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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第3話 『レンズ越しに見る世界』
26/110

(6)

「そもそも……あんたみたいなのが輝十くんにこだわる理由ってなによ。婚約者ってだけじゃないんでしょ?」

 杏那は一拍おき、考えたふりをして答える。

「んー7割は婚約者だって聞いて面白そうだったからだけど。3割は自分でもよくわかんないんだよねぇ」

「はぁ? わからない?」

「うーん? うん。なんていうか、放っておいちゃいけないような、構いたくなるような……まるで昔から知っていたかのような。不思議な感覚っていうか」

「昔から知ってたようなって……知ってたんじゃないのそれ」

「さあ? 俺、昔の記憶が一部欠落してるみたいだから。人間でいうと記憶喪失みたいな?」

「…………」

 聖花は言葉を失い、怯えるような顔で杏那を見た。

「あはは、そんな顔しないで欲しいねぇ」

「あははじゃないわよ! 悪魔の、しかもあんたクラスの悪魔の記憶を操作するってよっぽどじゃない!」

 杏那は作り笑いを浮かべた。

「ま、プロテクトだろうね。だったら必要な時がくれば解けるでしょ、多分」

 二人の間に沈黙が訪れ、聖花が気まずそうに髪を耳にかける。

 杏那は半ば呆れた様子で笑みを零す。

「あんたもここがコテージガーデンだってわかっててやってくるんだから、結構な物好きだと思うんだけど?」

「し、仕方ないじゃないの。輝十くんがここにいるんだから」

「ご執心だねぇ。性に忠実というか、ただの痴女というか」

 青筋をたてて、キッと杏那を睨み付ける聖花。

 睨まれた杏那は両手をわざとらしくあげて降参を示す。

「まあいいわ。あんたがいれば他の淫魔も早々手は出せないでしょうし。せいぜい輝十くんのボディーガードでもやってて頂戴」

「はいはい、そうさせてもらうよ」

「輝十くんと使役契約をいずれ交わすのは私なんだから!」

 言って、聖花が屋上に戻ろうとすると杏那は入口に手をかけて通せまいとする。

「ちょっと、なに? まだなにかあるの?」

 心底うざそうに可愛らしい顔を歪め、杏那を睥睨する聖花。しかし杏那の視線は違うところを向いている。

 その異変に気付いた聖花が振り返って杏那の視線を辿った。

「ねーあんたさっきからそこにいるよね」

 杏那は階段下の踊り場に向かって声をかける。

 灰色のスカートを揺らし、その人物はそそくさ身を隠した。

「灰色の制服……」

 聖花が苦い顔でぽつりと呟く。

 杏那達、淫魔はその制服の色の意味を知っている。黒でもない、白でもない。精霊式で“精霊に判別してもらえなかった者”を示す、その灰色の意味を。

「俺らに何か用?」

 杏那が声を大にして話しかけると感情のこもっていない声色で、

「別に用はない」

 即答する灰色の彼女。

「ふーん。ま、来たかったら来なよ。どうせここには俺らしかいないからねぇ」

 何故、ここには杏那達しかいないのか。コテージガーデンとは何なのか、がわかっている前提で話をする。

「ねぇ?」

 杏那が聖花に同意を求めると、

「はぁ? なんで私に振るのよ。意味わかんない」

 ぐするように唇を尖らせたが、それに付け加えるようにして、

「まあ私みたいに心が広い高貴なるスクブスともなれば、別に灰色ごとき気にしないけどね」

 自慢げに言って髪を靡かせた。

 そう言うだろうと思った上で話を振った杏那だったが、案の定すぎて呆れ顔になっている。

「ちょっと。なによその顔」

「いや誰が高貴なのかなーと思って」

「はぁ!? どう見たってこのわたわたたたたんうっ……!」

 杏那は聖花の口を塞ぎ、屋上に追い出すようにして押し出す。

 振り返り様に踊り場を確認するが、灰色の彼女の姿はなかった。


 杏那達がそんなやりとりをしている頃。

 杏那と聖花が向き合い、屋上から姿を消してから嘘のように突風がなくなっていた。

「なにやってんだ、あいつら……」

 輝十はじと目で杏那達が出ていった入口を眺めていた。

 何事もなかったかのように座り直し、再びパンにかぶりつく輝十。

 それを横目で見つつ、埜亞はさっきの杏那の言葉を思い出していた。

 あれは自分に向けて言ってくれた台詞だ。何故、自分に向けてあんな台詞を吐いていったのか。

 埜亞がそれを理解するには少々の時間を要した。

「え、なに?」

「い、いいい、いえっ!」

 視線を感じた輝十が埜亞に問うが、埜亞は顔を真っ赤にして慌てて否定する。

 もちろん顔の赤みなど、フードと眼鏡の完全防備なので輝十にとってはわかりやしない。

 深く気に留める様子もなく、コーヒー牛乳を口にする輝十。

 この時、埜亞はあることに気付く。

 な、なんでだろう……妬類くんがいる時は平気だったのに、いざ二人きりになると今まで以上にどうしていいかわからない……。

 何を話せばよいのか、どういう顔をすればいいのか、ここで食事を続行していいものか。そんな細かいことまで気になってしまう。

 三大式典の時と何かが違った。あの時は輝十のペースに巻き込まれていたが今は違う。同じ時間を同じように刻んでいて、一緒に過ごしている。

 自ら望んで、彼の隣に今自分はいるのだ。

「…………っ!」

 そんなことを考えていたら脳内がヒートアップしてしまい、埜亞は叫びたい気持ちを堪えて俯く。

 様子がおかしい埜亞に気づき、輝十は食べ終わったパンの袋を丁寧に結んで小さくしながら、

「あのさ、おまえなんですぐ俯くの?」

 気になっていることを率直に問いかけた。

 埜亞は顔はあげなかったが、丸まった背中を伸ばして姿勢を正す。

 どうしてすぐに俯いてしまうのか――それは自分でもわからなかった。いや、わかっていて、ずっと無意識で行ってきていたのだ。

「こ、こわくて……」

「お、俺が?」

「ち、ちがっ、違いますっ!」

 それだけは顔をあげて、全否定する埜亞。

「あ……その……」

 そしてまた気まずそうに自分の太ももと睨めっこした。

 埜亞は言うか言うまいか悩み、太ももの上でぎゅっと拳を握る。しかし今しか言う機会はないだろう、と思ったのだ。

 何故それを彼に言うのか? 言う必要があるのか?

 埜亞にはわからなかった。それでも輝十には聞いて欲しい、言っておきたい、そう思ったのである。

 重い口を小さく開き、金魚のように何度かぱくぱくさせてからやっと声を吐く。

「わ、私……しょ、小学校も中学校もずっと、いじめられてたんです」

 フードの紐をいじりながら、埜亞は震えた声で静かに語り始めた。

「こ、こんな、んだから……趣味も、オカルト的、だし……みんなに気持ち悪いって、言われてました」

 へへ、と力なく笑って見せる埜亞。

 輝十は笑いも茶化しもせず、黙ってその言葉に真摯に耳を傾ける。

「しゃ、喋り、方だって、どもってるし……み、みんなが汚いものを見る、ような、軽蔑した目で私を見る、んです」

 いつも以上にどもりながら喋る埜亞を眉尻を下げて見つめる輝十。

「こ、こうやってれば、視線があまり目に入らない、んです」

 言って、フードと眼鏡を触って見せた。

「友達も、いた、ことなくて……こうやって、人と一緒に、お、お弁当食べるの初めて、です」

「そうか……」

 力なく言うその台詞には明らかに感情がこもっていて、本当に今まで一人だったんだな、と輝十に感じさせる。

 たったこれだけのことで、そんな嬉しそうにしてくれる。

「まあ、確かに埜亞ちゃんの趣味は変わってるっちゃー変わってんだろうけどよ」

 輝十は居たたまれない気持ちになりながらも、いつも何かに怯えている彼女に言わねばと思ったソレを口にした。

「だからってそんな気にすることないんじゃねーの? いいじゃん、別に他人がどう見てようとさ。好きなもんは好きで」

「…………え?」

 いつだって、人は気持ち悪いといって避けたがった。ありえない、と言って全否定されてきた。

 それを彼は……。

 埜亞は顔をあげ、真っ直ぐに輝十の顔を見る。

 人の顔を真っ直ぐに見ることは恐怖でしかなかったが、そんな言葉をくれる彼を見ずにはいられなかったのだ。

 どんな顔をして、そんなことを言ってくれるのか気になったのである。

 レンズ越しに見る彼の顔は、今まで自分に向けられたことのない優しい顔をしていた。人がこんな顔をするのを見たのは初めてかもしれない。

 自分が見ることを恐れていたのか、自分にそんな顔をしてくれる人がいなかったのか。

「あとさ、俺思うんだけど」

 輝十は埜亞のフードを払いのけ、両手でそっと眼鏡を外す。

「やっぱりどっちもない方が可愛いよ、うん」

 真っ黒な艶やかな髪とくりっとした大きな黒目が特徴的な可愛らしい顔。そんな彼女本来の姿を前にして、輝十は歯を見せて笑った。

「………………」

 この事態を埜亞の脳が処理するまでには結構な時間を要し、硬直したまま執拗に瞬きを繰り返す。

「か、かか、かかか……かわっ……!」

 全身を電流が駆け巡り、いつも以上にあわあわし出す埜亞。

 やっと処理が終わったらしい脳からの伝達を受け、今自分が彼に何を言われたのか理解したのである。

「うん、勿体ねえと思うんだよな。むしろパーカーごと脱いで欲しいぐらい」

 言いながら輝十は埜亞の大きな膨らみ部分に視線を熱く注ぐ。

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