(8)
「いい……んですか?」
「もちろん。よくなかったら今も一緒にいねえだろ。な?」
と、言った側から杏那に向けて跳び蹴りしたはずの聖花の蹴りが、ぎりぎりで避けたせいで輝十の横っ腹に命中してしまう。
「ギャアアアアアッ! 輝十くん!? 大丈夫!? 全部このインクブスが悪いの! 本当よ! ちょ、何この泡……輝十くん!? 輝十くんしっかりしてぇ!」
白目むいて泡を吹き出す輝十を介抱しながら、慌てふためく聖花。
その超展開に呆然とする埜亞だった。
「話、ゆっくり出来たかな?」
そんな二人の命がけコントは放っておいて、杏那は埜亞の隣に歩み寄って小声で問いかける。
「え……?」
「輝十と二人っきりにしてみたんだけど」
埜亞はその言葉の意味に気付き、頬を赤らめて地面を見る。
「ま、その反応だけで十分だけどねぇ」
にひひ、と茶化すように笑ってみせる杏那。
埜亞は大きく深呼吸をし、心を落ち着かせ、相手は悪魔相手は悪魔……と自らに暗示をかけるように呟いて顔をあげる。
「と、妬類くんは言いました。俺は悪魔だから人間の心の隙間に入り込むような生き物だって。だから……妬類くんは私の心の隙間の埋め方を教えてくれた。導いてくれたんですよね?」
面食らった杏那は、何も言えずに埜亞の別人のような明るい笑顔を目にした。
「心の隙間がわかるからこそ、だと思います。妬類くんの言うように友好的な悪魔だけじゃないことはわかります。でもいい悪魔だっていますよね」
「さぁ? どうだろうねぇ。所詮、悪魔は悪魔かもよ? ま、でも……」
杏那は今だに泡を吹いて意識を取り戻さない輝十を眺めながら、口元を緩める。
「少なくとも俺は好きなんだよねぇ、人間」
それを聞いた埜亞はなんだか嬉しくなり、持っていたパーカーを抱きしめた。
「私も好きですっ! 大好きです! 悪魔! そ、それと……」
悪魔は今までもずっと興味があって好きだったものである。でも“アレ”については違う。好きか嫌いかと問われれば嫌いだった。ただの恐怖対象だったから。
でも今はちょっとだけ変わった気がする。
埜亞は意識を取り戻したらしい輝十に視線を送りながら言った。
「人間も……きっと、好きです」