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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第3話 『レンズ越しに見る世界』
23/110

(3)

 授業終了のチャイムと共に女子生徒達は一斉に準備を始め、ぱらぱらと教室を後にしていく。

 次の授業は体育だった。体育が行われるのは今日が初めてである。

 体育は隣のクラスと合同で男女別で行われる。もちろん着替えも別だ。

 埜亞はごそごそと体操服の入った袋を取り出しながら周囲を窺った。

「…………」

 まるで助けを求めるかのように目で追ってしまった彼は、もちろん授業は別。着替えも別。つまり一緒に行動することは出来ないのだ。

 私はなにを期待しているのだろう。

 杏那に絡まれて、いつものように苛立っている輝十。その二人の姿を見ながら埜亞は息を飲んだ。

 朝、会えば声をかけてくれる。

 昼、自分の名を呼んでくれた。

 そうやってどこかで甘えている。彼の優しさに、彼らの笑顔に、甘えてしまっている。

「ね、次体育でしょ? 一緒に着替えに行こうよ」

「!」

 埜亞はその声に反応して、思わず顔をあげた。

 目の前の席の女子生徒が体操服を抱きしめ、立ち上がる。

「うん、いいよー」

 埜亞は顔をあげたまま、動くことが出来なかった。

 後ろの席の女子生徒は返事をするなり立ち上がり、前の席の女子生徒と合流する。

 埜亞という存在はなかったことにされ、彼女を通り越して女子生徒同士は声をかけあっていたのである。

「あの子、反応しなかった?」

「え、そうなの? 誘うつもり全然なかったんだけど」

「なんかこわいよね、いつもフード被ってるし」

 女子生徒達は振り返って、不審そうに埜亞を見て呟く。

 彼女たちの瞳に映っている私はきっと“気味の悪い子”でしかない。そう、目が教えてくれる。

「……私の、バカ」

 わかっていた、わかっていたはずなのに。

 どうして顔をあげてしまったのだろう。期待なんてしたって裏切られるだけなのに、どうして期待してしまったのだろう。

 それはきっと……。

 埜亞は再び輝十達を見る。それだけで彼は小さな安堵をくれた。

 きっと優しさに甘えてしまったから。身の程を弁えることを忘れかけていたのかもしれない。

 いつだって私は一人で、独りだったのだ。これが本来あるべき自分の立場であり、姿なのだから……なにも落ち込むことなんてないのに。

 埜亞は周囲が男子生徒だけになったことに気づき、慌てて教室を飛び出した。


「あれ? なんかこっち見てた気がしたんだが……」

 輝十は教室を飛び出していく埜亞の後ろ姿を見て漏らした。

「黒子ちゃん、同性の友達いるのかねぇ」

「は? なんだよ急に。そりゃいるだろ」

「一緒に誰かといたところ、見たことあるー?」

 そう言われてみれば授業の合間はいつも机にいるし、昨日の昼休みは一緒だったし、三大式典も……。

「人間にとって同性の友達って重要なんじゃないの?」

「まあそうだな。よくわかんねえけど、女は特に大事なんじゃねえの。いつも群がってるし」

 輝十は急に心配になり、そんな輝十の気持ちを察するかのように杏那は苦い顔をした。



 更衣室に移動したものの、他の女子生徒達のように埜亞は着替えることが出来なかった。

 フードをとり、パーカーを脱ぎ捨てることに抵抗があるからだ。

 下着姿になり、続々と女子生徒達が着替えていく中で、埜亞はロッカーの前で突っ立ったまま何も出来ずにいる。

「ね、なんであの子着替えないの?」

「さぁ? つーか、なんでいつもフード被ってんの?」

 そんな声と視線がちらちらと自分に突き刺さってくる。

 この学園の半数は人間なのだ。埜亞は気付いていた。つまり自分にそういう視線を送ってくるのは“人間”であるということに。

 埜亞にとって“淫魔”と“人間”を判別する大きな手段はそこにある。

 人外にとっては細かいことなど恐るるに足らず、気に留めることではない。しかし人間にとってはどうだろうか。自分達とは近しいのに違う存在は気味が悪い、警戒すべき、仲間外しにするべき存在なのではないだろうか。

 悪魔のいる学校でも人間は所詮人間だ。

 埜亞は人が少なくなったのを確認し、ロッカーを開けて分厚い本を中に仕舞う。

 それでもフードをとり、パーカーを脱ぐのは誰もいなくなってからだ。

 人気が完全に無くなり、更衣室が貸し切り状態になったところで埜亞はパーカーを脱ぎ捨て、眼鏡を外した。

 世界を黒で覆い、何も見えなくすることで私は自分を保っている。こわい視線を避け、こわい声を遮断し、世界を裸眼で見ないと決めたあの日から――

「なに? まーだ着替えてないわけぇ?」

「!」

 埜亞は入口を見るなり、体操服で顔を覆った。

 突然入ってきた女子生徒は、そんな埜亞の反応を気に留めることなくずけずけと更衣室へ入り込む。

「なにやってるの、顔隠して」

「…………」

 埜亞は答えず、体操服の隙間から仁王立ちしている女子生徒を見据えた。

「ま、いいや。早く着替えなよー体育間に合わないよ?」

「だ、だ、だって……」

 女子生徒は真っ赤に染まった綺麗な髪を耳にかけながら、あっけらかんとして言う。

「だって、なに?」

 その力強い声色を聞き、埜亞は問い返す。

「あなたは……淫魔ですね」

「そうだけど。それがなにか?」

「い、いえ……」

 じゃなければ、自ら自分なんかに声をかけてこないだろうし、変なものを見るような目をしていない。

 埜亞は恐る恐る体操服を下ろし、女子生徒に背を向けて、着替え始めた。

「そーんなに他人の視線がこわい?」

 女子生徒はロッカーに寄りかかり、手に持っていたチョコレートを口に運ぶ。

「……こわい、です」

 みんな気味悪そうに自分を見る。そんな目がこわくないわけがなかった。

 いつもいつもいつもいつも、そうだった。嫌そうな顔をして、近寄るなと言わんばかりの顔をして、遠ざけようとする。

 どうして好きなものを好きと言ってはいけないのだろう、と何度自問自答したことかわからない。

 可愛いものより、美味しいものより、ただ自分が悪魔や魔術やらに興味を持って好んでいた、それだけなのに。

「そりゃずっとフード深々と被って、でっかいぐるぐる眼鏡かけて、分厚い本抱きしめて、いっつも俯いてりゃー気持ち悪いよね、普通は」

「そ、そう……ですよね」

 埜亞は体操服の上にパーカーを羽織り、フードを被って眼鏡を装着する。

「“普通”はね。でもいいんじゃない? この学校は“普通”じゃないんだし」

「で、でも半数は人間ですから……」

「ただの一般人じゃなくなるんだから、そんなことも言ってらんなくなるって」

 埜亞はその言葉を聞いて、その続きが聞きたくて、ゆっくりと恐る恐る振り返る。

「ここ、そういう学校でしょ? それ望んできみはきたんでしょ? また今までのような学校生活を送るの?」

 炎のように赤い髪をした女子生徒は、ロッカーに寄りかかったまま微笑みかける。

「きみならわかってるはずだよ。ここがどういう場所か、そしてどうなっていくのか」

 そう、私はわかっていた。望んでこの学園を選んだのだから。

 今まで色んな人に虐げられた、気持ち悪いと罵られた、汚いもののように扱われてきた、そのすべてが反対の意味となる“ここ”を。

 気味が悪いとされてきた自分の趣味を、大好きなものを、誰かの役に立つことに使う為に。

「誰かさんが言ったでしょ? 気持ち悪いも何も悪魔がここにいるんだから。おかしいのは俺らのような人外的存在で、きみはなーんもおかしなところはないと思うよ」

 女子生徒は人懐っこくにっこり笑いかける。

「ど、どうして、ですか? どうして……」

 会ったことも喋ったこともない彼女が、自分のことをまるで知っているかのような口ぶりで言うので埜亞は不思議で仕様がなかった。

 そしてその“誰か”というのはきっと……。

「それは……」

 と、言いかけたところで、女子生徒の体が急に大きくなっていく異様な光景を目の当たりにする。

「なななぁっ!?」

 幸い大きめの体操服を着ていたので体操服がはち切れることはなく、元ある姿に戻ったと言った方が的確だろう。

「あーあ、やっぱだめか。急いでカロリー摂取してみたんだけどなぁ」

「と、妬類くん!? あ、あれ? さっきのは女の子だったような……」

 杏那は頬を掻きながら、長ったらしい説明を省略し、

「ま、まあ、それはおいといて」

 わざとらしく咳払いしてごまかす。

「俺は悪魔だからね。人間の心の隙間に入り込むような生き物だよ? だから人間以上に心の変化には敏感なんだ」

「そ、それで……」

「黒子ちゃんは心が乱れやすいし、隙が多すぎるからねぇ」

 杏那は笑みを消し、強く言い聞かせるように言う。

「わかってるよね。所詮悪魔は悪魔なんだ。友好的な奴ばかりじゃない」

 彼女にはきっと拭いきれない闇が存在している。そんな闇こそ、悪魔の十八番であり、ディナーなのだ。

「輝十も心配してたよー」

「ざ、座覇くんが!? そ、そんなぁ……」

「うん、だからそんなに悩むことはないんじゃないかな」

 杏那は言って、埜亞に更衣室を後にするよう促す。

「あ、あのぅ……」

「なにー?」

 照れくさそうに口をぱくぱくさせながら、埜亞は思い切ってそれを口にする。

「あ、ありがとうございますっ!」

 そしてそのまま更衣室を出ていった。

「ありがとう、ねぇ」

 杏那はその言葉が嫌いじゃない。むず痒くなるが、それでも嫌いじゃなかった。

 人間しか口にしない、その感謝の言葉が。

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