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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第2話 『狙われる貞操のワケ』
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(7)

「あんただって気付いてんでしょ? このピルプの匂いに」

「だったら?」

 聖花は腰に右手を添え、傲慢な態度で自分を睨み付けてくる女子生徒二人を見据えている。

「私達が先に手をつけたんだから!」

「そうよ、邪魔はさせない!」

 こんな時だけ意気投合する女子生徒二人を見て、聖花は「はぁ~」と気の抜けた大きな溜息をつき、

「なにそのピルプのメスみたいな流れ。さっきまで二人でチエリ取り合ってたくせにバッカみたい」

 本気で呆れながら言う聖花。

 女子生徒二人は唇を噛みしめて言葉を飲み込む。これ以上何を言っても無駄だと判断したのか、揃って両手を聖花に向かって翳す。

「なーに、そのだっさい構え。それで私に勝てるとでも?」

 食堂の奥から、ガタガタガタガタ、とまるで怪奇現象かのように物音だけが響き始める。

 それを背後で感じ取っていてもなお、聖花は余裕で冷静だった。はいはい、といった小馬鹿にした態度で一歩ずつ輝十に歩み寄っていく。

「ちょ、瞑紅さんッ!」

 輝十が叫ぶよりも早く、さっきまで壁に突き刺さっていたもの二本が聖花の背後に回り、その姿を現した。

 一本の釘のように重く鋭い姿をしていたソレは、まるで桜が咲いたかのように可憐に、そして美しく舞うように開いて見せた。

「鉄の扇子……?」

 輝十がそこで目にしたものは、鉄扇子が意志を持っているかのように飛び、開き、そして動き、聖花を背後から攻撃しようとするすべての食器物を叩き落とす光景だった。

「ちっ……」

 女子生徒二人は次々に叩き落とされていく食器物を目の前に、揃って舌打ちした。

「バッカね、その場にあるものだけを武器に使おうとするなんて。常備もしてないの?」

 聖花は女子生徒二人にどや顔を向け、次に自分の名を呼んでくれた輝十に熱っぽい視線を送り、

「瞑紅さんじゃなくて聖花! せ、い、か!」

「え……」

 駄々をこねるように言い出す。輝十はその場でぽかーんという擬音通りの顔をして固まった。

「名字じゃなくて下の名前で呼んで欲しいのっ! 呼び捨てでぇっ!」

 こんな時に何を言っとるんだこいつは……という視線を聖花に送る輝十だったが、もちろん聖花は気付いていない。

「あんたこそピルプの牝みたいなこと言ってるじゃない」

「そうよそうよ、マジ気持ち悪いですけどー」

 笑顔を消し、無の表情で女子生徒達の方へ向き直す聖花。

「うっさいわね、豚ビッチ。私はあんた達みたいに体さえ手に入ればオッケーみたいな下級脳じゃないの。ちゃんと形から入る主義なのよ」

 と、言いながらも今の台詞は内心頭にきているのだろう。米神に怒りマークを刻んだまま、背後で聖花の援護をしていた鉄扇子を両手に持って構える。

 それを見た女子生徒達はテーブルを叩き割り、脚を引っこ抜き、それを武器として手に持って構えた。

 今まさに自分をかけた戦いが目の前で起きようとしている……!

「いやいやいやいや、おかしいだろ! 俺の童貞っていつからこんな値打ちが出たんだよ!」

 絶対におかしい。なんかもう全部がおかしい。

 輝十はわけがわからないまま、目の前の状況をどうにも出来ずにいた。



 一方、その頃。

 輝十の身を心配し、後を追うようにして食堂に向かった埜亞は、食堂内を探し回っていた。しかし“通常運営されている食堂の方”なので、もちろん輝十達を発見出来ずにいる。

「座覇くん……」

 食堂内は賑わっており、例えこの中に輝十がいても見つけることは難しいかもしれない。

 真っ白な制服に真っ黒なパーカーを羽織り、しかもフードを深々と被って分厚い本を抱きしめている。それだけで十分目立ってしまう埜亞は、視線を感じるたびに小さく悲鳴をあげ、泣きそうになりながら、おろおろ、きょどきょどしていた。

 こ、こんなに人が多いところ……一人じゃ耐えられないっ……。

 埜亞は端っこで立ち止まって壁に額をつけ、目を閉じ、小さく深呼吸をして心を落ち着かせる。

 大丈夫、ここにいる半数は人間じゃないんだもの。そう思えばわくわくしてくるはずだよ、埜亞!

「だいじょうぶ、だいじょうぶ、こわくない、こわくない……」

 そう自分に何度も言い聞かせている時、

「なーに一人でぶつぶつ言ってるの?」

「ぴやぁあああああっ!?」

 突然、何者かに背後から声をかけられて、埜亞は瞳孔を開いたまま飛び上がり叫び声をあげた。

 何事か、と食堂内の生徒達の視線が一斉に埜亞へと集まる。

「さすがにそこまで驚かれると傷つくんだけど」

「と、妬類、く……ん!? ご、ごめ、ごめんなさい……ですっ」

 頭上が床につくぐらい深々と頭を上げ、謝罪する埜亞。

「で、黒子ちゃんはここで何やってたのかなー?」

 大きな紙袋を抱きかかえ、その中からチョコクッキーを取りだして食べながら問う杏那。

「く、くろ、くろこ!?」

「うん。だってほら、舞台とかでいるじゃーん。真っ黒い衣装で介添えする人。きみ、黒いパーカーのイメージ強いからさぁ」

「そ、そうですか……」

「あっれー嫌だった?」

 埜亞が首を横に振るのを確認してから、杏那は本題に戻る。

「で、で、何やってたのん?」

「そ、その……」

 杏那は俯く埜亞の周辺を見回しながら、あることに気付く。

「輝十くんの姿が見えないようだけど?」

 言って、いつもの緩い表情を消して食堂全域を見回す杏那。

「そ、それがっ……!」

 がばっと顔をあげ、懇願するような表情で杏那の顔を見る埜亞。

「あれー? 黒子ちゃんって眼鏡かけてるんだね。すっごい! そんなトンボみたいな眼鏡初めて見たんだけど」

 眼鏡を介してとはいえ杏那と目があってしまい、慌てて俯く埜亞。興奮のあまり、つい顔をあげてしまったのである。

「せっかくならアラレちゃん眼鏡とかにしたら? オシャレだし。それ度は入ってないんでしょー?」

「え……?」

 素で驚いている埜亞の様子に気付き、

「あ、やべ。ごめん、今のなし」

 自分の口を手の平で覆い隠す杏那。

「さすがです。やっぱり何でもお見通しなんですね」

 それで確信したのか、スムーズな口調になる埜亞。

 今まで堪えていたものが弾け、好奇心と恐怖心の入り交じった視線を杏那にぶつける。“人外”を目の前にして、今にも零れてしまいそうな程興奮していた埜亞だが、そこは空気を読んで制御していた。

「…………」

 杏那は答えず、埜亞の抱く大きく分厚い本に視線を向け、目を細める。

「きみは理解してこの学園を選んだようだね。だからもう気付いてる。違う?」

 埜亞は無言で頷いた。

「私は、私には、この学園しかないと思って選んだんですっ。でも……でもっ、きっと、座覇くんは……!」

「きみが慌てて捜しているところをみると、どうやら早速事が起きちゃったみたいだねぇ」

 呑気に言う杏那を急かすかのように、

「座覇くんを捜さないと! このままじゃ不正にっ……!」

 まあまあ、と杏那は埜亞を宥めて、紙袋から取り出したチョコクッキーを差し出す。

「とりあえずクッキーでもどう? これマジ美味いんだよねぇ」

「と、妬類くん! こんなゆっくりしている場合じゃ……!」

 受け取ってもらえず宙ぶらりんになったチョコクッキーを見て、何を思いついたのか杏那は口を緩める。

 そしてそのチョコクッキーを自分の口元に運び、軽く口づけをした。

「ヒーローは遅れてやってくるものじゃないのー? ねっ? だからそんなに慌てなくても大丈夫だって」

 なにが大丈夫なのか理解出来ない埜亞は、もちろん納得出来ず、

「で、でもっ……!」

 再度懇願しようとして顔をあげた瞬間、

「んぐぅっ!?」

「ほら、黒子ちゃん。糖分とって落ち着こうね」

 杏那は埜亞の口に先程のチョコクッキーを無理矢理押し込んで、にっこりと悪魔のように微笑んで見せた。

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