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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第1話 『不幸は突然やってきた』
3/110

(3)

 少し早めに起きた輝十は、携帯を手にとりメールを開く。

「朝っぱらから暇だな、あいつら」

 と、口では言いながらも自然と顔が綻び、緊張が幾分解れる。

 そこには赤井と青井からいつもの調子で似たような内容のメールが届いていた。だから彼氏はいらねえよ!

 赤井と青井は今日が入学式で、輝十も今日が入学式なのである。

 輝十は携帯を閉じ、真新しい制服を見た。そしてそのまま制服を目の前で広げてひらひら揺らす。

 中学が学ランだった輝十にとってブレザーは凄く新鮮だった。

 白いブレザーの中は薄い灰色のカッターシャツで、襟に赤い五芒星の刺繍がある。そしてネクタイは黒で普通のネクタイより少し細めで長め。ネクタイにチェーンのようなものがついていたが、鬱陶しそうなので取り外しにかかる。

 一見制服というよりは私服に近く、パンクやロックやゴシックという言葉が思い浮かびそうな制服だった。

 制服に着替え終わり、居間に向かうと今起きたばかりの顔をした父が寝ぼけまなこで徘徊している。

「なにしてんだよ、親父」

「ん? ああ、輝十か。おお、似合ってるじゃないか」

「目ぇ瞑って言うな、目ぇ瞑って!」

 まあまあ、と目を擦りながら輝十の肩を叩く父。

「ちゃんと後で行くからな、入学式」

「はっ、別に来て欲しくもねえけどな」

 輝十はそのまま玄関に向かい、真新しいローファーを履いて爪先をとんとん。

「なんだ、まだ昨日のこと怒ってるのか?」

「べっつにー」

 嫌味っぽく言う輝十を父は急に笑みを消して真っ直ぐに見つめる。

「あまり親を舐めるなよ、輝十。おまえとはいつか向き合わなければいけないと思っていた」

「あ? んだよ、急に真顔になりやがって」

「尻と太もも派の俺からすれば、おっぱいなんて乳くさいガキのおしゃぶりにすぎんと言っている」

「朝っぱらから何の話だよ!」

 尻と太ももの肉感の良さなんぞ、おっさんにしかわかんねーよ! と輝十は内心思ったが、ここでそれを言ってしまうと厄介なので飲み込んでおいた。これから入学式だというのに、くだらない争いで遅刻するわけにはいかないのである。

 あーだこーだ言い続ける父を無視し、

「じゃ、俺行くから」

 話をぶった切って家を出た。



 電車で揺られ、輝十がやってきたのは櫻都市サクラシテイ。栗子学園のある最寄り駅である。

 たった十五分で街並みはがらりと変化し、都市という割には田舎街のような雰囲気である。都市の中心部にある山の上から下にかけて側面に住宅や店が建てられており、都会育ちには理解し難い光景となっている。

 栗子学園もまた山の頂上付近にあり、櫻都市の中心になっているといっても過言ではない。

「はあぁ、広いな空」

 駅に降り立った輝十の第一声である。

 駅からでも見える大きな建物が恐らく栗子学園だろうことは、輝十も一目で理解した。

 同じ制服をちらほら見かけ、ほっと胸を撫で下ろす。その後を追うようにして輝十は栗子学園を目指した。


「ど、どうなってやがる……はぁはぁ……」

 それから十五分経っただろうか。膝に手を置いて肩を揺らす輝十の姿があった。

 こんなに階段や坂道を登ったのは人生初である。

 場所が場所なだけに、バスを使えばよかったのではないかと今になって輝十は思う。しかし平然と登っていく生徒達を見てしまっては、案外近いのではないかと思ってもおかしくはない。

 おいおい、なんでみんな息切れしてねえんだよ!

 自分を追い越して栗子学園の門を潜っていく生徒達は、汗はもちろん顔色一つ変えていない。もしかして体育会系の高校なのか?

 と、気配を感じて後ろを振り返ると同じく息切れしている女子生徒を見かけて、輝十はほっとする。

 しかも大辞典のようなでかくて重そうな分厚い本を抱えて、真っ黒なフード付のパーカーを着てフードまで被っている。いくらまだ肌寒い季節だからといって、この階段や坂道をその格好で登ってきたのなら息切れするのが当然だ。

 呼吸が整ったところで、輝十も門を潜り、校舎をまじまじと見上げる。

 私立でここまででかくて綺麗な校舎の高校といったら、それなりに金銭的余裕のある裕福な家庭しか思い浮かばない。

 輝十の家が西洋菓子店を営んでいるといっても、こじんまりと常連客を中心にやっているようなもので、こんな金持ちの通いそうな高校に通う金があるとは思えなかった。

「俺のバックに金持ちのおっさんがいるとかじゃねえだろうな……」

 あの親父ならやりかねん。俺の使用済みパンツとか写真付きで売りさばくぐらいのことはやってるのけるクズだ。

 輝十が校舎に圧倒されている間に、次々と中に入っていく生徒達。

「はっ! こんなとこで突っ立ってる場合じゃねえ」

 慌てて流れに乗って校舎に入り、教室を見回っていく。

「俺のクラスはっと……あ、あれ?」

 クラス替えは教室の前に張り出されているものだ、と思っていた輝十は拍子抜ける。

 どの教室にも張り出されてはいないし、入口に戻って掲示板を確認したり、校舎を出て門付近をうろうろして見るがそれらしいものは何も発見出来なかった。

 おかしいな……どうなってんだ?

 輝十はわけがわからないまま、また人の流れに乗っかることにする。するとどうやら体育館ではなく講堂に向かっていることに気付いた。

 入学式は講堂でやるのか?

 右隣を通り過ぎていく女子生徒を横目で見てみる。わがままボディのとんでもない美人だった。

「申し分ねえ美しさだ。形的な意味で」

 そしてまた左隣を通り過ぎていく女子生徒を横目で見てみる。これまた可愛らしい中に色香を隠し込んでいるような美少女だった。

「申し分ねえ可愛さだ。サイズ的な意味で」

 もちろん双方の女子生徒は容姿端麗なのだが、輝十が見ているのは言わずもがな乳的な部分だけである。

 そのおまけのような流れで顔を見て、輝十は疑問に思う。

 やたら顔や体のいい女ばっかのような気がすんだが……気のせい、か?

 共学ならクラスに一人や二人、学園に数人いてもおかしくはない。しかし先ほどから見かける女子生徒はやたらレベルが高いように思えるのだ。

「うーん……」

 と、呻ったところで門で見た黒いパーカーの女子生徒を思い出して、その疑念を払い飛ばす。

 モデルのように堂々と歩いていく美人さん達と違って、黒いパーカーの女子生徒は庶民臭がぷんぷんしていた。自分側の人間だと嗅覚が言っている。

 そんなことを考えているうちに輝十は講堂に辿り着いた。

 西洋の教会堂を思わせる造りで、天井は高く、ステンドグラスから入り込む日差しが講堂内を神秘的に照らしている。

 講堂は一階と二階があり、一階はステージ側を向いており、二階は向かい合わせになっていて一階が見下ろせるようになっていた。輝十達、新入生はもちろん主役として一階に、上級生は二階に座ることになっている。

 特に指示もされていないし、そもそもクラスがわからないわけで、席は自由に座っていいのだろうと輝十は勝手に判断する。他の新入生も入った順に自由に座っているようだ。

 もちろん輝十は好んで男の隣に座ったりなんかしない。それで太ももを撫でられた苦い体験や隣に座っただけでその男子生徒とかけ算されて「座覇くんマジ受け!」とかマジウケる! なノリで腐女子にネタにされた辛い経験が数え切れないぐらいあるからだ。

 嗚呼、思い出したくもねえぜ……。

 しかし今のところお触り事件は勃発していない。もちろん油断は出来ないが、このまま出来るだけ平穏な学園生活になることを祈る輝十であった。

 その神への願いは早々に受け入れられず――とっくに見放されていることに輝十は薄々気付いている。

「な、なんだ? この視線はよ……」

 誰が自分を見ているか、なんてわからない。だが確実に、しかも一人ではなく複数人が、自分のことを見ているのだ。

 輝十は気持ち悪くなって、身震いしながらさっさと席につくことにする。

「あ、黒いパーカー!」

「……ひうっ!」

 突然、輝十に声をかけられたあの黒いパーカーの女子生徒は小さく悲鳴をあげ、深々とフードを被って震えながら俯いてしまった。

「隣座ってもいいですか?」

「…………」

「あ、あれ? だめ?」

 再び声をかけるとびくぅ! とギャグ漫画のように体を震わせた極端な反応を見せて、分厚い本で顔を隠したまま執拗に頷いて見せる。

「いやぁ、助かったわ。知り合いいねえし、やたら綺麗な人多いし。なんっつーの? こう庶民的で親近感沸くっつーかよ」

 びくびくしながら首を縦に振り続けている黒いパーカーの女子生徒に、独りよがりで話しかける輝十。

 すっかり安心しきっているのか、自然とため口になる。

「俺、座覇輝十ってんだ。よろしく」

「…………」

「あんた名前は?」

「……ひうっ!」

「ひうさん? それ下の名前? それとも名字?」

 額が太ももにくっつくぐらい俯いて首を左右に振る黒いパーカーの女子生徒。

 その異様な光景に一瞬固まる輝十だったが、これしきのことで引き下がっていては友達なんて作れるわけがない。

 少なくとも腐ったオーラが出ていないと俺の鳥肌レーダーが言っている。つまりちょっと変わり者っぽいが、普通の女の子ではあるわけだ。

「で、名前は?」

「なっ、なっ……夏地なつち、の、埜亞のあ

夏地埜亞なつちのあ? のあ、か……」

 意味深にその名前を呟く輝十を見て、埜亞は何かいけないことを言ってしまったのではないかと慌てふためく。

「なにそんな慌ててんだよ。別にAV女優みたいな名前だなって思ってないから安心しろって!」

 本音が全く隠せていない輝十であった。

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