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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第3話 『レンズ越しに見る世界』
22/110

(2)

「うーん……」

 輝十は頬杖をついて、移り変わる窓の外を眺めていた。

 杏那の言っていた“覚えていない”が、どうしても引っかかるのである。

 覚えていながら嘘をつき、自分に言わないだけなのか。それとも本当に覚えていないのか。

「悪魔ってそんなに物覚えわりいのかよ」

 輝十は窓の外を睨むかのように目を細める。

 そんなはずはない、と思うのである。もちろん悪魔について自分はよく知らない。しかし語り継がれてきた空想上の生き物として考えても、そんな簡単に記憶を失うようには到底思えなかったのだ。

「そのうち埜亞ちゃんに聞いてみるか」

 彼女なら色んなことに詳しそうだしな。

 きっと自分は知らないことだらけなのだ。彼らのことも、学校のことも、自分がどういう立場に置かれているのかも。

 貞操を狙われたことをきっかけに、輝十の中で少しずつ関心が沸いてきていた。

 

 櫻都市に到着すると、見ての通り地獄のような坂道が待っていた。これを生徒達が地獄坂と呼んでいることを知ったのは、ついさっきのこと。

 もはや名物となりつつある、通学路の最後の難関である坂道の前で輝十は足を止めていた。

 前回のような無意味な争いはもうしない、と心に決めている。

 なによりあの散らかったものを片付けるとなれば、早々追いついてはこないだ……、

「今日はバスで行くの? 輝十」

 と、思っていたら背後から聞き覚えのある声がし、振り返りたくない気持ちを押し殺して、ゆっくりと振り返る。

「おまえぇ……」

「あ、片付けなら終わったよん。輝十」

 これが今の時代、悪魔が執事を行っているという所以か。人間とは思えない早業で片付けも準備も行い、尚かつこの場にやってきている。いつもこいつどうやって通学してんだよ。

 しかし男性型に戻っているところを見るに、カロリーを消費しているということになる。片付けをしたのは本当だろう。

「そ、そうか。片付けが終わってるなら別に文句はねえ」

「うん、つまり一緒に通学しても問題ないよねぇ。輝十」

「てめえさっきから俺の名前呼びたいだけだろ!」


 そんな定番となりつつある二人のやりとりに気付いた彼女は、自分なんかが話しかけていいものか悩み、ただそれを遠くから見つめていた。

 仲良くしようと初めて言ってくれた彼――座覇輝十。

 しかし仲良くするということは、具体的にどういうことなのか彼女にはわからなかった。

 たった一言「おはよう」と声をかけることを躊躇ってしまうほどに。

 遠目で見ていた彼女に輝十が気付き、手を振りながら声をかける。


「よう、おはよう」

 埜亞は後ろを振り返り、左右を確認し、その相手が自分なのかを確認する。

「そんなにきょろきょろしなくても黒子ちゃんのことだよ。おはよー」

 杏那の言葉に安堵し、埜亞は小走りで駆け寄って、深々と頭を下げる。

「お、おっ、おはよう、ございますっ!」

 すると頭を下げすぎて、また頭部が地面についてしまい、

「ほんっと体柔らかいよな、埜亞ちゃん……」

 輝十が関心と驚愕が混じった微妙な表情で突っ込む。

「そんなに頭下げなくていいのにねぇ」

 杏那が輝十に同意を求め、埜亞は慌てて頭を上げる。

「えっ!? あ、は、はいっ。すみません……」

「いやいや、そんな謝らなくても」

「そうですよね、すみませ……あっ! ご、ごめんなさい! ああっ!?」

「まあまあ、落ち着いて」

 輝十は慌てている埜亞を落ち着かせようと笑いかける。

「黒子ちゃんっていっつもあわあわしてるよねぇ」

「す、すみません……」

 杏那の言うことはもっともだった。だからこそ埜亞は分厚い本を抱きしめてしゅんとしてしまう。

「おまえな、余計なこと言うんじゃねえよ」

「えー? 俺がいつ余計なことを言ったのかな?」

「存在が余計なんだよ! てめえは!」

 埜亞は二人のやりとりを顔を隠した本の隙間から覗き、苦笑する。

 もちろんその笑みは二人には見えていないし、埜亞自身も見せるつもりはなかった。

 喧嘩腰だが、埜亞の瞳には二人が決して仲が悪いようには映らない。むしろ仲がいいからこそ、これだけ本音でぶつかれるのではないだろうか。

 もちろん自分にはそんな“友達関係”については記述程度の知識しかない。

 それでもこうやって側で見ていると感じるものがあった。

 だからこそ思う。

 ここに自分はいて、いいのだろうか……?

「どうした? 埜亞ちゃん」

「ふぇ!? や、いや……も、問題ないです。す、すみません」

 固まっていたかと思えば、再び慌て出す埜亞。

「そ、その……お、お二人は、本当に、な、仲がいいんです、ね」

「どこが!?」

 そのやりとりを黙って見ている杏那は、埜亞を横目で見るなり訝しむ。

「ま、婚約者だからねぇ」

「てめえは黙ってろよ、永久に」

「一生喋るなってこと? なにそれ、そんなマニアックなプレイが好きなの? インクブスの俺でもひくんだけど」

「いつ俺がプレイの話をしたんだよ!」

 埜亞は喋るタイミングが掴めず、その勢いに圧倒されて、ただただ微笑んでいた。

「ったく、おまえが話に加わるとわけわかんなくなるだろーが」

 輝十がぶつぶつ言いながらバス停に向かいだし、杏那もその傍らを歩いていく。

「……埜亞ちゃん?」

 そして埜亞がついてきていないことに気づき、輝十は立ち止まって振り返る。

「え、あっ……その……」

 埜亞は地獄坂の前から動こうとはせず、輝十達と地獄坂を交互に見た。

「バス、来ちゃうぜ。乗んねえの?」

 輝十がバス停を指しながら言うと、埜亞は唇を噛みしめて言うか言うまいか躊躇う。

「今日はもう俺らも競争しないからねぇ。人間の体力じゃ結構きついんじゃない? その坂。黒子ちゃんもバス乗ろうよー」

 そして杏那までもが誘ってくれている。

 きっとこの場合は二人のご厚意に甘えても罰は当たらないだろう。むしろ甘えたい、そう心の奥で自分が思っていることくらい埜亞は気付いていた。

 それでも、

「わ、私……あ、歩いて行きます、ので」

 彼女はこう言うしかなかった。

 優しくしてくれる、話しかけてくれる、そんな二人を好いているからこそ。

 そしてなにより自分自身がバスに乗ることなど、出来るはずがなかったのである。

 私なんかが乗っていいはずがないのだから……。

「え? マジ? 今日もこれ歩くのかよ」

 どんよりした顔で言う輝十に向かって、埜亞は両手で掴んだ本を左右に振り、

「は、はい。な、なので、座覇くん達は……バスで……」

「座覇くん達は、ねぇ」

 その言葉を意味深げに杏那は復唱し、埜亞をしげしげと見ていた。

「なに言ってんだよ。だったら俺らも歩いて行くって。なぁ?」

「女の子が歩くのに俺だけバスで行くなんてかっこわりいだろーが! って輝十は言いたいんだよねぇ」

 肩をすくめながら通訳するように言う杏那の胸倉を掴み、何か言いたげに顔を真っ赤にする輝十。

「ええっ!? で、でも……そんなぁ……」

 埜亞が俯いてしまったのを見て、輝十は杏那から手を離して向き合う。

「おまえさ、気ぃ遣いすぎなんじゃねーの」

「……え?」

「謝ってばっかだしよ。んな、バスだの歩くだのぐれえで何そんな落ち込んでんだよ」

「は、はい、です……」

 言った側から落ち込んでしまった埜亞を見て、輝十は難題の解けない浪人生のごとく、声をあげながら頭を盛大に掻きむしる。

 そんな輝十の代わりに、杏那が輝十が言いたかったであろうことを直球で言ってやった。

「もう俺ら友達なんだからさ、そんな気にしなくていいんだよ」

「と、とも、だち?」

 そうそう、と頷いていた輝十はおかしな点に気付いて、はっとなる。

「俺と埜亞ちゃんは友達だが、おまえは違うだろ」

「空気って読める? あ、そっかー輝十はお猿さんだから読めないのかー困ったなー」

「てんめえ……!」

 友達……? 私が座覇くん達と、友達?

 埜亞は何度もその言葉を脳内で繰り返していた。二人のやりとりが効果音程度にしか聞こえない程に。

 友達……それはつまり一緒にいてもいい、ということだろうか。仲良くすることと、友達でいること、どう違うのだろうか。

 彼らにとって、自分はどう映っているのだろうか。

 埜亞の心を嬉しさと恐怖が覆い隠す。今までに感じたことのないその感情からは戸惑いしか生まれず、彼女はどう受け入れればいいかわからなかった。

 分厚い本を抱きしめたまま、小刻みに震えている埜亞。

 輝十に胸倉を掴まれて揺らされながらも、杏那はその変化を見逃さなかった。

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