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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第10話 『夏の合同合宿 中編』
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(25)

 輝十達が会場に戻ると交流会は終わり頃で、既に食べ物はデザートを残して他は撤去されていた。

 会場内もすっかり栗子学園と守永学園の区別はなく、それぞれが交流している様子だ。

「ちょっと! あんたなにしてたの!? みんな心配してたんだからね!」

 輝十達と一緒にいる埜亞の姿を見つけるなり、聖花は駆け寄ってくる。輝十の姿を見つけた一茶もまた聖花の後に続いてきた。

「す、すみませんっ!」

 頭を深々と下げようとする埜亞を慶喜が止める。それに気付いた埜亞は申し訳なさそうに慶喜を見上げた。

「まぁまぁ、無事だったんだからいいじゃーん。ねっ? ねっ、輝十!」

 不穏な空気を感じ取った一茶が間に入って言いながら、どさくさに紛れて輝十の腕に絡みつく。

「ああ、そうだな。一緒にいたのも一応人間みたいだし」

「一応?」

 光の速さで突っ込む慶喜。慶喜は紗夜紀とは対面しておらず、埜亞が誰といたかも知らなかったのだ。ただ無事が確認出来たことに安心しており、そんな大事なことを聞きそびれていたのだ。

 そんな慶喜の反応を見ながら、胸中は同じの聖花が問う。

「あんた、一体誰といたのよ。守永学園の生徒?」

「は、はいっ。狼さんに襲われそうになったところを逢守くんが助けてくれて、それで……」

 その瞬間、聖花の表情が凍り付く。まるで口だけが何者かに操られているかのように、小さく動かして呟く。

「……逢守?」

 明らかに聖花の纏う空気が代わり、輝十は不思議に思う。そう思った時には聖花が身を乗り出していた。

「ねえ、その逢守ってのは男なの!? 下の名前は!?」

 そして埜亞の両肩をがしっと掴んで凄い剣幕で訊く。余裕がなくなった聖花は力の加減が出来ていないようで、埜亞は痛みに顔を一瞬歪ませながらも答える。

「え、えっと……確か……紗夜紀くんです」

「――――――」

 まるでショートしてしまったロボットのように、埜亞の肩を掴んだまま絶句して動かなくなってしまった。

「おい、聖花?」

 明らかに様子がおかしい聖花に声をかける輝十。

「なんで……どうして……」

 聖花は呟きながら頭をかかえて、そのまま砕け落ちるように地面にへたり込んでしまった。

「お、おい、急にどうしたんだよ」

 急に座り込んでしまった聖花を心配し、輝十が屈んで目線を合わせる。輝十は俯いてしまった聖花の手が震えていることに気付いた。

「紗夜紀は小夜千の……双子の弟なのよ」

「えぇっ!?」

 その名を知り、反応を示したのは埜亞である。はっとした埜亞を余所に聖花は続ける。

「小夜千は私の大事な人……親友だった。もうこの世にはいないけどね」

 震える自分の手を抱きながら、聖花が目の前の輝十に訴えかけるように話した。

「私は彼女と出会えたから人間の良さや感情を知れた……かけがえのない存在よ。でもそう思えたのは私だけかもしれない。家族から奪ったのは私かもしれないからね」

 言って、痛々しく苦笑する。

「そんな! そんなこと絶対にないですっ! 小夜千さんは絶対に……」

 必死に言おうとする埜亞を聖花が服の裾を引っ張って止める。

「いいの、死者は語らないわ。私だってそう思ってる。でも……」

 その家族、姉弟がそれをどう思っているかはわからない。そういうことだろう、と輝十は思った。きっとその小夜千という聖花の友人は聖花を好いていただろうし、信じていただろう。良好な友人関係だったと思う。そうでなければ、悪魔であるこいつがこんな顔をするわけがない。

「双子の弟、か」

 輝十は意味深に呟く。

 年頃で双子の姉を失い、しかもその姉は得体の知れない悪魔と繋がっていた……なんて事実を弟が知っているとしたら、少し厄介かもしれない。いや、この学園にいる時点で既にきっと……。

「埜亞、もうそいつには近づかない方がいい」

 輝十が思案している間に慶喜が即答する。

「え……?」

 埜亞はきょとんとしたまま、慶喜の目を見つめ返した。

 輝十も一瞬思ったことだったが、まだ言えずにいた言葉を慶喜は躊躇いもなく伝えた。それはきっと“彼女にどう思われるか”よりも“彼女を危険に晒さない”ことを考える間もなく最優先させたからだ。

「どう考えても怪しい。何か思惑があって近づいたのかもしれない」

 慶喜はきっと自分の身を案じてそう言ってくれているのだろう。埜亞にはそれが伝わっていた。わかっていた、わかっていたけれど、それでもどうしてあんな優しそうな人が? どうして? という想いにかられる。

 小夜千さんの弟なら、弟だからこそ、きっとそんなことはない、と埜亞は信じたかった。何かの間違いで、勘違いだと思いたかったのである。

 埜亞のその揺らぎは仮契約を介して慶喜にしっかりと伝わっており、

「だめだ、絶対にだめだ」

 慶喜を激情に向かわせる。埜亞の両腕を掴んで離すまいとして強く言い放つ。

「け、慶喜……くん!?」

「おい、寄せ! 埜亞ちゃんが怯えてるだろうが」

 さすがに見ていられなくなり、輝十が間に入って慶喜を引き剥がす。

 はっとして埜亞の顔を見ると悩ましげな表情をしており、自分に余裕がなかったことを反省する慶喜。何よりもその埜亞の表情が胸に突き刺さる。

「申し訳ない……ついむきになってしまって。ちょっと頭を冷やしてくるよ」

 顔を背けて言うと慶喜はその場を一人離れていく。その後ろ姿を見て輝十は思う。

「本当にどうしちまったんだ、あいつ」


「慶喜!」

 それを遠目に心配そうに見ていた全は、我慢出来ずに慶喜の後を追う。

「相手の手の平で泳がされてる、そんな感じか」

 椅子に腰掛けて一人で悠々とデザートのケーキを食べながら、他人事のように呟く禅。

「どういうこと?」

 デザートを取りに行っていた夜道が禅と合流するなり、その視線の先を見ながら問う。

「あ? 例の件のことだよ、でっかい事件が起こるってやつな」

「ああ、あれか! 既に相手が動き出してるってこと?」

 夜道が向かい側に座り、プリンを口に運びながら更に問う。

「さぁ? 俺には知ったこっちゃねえがな。ただ人間関係が乱れる時、それが一番危うい時だ」

「なるほどね……」

 夜道は輝十達を遠目に見つめる。実際、自分も彼女の件で余裕をなくし、恥ずかしい一面を見せたことがある。人間関係が乱れた時、というのはとても一理あると思った。

「元凶を叩かないことには止められないかもな」

「だったら元凶が出てくるギリギリまで泳いであげるしかないよね。危ういけど、それが一番確実な気がするな」

 冷静に答える夜道。そんな夜道の姿に少しばかり禅は関心させられていた。

「おまえ、ただの能なしモブかと思ってたわ」

「ちょっとぅ! モブは否定出来ないけど、能なしではないよ!」

 言いながらプリンを一気に食べて、ポケットから取り出したメモ紙に走り書きする。

「妬類くんには俺から報告しておくよ。座覇くんからも報告がいくだろうけど一応第三者としてね」

 言って、夜道が笑みを零す。

「でも嬉しいな。丸穴くんがそんな協力的になってくれるなんて」

「はぁ? まさか、勘違いすんじゃねえよ。俺は面倒ごとが嫌いなだけなんだよ。あと面倒ごとに巻き込まれるのもな」

「あはは、そういうことにしておくよ」



 交流会も無事終わり、それぞれが部屋へと戻っていく。杏那の姿が見当たらず、輝十は一人で部屋へ戻るべくエントランスホールを抜けていくところ、見知った顔に声をかけられる。

「おまえ、夜中出掛けろ。いいな」

「は?」

 声をかけてきたのはなんと禅だった。珍しく思った輝十だったが、いきなりそれだけ言われても何がなんだかわからなかった。理由を言えよ、理由を!

「あ、俺は彼女と待ち合わせしてるから……」

 聞いてもいないのに禅の傍らにいる夜道は目があった瞬間に答える。

「聞いてねえよ! くそ! 彼女のいない俺への当てつけか? そうなんだな!? もしかしておまえまで彼女いるっつーのかよ!」

「はぁ? いねえよ。あ、でもおまえみたいに女には困ってない、かな?」

 胸倉を掴んで揺すりながら訴える輝十をからかいたくなったのか、顔を逸らしてにやけ顔を抑えながら言う禅。

「なんなんだよ、くそおおおおお!」

「お、落ち着いて! 落ち着いて、座覇くん!」

 夜道の宥める声など、もはや輝十には聞こえていなかった。むしろ彼女持ちの言葉など喧嘩売っているとしか思えない。

 赤井と青井ならず、おまえらまで俺が彼女いないことを笑ってるんだろ! 俺が本気になれば女の子より可愛い彼氏とかすぐ出来ちゃうんだからな! でもそれじゃだめなんだってばあああああ!

 輝十はその場に屈んで頭を抱えてぶつぶつ言いながら落ち込んでしまう。禅がめんどくさそうに溜息をつき、夜道がその寂しそうな背中を優しく叩いた。

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