしめるように頬を紅潮させた。

「は、はいっ! お、お邪魔しますっ!」

 ここが輝十くんのうち、お友達の家……。

 埜亞はスリッパを履き、家の中を見回しながら輝十の背中に付いていく。

「わりいんだけどよ、俺なんかお菓子持ってくっからさ。先に部屋に行っててもらえる? この廊下を真っ直ぐいったとこね」

「ふええっ!? は、はいですっ!」

 思わず力んで返事をしてしまう埜亞。

 台所に入っていってしまう輝十の背中を見て、埜亞ははっと自分が手に持っているものを思い出す。

「あ、あのぅ!」

 振り返った輝十に向けて、両手で掴んだ手提げ紙袋を名一杯突き出した。いつもなら必ず分厚い本を手に持っているのだが、今日は斜めかけバックに突っ込んでいる。

「お、おく、お口に合うかわかりませんが……よ、よろしかったら、どうぞっ!」

「あー気にしなくていいのに。わりいな」

 輝十は埜亞の元まで戻り、その手提げ紙袋を受け取った。

「お、紅茶じゃん! 気が利くなぁおい。早速入れてくるわ。部屋で待ってて」

 その反応を見てほっとしたらしい埜亞は、大きく安堵の溜息をついた。

 しかし安堵出来たのも束の間、輝十が台所へ行ってしまった今、埜亞は輝十の家で一人ぼっちになってしまったのだ。

「だ、だいじょうぶ……だいじょうぶ……」

 ひーはーひーはー大きく大げさな深呼吸して心を落ち着かせ、言われた通りに廊下を進んで行く。

 部屋で待ってるように言われたけど、本当に勝手に入っていいのかな? お友達の部屋にいいのかな? あ、もしかしてお友達だからいいのかな。で、でも……男の子、だよね。男の子の部屋に勝手に入ってもいいのかな。

 埜亞はこの間の出来事を思い出し、かぁっと顔が熱くなるのを感じた。

 座覇くんはお友達……お友達だけど男の子……男の子だけどお友達……あわわわわっ。

 埜亞はまたパニックを起こし、頭の中がぐるぐる回り始めていたのを必死に堪える。

 部屋で待っててって言ったんだし、部屋に入るしかないんだもん。こ、これは仕様がないことなんだもん。

「え、えいっ!」

 埜亞はぎゅうっと目を力一杯瞑って、まるで体当たりするかのように勢いよく部屋の扉を開いた。

「こ、これが座覇くんの部屋かぁ……」

 埜亞は部屋の入口に突っ立ったまま、呆然と輝十の部屋の中を見渡す。

 友達の家に行くことが初めてなら、友達の部屋を見るのも初めてなのだ。比較対象がない為、埜亞にとっては世間一般の部屋というものがどういうものかわからない。しかし見た感じでは散らかっているわけでもないし、物が溢れているわけでもない。すっきりした清潔感のある部屋、という印象だった。

「男の子の部屋って、みんなこういう感じなのかなぁ」

 カーテンや物の色が黒や青だったところから、埜亞はなんとなくそう感じていた。

「!」

 そして今自分が口にしたことに、今更になって恥ずかしさを覚える。

 お友達の部屋に来たのに、男の子の部屋だなんて……わ、私は一体何を考えてるんだろう。

 埜亞は自分の両手で顔を覆い隠し、首を振って冷静さを取り戻そうとした。

 冷静になれたところで、部屋のどこで待てばいいのだろうという疑問が浮かび上がる。

 座ってもいいのかな? 座るってどこに座ったら……ベ、ベット!? だ、だめだよっ。そ、そんなところに座って待ってたらまるで……あわわわわっ。

 埜亞は思わず想像してしまい、顔を真っ赤にして足下をふらつかせる。しかし埜亞の想像力ではキスが精一杯といったところだ。

 今こんな顔を輝十に見られるわけにはいかないので、とりあえずフードも被った埜亞。

 もし何か言われたら素直に謝ろう、という結論に至り、入口の入って右側の隅っこに腰を下ろして体育座りした。

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