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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第2話 『狙われる貞操のワケ』
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(10)

「そ、それで……この栗子学園には“淫魔”とピルプ、つまり“人間”の二つの種族がいるわけです」

「は、はぁ!?」

 輝十がもっともらしい反応を示したので、埜亞は苦笑しながら杏那に視線を送った。杏那は視線を受け、肩をすくめて溜息をつく。

「つ、つまり、この学校には悪魔と人間がいるってことか?」

「はい、そうです」

 輝十はがばっと立ち上がり、名探偵のごとく杏那を指差し、

「てめえ悪魔だろ! ぜってえ悪魔だろ! 悪魔だと思ったんだよ、この悪魔野郎!」

 数々の出来事を思い出し、物凄い勢いで捲し立てる。

「あのねぇ、俺は二人で過ごしたあの夜に言ったよね? インクブスだって。聞いてなかったわけぇ?」

「ふ、ふたりで、すごした……あの、夜?」

 思わず気になった部分を顔を真っ赤にして復唱する埜亞。

「だあああああもう! 勘違いを招くいい方をすんじゃねえええええ!」

「んーじゃあ、一緒に寝たあの夜」

「てめえが勝手に部屋で寝てただけじゃねえか! 俺は許した覚えねえ!」

 またもや輝十が杏那の胸倉を掴む形になったので、

「ま、待ってください! 落ち着いてぇえっ! きゃあっ!?」

 慌てて埜亞が身を乗り出して止めに入った……まではよかったのだが、勢い余ってベンチで額を打ち付けてしまう。

「ふん。埜亞のおっぱいに免じて今は許してやろう」

「いいもの見れた、みたいな顔で言わないでくれるかなぁ」

「お、落ち着いてえぇえっ! 叫びますよ、私叫んじゃいますよ!?」

 それを聞いた輝十と杏那の顔色が瞬時に変わり、

「俺が悪かったよ、杏那くん」

「いやいや俺こそ悪かったよ、輝十くん」

 棒読みで仲直りする。埜亞の絶叫を聞くよりはマシだ、と揃って考えたのである。

「と、とにかく……この栗子学園は淫魔と人間の半々で構成されています」

「この制服の色でってわけじゃないんだな」

 自分の黒い制服を見た後、埜亞の白い制服を見る。同じ人間なのに色が違う時点で、そこで分けているわけではないらしい。

「黒も白も俺らとピルプの半々で構成されてるんだよ、平等にね」

 黒い制服を引っ張って見せつけながら付け加える杏那。

「ここまではわかりますか?」

「うん、まあ……なんとか」

 輝十の返事を聞き、埜亞は人間らしきイラストと淫魔らしきイラストの間にハートマークを書き始める。

「なにそれ、お尻?」

「ハートですっ!」

 逆さから見たせいか、お尻にしか見せなかったそのハート。それが重要なキーワードを示していたのだ。

「ここからが本題です。座覇くんが狙われたのは、このためなんです」

「お尻がハートでハートがお尻……いやちょっと意味わかんないです」

 手をあげながら言う輝十に、

「おしりじゃないですうぅっ!」

 怒りながらハートを書き直す埜亞。怒ると言っても元々温厚なオーラを纏っているからか、ただ拗ねているだけのように見える。

 傍らでそのやりとりを眺めていた杏那は溜息をつき、輝十の首もとに顔を近づけて犬のようにくんくん匂いを嗅ぎ出す。

「なっ! なにすんだよてめえ!」

「匂いだよ、匂い」

「はぁ!?」

 と、言った矢先に聖花や女子生徒達の台詞を思い出す。そういえばあいつらも蜜の香りがどうのこうのって……。

「ピルプの初体験、つまり“童貞”や“処女”のことを俺達の間では“チエリ”って呼ぶんだけどね。そのチエリからは特殊な蜜の香りがするってわけ」

 杏那が自分の鼻を指しながら言う。

「それってつまり……俺が童貞だから蜜のような香りがする、と」

「うん。だから言ったじゃん俺ぇ。輝十くんは童貞の甘い蜜の香りがするって。しかも普通より濃い」

 全く嬉しくないその事実に混乱し、額を抑えて項垂れる輝十。

「だ、だいじょうぶ……ですか?」

 心配した埜亞が声をかけるが返事はなかった。

 それを見かねた杏那がフォローするかのように一言添える。

「もちろん黒子ちゃんからもするよん。花の蜜の香りに誘われる蜂みたいに、俺達はその匂いでピルプを判別してるからねぇ」

「つまり俺は花か」

 そう思うと可憐な気がしてきた。

「あ、あの……わ、わた、私もですが……この学園の人間はみんなお花なんです。これから咲く、まだつぼみのお花さんだけなんです」

「それって……」

 言って恥ずかしくなったのか、埜亞はチョークを地面につけてもじもじするが、あっという間にチョークが折れてしまった。

「そ。ここは童貞と処女の人間しかいない。だからべっつに恥ずかしがることはないんだよー? ぜーんぜんないんだよー?」

 輝十の肩に手を乗せ、にひひ、と嫌味に笑いながら言う杏那。

「てめえぜってえ馬鹿にしてんだろ」

 手を払いのけ、ガルルルと今にも噛みつきかねない狂犬のような眼差しで杏那を睨み付ける。

「まあまあ。つまりね、輝十くんは普通のチエリより匂いが濃いんだ。それだけ俺達にとっては格好の獲物ってわけ。性的な意味で」

「性的な意味で……」

 どんよりした顔をする輝十。

 もちろん性的な意味で狙われるとして、それが女子生徒だったら悪い気はしない。しかし女子生徒といってもまず人間ではない。それにこの流れからすると……。

「聞いてもいいか?」

 輝十はどちらかにというのはなく、ただ問いかける。

「男の淫魔、そのインなんとかってのは、人間の男を狙うことも……」

「あるよそりゃ」

 輝十が言い終える前に杏那が即答する。

「ピルプほど性別に概念あるわけじゃないし? 欲するのは精だもん。でも好き嫌いとか相性はあるからねぇ。そこもピルプと大して変わらないと思うよ。ピルプだって同性を性的対象として見る奴だっているで……って、ちょっとぉー聞いてる?」

「ざ、座覇くん!? 座覇くん! どうしたんですか!?」

 背もたれに背中を預け、白目ですっかり意識を失っている輝十を埜亞が一生懸命揺らして起こそうとする。

「はっ。俺は一体……」

 意識を取り戻した輝十は、杏那の言葉を思い出してうんざりした顔をする。

「つーか、俺にとっちゃ悪魔だろーが人間だろーが男に気をつけなきゃなんねえのは変わんねえじゃねえか」

 ぼそぼそと呟きながら、死相の出た顔で深々と溜息をつく。

「退化して人間と共同生活が送れるまでになったとはいえ、所詮俺達は悪魔だからねぇ。自分をコントロール出来ない奴だっているかもよ? そういう輩がきみ達の貞操を狙うってわーけ」

 輝十はその言葉を噛みしめながら、この学園に来た時のことを思い返す。

 そういえば三大式典の時もそうだった。やたら視線を感じたのは、恐らくこういうことだったのだろう。そして聖花がやたら密着してきた時に感じた違和感は、人間じゃなかったからだ。

「おっぱいはおっぱいでも人外だと戸惑いが出るんだろうな、本能的に……」

 でも違和感を抱いた後はすっかり慣れて、堪能していた俺の順応力すげえ。

 遠い目をして何かを悟っている輝十を埜亞は不思議そうに見つめる。

「ま、本来はあっちゃならないことだし、あくまでここは学舎だからねぇ。心配しなくても俺は二人に手を出したりはしないから」

 両手をあげて、意志がないことを示す杏那。

「もちろん頼まれればいつでも抱きますけど?」

 にっこり微笑み、埜亞は顔を真っ赤にして聞かなかったことにし、輝十は殺意のこもった鋭い視線を杏那に向けた。

「あーあ、妙な学校にきちまったなぁ。なんだよ悪魔って。ファンタジーかよ」

「ま、まぁ、今は悪魔が執事をする時代ですし」

「そ、そうなのか?」

 思っていたより世の中はファンタジーに染まっていたんだな……俺が興味なくて目を向けていなかっただけで、時代は既に変わっていたにかもしれない。

「埜亞ちゃんはわかっててこの学校にきた……んだよな?」

「はいっ! 私は悪魔も魔法も魔術も妖怪も幽霊もだいだいだいだ―――――いすきですからっ!」

 眼鏡を通してでも目が輝いているであろうことが伺える。

 なによりさっきからあまりどもっていないし、はっきり喋っているところを見ると大好きな分野なのだろう。

 つまり彼女はオカルト趣味なのだ、きっと。

「やっぱり……気持ち悪い、ですよね」

 元気に勢いよく言って、埜亞はすぐに後悔した。

 輝十の困った顔を見て冷静さを取り戻し“やってしまった”と思ったのである。

「いや、気持ち悪いも何も……いるし、気持ち悪いのならここに」

 輝十は杏那を指す。

「はぁ? 気持ち悪い顔のくせに美少年に向かって何言ってんのかな、この猿回し」

「なんだとてめええええええ!」

 また胸倉をつかみ合う二人を前にして、埜亞ははっとする。

 この学校はそういう学校なのだから、と。

「そ、そうですよねっ。悪魔がいる学校ですし、おかしくないですよねっ」

「ああ。おかしいのはこいつの存在で、おまえは決しておかしくねえだろ」

 埜亞は顔をあげ、いかにも当然かのように言い放った輝十を固まったまま凝視する。

 初めて言ってもらえた、その言葉の意味を理解するまで少しの時間を要した。

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