(6)
「話が違うじゃねえかよ」
輝十は納得出来ないといった様子で食ってかかったが、それは無駄に終わる。
「“ここに来る”とは一言も言ってないよ。ねー?」
「うんうん、それに……」
――――なにか、くるッ!
瞬間、ダダダダダッ、と足下に降り注ぐ凶器と化したフォーク。輝十はそれを察知し、飛んで避け、テーブルの上でバク転し、両手をついて着地する。
普通に生活していたら、こんなにフォークが降って床に突き刺さる光景に出会うことはない。
「あっぶね。んだよこれ」
しかし輝十にとってこれぐらい避けることは屁でもなかった。
「食事をするのは私達なの」
「食べられるのは座覇くんなわけだよー」
「はぁ!?」
ショートカットの子が右手を前に突き出し、手の平を輝十に向かって翳す。
輝十は全くわけがわからず、状況を理解出来ずにいる。今わかることは危険に晒されているということだけだ。
「おとなしく掴まってくれたら説明するよ」
そしてセミロングの子も同様に左手を前に突き出す。
「愛でながらだけどね」
「意味わかんねえよ!」
輝十は足でテーブルを蹴って盾に使う。ツカツカツカツカ、と飛んでくるフォークとナイフがリズムを刻むようにテーブルに突き刺さった。
やべえだろ、なんなんだよこれはよ!
輝十は臨時食堂内を駆け、飛んでくるはずのないものが飛んでくるたびに避け続ける。
なにこれ超能力? 超常現象? んなわけねええええええええええ!
「おい、てめえら何が目的なんだよ」
駆け寄った柱の陰に隠れ、息を整えながら問う。
「なにって決まってるじゃーん、私達は食べる側」
「そして座覇くんは食べられる側」
まるで舞台のように、演技がかった口調で言い合う女子生徒達。
その刹那――
「!」
風が頬を撫でるかのように、一瞬にして二人の姿が輝十の真横に現れる。
杏那の時と同じだ。全く気配が読めなかった……。
細い指先が両側から顎をいやらしく撫で回す。
「……くっ」
全く胸が躍らない展開だ。どれぐらい踊らないかというと男にガチ告白されるくらいにだ。
二人が色目を使っているような気がするのは、決して童貞フィルターによるものではない。女が男に無理矢理……という状況に陥ったときの気持ちがわかってしまう複雑な心境だった。
「男と女で行う食事なんて、言わないでもわかるでしょ?」
「すごく肉感的で快感的な食事なんだけどねっ」
セミロングの子は不敵な笑みを漏らしながら、輝十の両頬を掴んで顔を寄せ、
「ひ、ひいいいいいっ!」
耳にしっとりした生ぬるい吐息を吹きかける。
「か、顔! 顔ちけえってっての! あ……あれ?」
顔を掴まれているから、ではない。顔だけではなく、体全体が金縛りにあったかのように動かなくなる。
「なんだこれ……」
まるで全身を鎖で括り付けられているようだ。腕や足に力を込めても全く動きやしない。
「暴れないように最初だけちょっと……ね?」
「悶え苦しんでくれた方が燃えるもん」
輝十は絶句した。
この奇妙な状況はもちろんだが、それよりこの女子生徒達の変態脳にあっけらかんとさせられたのだ。
女子同士で話している下ネタの方が男子より断然リアルでえぐい、やばい変態濃度だと風の噂で聞いたことがある。マジじゃねえかよ……!
「すげえな、これがいわゆる肉食女子か」
なんて戯けてみせるが、輝十の心中は穏やかではない。
食堂で食事をするかのごとく女子高生二人に迫られるというAV企画もの展開だというのに、輝十にとっては檻から出てきたライオンが餌を前に涎を垂らしている状況にしか思えなかった。
どうやって逃げりゃいいんだよ……って、こいつら普通じゃねえんだよな。どう考えたって無理じゃねえかよ!
いかにして隙を作るか、隙を見つけるか、を必死に思案する輝十。
「悪い気はしないでしょ? ねー?」
「うんうん。大丈夫だよ、私達その道のプロだからね」
パチンッ、とセミロングの子が指を鳴らすだけで、
「ちょ!?」
カッターシャツのボタンが勢いよく弾け飛び、輝十の胸板が露わになる。
ボタンを一個一個外してくれるならまだしも、一気に吹っ飛ばすとか襲う気満々だなぁおい!
「も、もうちょっと優しくしてくれませんかね……へへ」
輝十は作り笑顔を浮かべるのが精一杯だった。
そんな言葉はもちろん女子生徒達の耳には届いていない。ショートカットの子は右手を輝十の胸板で撫でるように這わせ、顔を近づけてうっとりした視線を投げかける。
「本当にイイ匂い……これだけで酔えちゃいそう」
本当に酔っているかのように顔を紅潮させ、跪いて唇を輝十の腹部につける。
やばい。本格的にやばい。俺の童貞がやべええええええええええ! こんな状況で心は拒否反応を最大限に発しているというのに……しっかりしろ、俺の息子おおおおおおおおおお!
「ちょっとーまさかチエリ奪っちゃうつもり?」
すっかりえろえろモードにスイッチが入ってしまっているショートカットの子の傍らで、セミロングの子が眉をつり上げて冷静に突っ込む。
「そうだけど? 私一番もーらいっ!」
「なにそれぇ!?」
セミロングの子がショートカットの子の顔を押しのけ、輝十から突き放す。
どうやら輝十の“最初”を奪うのはどっちが先か、ということで揉めているらしかった。
男として女に、しかも可愛い女の子に、取り合ってもらえるなんて最高に喜ばしいことである。
でもこいつらぜってえ俺じゃなくて俺の息子の初担当争奪だよな……。
輝十は複雑な心境だったが、それよりも今はこの隙に逃げ出したかった。が、体は動かず歯痒い思いだけが残る。
「最初は一回限りなんだから仕方ないじゃーん」
「って、おい!」
セミロングの子を説得するように言いながら、ショートカットの子が輝十のズボンを下ろす。
それも直にズボンを引っ張って下ろしたわけではない。まるでパネルタッチのように人差し指をちょいと動かしただけで、カチャカチャっとベルトが外れ、しゅぽーん! と一瞬で落ちたのである。
やばい、本格的にやばい。あと一枚脱がされたら俺の人生が始まってしまう。
童貞は捨てるより捧げたい、そんな処女のような崇高なる考えをお持ちの輝十にとって、こんな状況で知りも知らない女に奪われるなんて論外なのだ。
まだ俺は高校生、焦る時じゃねえんだよ! 30超えてから出てこいよ! それに……それに……おっぱいも出さねえくせに襲うようなおまえらの相手なんか出来るかああああッ!
「おい、やめろ! もう辞めてくれえええええッ!」
シュンッ! と頬を何か鋭利なものが過ぎ去り、
「え……?」
瞬きをした次の瞬間には目の前にいたショートカットの子の姿がなかった。もし体が動くなら全身で驚きを表現しているところである。
ショートカットの子は壁に叩き付けられ、昆虫の標本のように何かに突き刺されていた。幸い急所は避けられており、制服の両肩が壁に釘付けのようになっている。
「ちょっと誰!? 誰なの!」
それに気付いたセミロングの子が慌てて入口に目を向ける。
「うっさいわね。汚い声で鳴くんじゃないわよ、この淫乱豚共」
舌打ちし、ブロンドの綺麗な髪を靡かせて、いかにも見下したような視線を女子生徒に送るその人物。
「確か、えっと……」
名前が思い出せずにいる輝十のが視界に入ったようで、
「えーやだ。もうっ、忘れちゃったの? 瞑紅聖花だよ。今度こそ覚えておいてね、輝十くん。絶対だよ?」
さっきの暴言を吐いていた女の子とは思えないぐらい、甘ったるい声で話しかける。
ショートカットの子に攻撃を繰り出したのは、突如現れた聖花だった。何故彼女がここに現れたのかはここにいる誰もがわからない。それでも輝十にとっては、今の彼女が自分の助け船であろうことさえわかれば充分である。
「どうせあんたも同じ穴の狢でしょ」
嘲笑いながらショートカットの子が言って、それを黙って聞いていた聖花は無言で手の平を翳す。
「一緒にしないでくれる?」
制服を突き刺していた何かが移動し、顔の真横に突き刺さった。壁が紙粘土のように砕け、破片が床にボロボロと落ちていく。
しかしショートカットの子は全く恐るる様子も慌てる様子もない。校舎の壁に突き刺さるぐらいの鋭利さと殺傷能力を持ったものだというのに、玩具の弓矢ぐらいにしか思っていないような、そんな態度だった。
冷ややかな視線を聖花に注ぎ、セミロングの子もまた冷静で冷たい目をしていた。