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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第3話 『レンズ越しに見る世界』
21/110

(1)

「ぬう……」

 輝十は唸り、抱きつき慣れた枕をしっかり抱きしめたまま寝返りを打つ。

 いい加減起きなければいけない、とわかっていても体がまだ寝ていたいと言っている。そんな誰もが毎朝行うような葛藤を繰り返し、渋々瞳を開く。

「…………」

 そして視界に何かが入り込み、一気に目が覚めてしまった。

 あの強力な睡魔さえも吹き飛ばしてしまう、それは言うまでもなく、

「おい! だからなんでてめえは俺の部屋で寝てんだよ!」

 淫魔こと妬類杏那なのでした。

 人間の三大欲求である睡眠欲を司る睡魔さえも、この性欲を司る淫魔の前では赤子同然である。

 輝十は布団をマントのように勢いよく翻し、ベットから降りて寝袋で熟睡している杏那を足でサッカーボールのようにころころ転がす。

 しかし蹴っても起きないことは前回実証済みである。

「なんっで俺の部屋で寝るんだって言って! ん! だよ!」

 ズズズゥ、と勢いよく寝袋のチャックを全開に下ろす。

「な、んなっ……」

 するとまるでサナギが脱皮したかのように、中から見た目だけは蝶のように綺麗なものが現れる。

 恐らくお腹いっぱいのまま寝てしまったのだろう。杏那は女型の姿で、男性用の長袖を一枚羽織っただけの装いだった。無防備に熟睡しているその姿は人間の女の子そのものである。

 布を一枚見つけているだけの状態なので、女の子特有の丸みをおびた体つきが明確で、特に胸に関しては重要な部分がはっきりと突起している。

 一瞬その魅惑なモノに目を奪われた輝十だったが、すぐに冷静さを取り戻した。

 そう、彼は男なのだ。もっとも俺が忌み嫌う、俺を苦しめてきた存在、男なのだ。

 輝十はぐっと拳を握り締め、瞳を閉じる。

 体内に秘められた煩悩という名の魔力が、朝の力を借りて一点に集中し、今暴れだそうとしている……! 否! ここでそれを許してしまっては、男のおっぱいに反応している、言わばホモと腐女子歓喜の存在に成り下がってしまうのだ。いかん、それは断じていかん!

「例え、いいおっぱいをしていても……!」

「そんなに触りたいなら触ってもいいのにー」

「!」

 煩悩組織との首脳会議中に、突然声をかけられてびくっと反応する輝十。

「ピルプは理性ってのがあるから大変だねぇ」

 言いながらむくっと上半身を起こす。それだけで大きな実が二つ揺れ動くので憎い。サイズ的では埜亞や聖花に劣るが、弾力で言うとこいつの方が上かもしれない。言うなれば、鍛えられたハリのある上向きのバスト。

 そこまで考え、男のおっぱいについて真剣に考えてしまったことを輝十は自己嫌悪した。

「俺としたことがあああああ!」

「ちょっとー朝っぱらかさ叫ばないでくれる? うるさいんだけど」

 そんな低血圧な淫乱悪魔に輝十は、改めて冒頭の台詞を言うことにする。

「いやいや、そもそもおまえがここで寝るのが悪いんだろーがよ」

「なんで?」

「なんで? じゃねえええええ! ここは俺の部屋だろーが。てめえの部屋は向かい側のはずだろ」

 杏那は答えず、寝袋から抜け出し、四つん這いになって輝十の足下に近づいていく。

「な、なんだよ」

「今……」

 そして無言で下から上目遣いで見つめ続けた。

 動揺が自分を包み込んでいることに気付き、輝十は慌てて冷静を呼び戻す。

 男だとわかっていても埜亞や聖花にはない、異様な魅力を放っているのが杏那の特徴である。けだるそうに、しかししっかりとした、確立された大人の色気が備わっている。

 それは大人の女性に弄ばれる年下童貞のような関係性。小悪魔ではない、それは完全な悪魔の魅力だ。

 だからこそ聖花や埜亞の時には訪れない、動揺が輝十を襲うのである。

「えろい目で俺のこと見てたでしょー」

「見てねえよ!」

「ふーん、あっそ。つまんないの」

 からかうことに飽きたのか、杏那は体勢を戻して背伸びする。

 女の姿で毎朝寝られたら厄介だな。さすがに間違いを起こすことはないと自分を信じてやりたいとこだが……はっ、もしかしてこうやってノンケは堕ちていくのか? 付き合った女がたまたまニューハーフだった、仕方ない、みたいなノリか? ない、それは絶対にない。

「なにそんな険しい顔してんの?」

「あ、いや……」

 輝十は頭を振って、脳内を占めるその問題を一旦取り払った。

「そういや、さ」

 そして何かを思い出し、杏那に声をかける。

 輝十から改まって話しかけてくる、など滅多にないことだ。その声色からもさっきのような攻撃的要素は見受けられず、杏那は小首を傾げる。

「昨日は……ありがとな」

 杏那は目を見開き、照れくさそうに礼を言う輝十を凝視する。

「な、なんっつーか、まあ、おまえにも結果助けてもらったしな。おかげで俺の貞操は守られたわけだし。礼を言うよ」

 頭を掻きながら、視線を彷徨わせる輝十。そんな様子を目の前にすれば、その言葉を口にすることがどれだけ勇気がいることかわかる。

 まさか礼を言われると思っていなかった杏那は、きょとんとしていた。

「な、なんか言えよ! 恥ずかしいだろーが!」

 無反応、無口のまま、じっと見てくる杏那に返事を急かす輝十。

 杏那は悪戯に微笑み、

「貞操守れてよかったって、女の子みたいなこと言うねぇ」

「う、うるせえな!」

「人間の男は早く童貞を捨てたがるものだと思ってたけど」

「そっ、それは否定しねえけど……相手が誰でもいいってわけじゃねえからな」

 杏那はぷくくっと含み笑いをし、

「なにそれ乙女?」

 輝十を小馬鹿にし、腹を抱えて盛大に笑い出す。

「だあああああもう! うるせえな! いいだろ、別に! 俺が助かったって言ってんだからよ!」

 顔を真っ赤にして言う輝十を見て、

「ま、俺は人間に優しく、悪魔に厳しくがモットーだからね」

 杏那は笑みを消して真剣に言う。

 そして「えっへん!」と言いながら、形のいい胸を叩きながら反って見せた。

「輝十くんの童貞の一つや二つ、守るのなんて容易いご用ってこーと」

「童貞が一つも二つもあってたまるかよ」

 そう突っ込みながら杏那に背を向け、服を脱ぎ捨て制服に着替え始める。

「あ。あと、それいらねえから」

「それ?」

「くん付け。気持ちわりいだろ。いいよ、呼び捨てで」

 シャツのボタンをかけながら言う輝十をまたしても驚きを隠せない顔で凝視する杏那。

 しかしその顔は次第に緩み、優しく微笑む。

 何か言ってからかおうかと思った杏那だったが、そこはあえて言わずに飲み込んだ。嬉しそうに輝十の背後で胡座をかいて、着替えるのを観察している。

「つーか、おまえ……」

 ボタンをかけおえた輝十は振り返って、腰に手を添え、小姑のように周辺を指差しながら怒鳴る。

「これ片付けろよ! 片付けるまで学校くんな! いいな!」

「えー」

 輝十の指差したあらゆるところにチョコレートの食べたゴミやら、チョコレートそのものが散らばっていた。

「だっておじさんのチョコレート大好きなんだもーん」

「チョコレート好きなのと散らかすのと関係ねえだろーが!」

 杏那は甘えた声で駄々こねるように言うが、それをすぱっと切り捨てる輝十。

「おまえが昨日の昼、食ってたクッキーも親父が作ったやつだろ?」

「うん、そう。おじさんの作ったお菓子は昔から好きなんだよねぇ」

「……昔から?」

 輝十は気になる語句を耳にし、そのまま問い返した。

「詳しくは覚えてないんだけどね。おじさんに聞いた話では、俺がおじさんを助けてそのお礼にお菓子と将来子供を婚約者としてくれるっていう約束をしたらしい」

「らしいって、おまえ覚えてねえのかよ」

「お菓子の味だけははっきりを覚えてんだけどねぇ」

 輝十はいらっとした顔で、問いただす。

「ほら、もっとあるだろ? 何から親父を助けたのか、とか! なんで親父がそういう目にあってたのか、とか!」

「うーん。それが本当に覚えてないんだよ。なんでだろうねぇ?」

「なんでだろうねぇ? じゃねえよ、呑気だなおまえ。じゃなんで婚約者なんて馬鹿げた話を引き受けたんだよ。親父に聞かされただけで、おまえは覚えてなかったんだろ? 断ればいいだろーが断れば」

 杏那はそれはないない、と手を振って全力で否定する。

「いやいや、だって面白そうだし」

「なっ! もしかしておまえ……そんだけの理由で……」

「うん。約7割は」

 呆れかえっている輝十に、杏那はいつもの笑みを向ける。

 残り3割は他に理由があったが、それはあえて口にしなかった。

「まあいい。とりあえず片付けるまで学校くんなよ、ぜってえだからな」

「えー」

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