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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第10話 『夏の合同合宿 中編』
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(24)

 輝十と慶喜は二手に分かれ、宿泊施設内を探し回っていた。

「埜亞ちゃん!?」

 出入り口付近を探していた輝十と埜亞達が出くわす。その姿を発見し、輝十は一目散に埜亞の元へと駆け寄った。

「座覇くん……?」

 息を荒げている輝十を見て、埜亞は眉尻を下げる。

「あ、あの……もしかして……」

「ああ、もしかしてだよ。探してたんだぜ、埜亞ちゃんのこと」

「ご、ごめんなさいっ! 心配かけて本当にごめんなさい!」

 謝りながら頭を上げようとする埜亞を制し、代わりに隣にいた紗夜紀が頭を下げる。

「僕が誘って、僕が我儘言って連れ回したんだ。謝るべきは僕だよ。本当に申し訳ない」

「あ、いや……」

 意外な反応に輝十も困惑する。女の子を誘って連れ回すなんて、もっと身勝手で傲慢な奴かと思っていたからだ。意外にもきちんとした奴で拍子抜けたのである。

「座覇くんって言ったよね。もしかしてきみ、座覇輝十くん?」

 困惑している様子の輝十に友好的な態度で話しかける紗夜紀。

「え? ああ、そうだけど。俺のこと知ってんのか?」

「うん。特異体質だって聞いてるよ。あと既に契約を結んでるってことも」

 どうやら情報の流出はお互いの学園であることらしい。こちら側に情報が流れているということは、相手側にも流れているということなんだろう。

「つーことは、もしかして……」

 紗夜紀は困った顔をして苦笑する。

「なんでこんな体質に生まれちゃったんだろうね、お互い」

 そう言いながら紗夜紀は自分の手の平を握ったり開いたり繰り返して見つめる。

「こういうの、運命っていうのかな? なんちゃって」

 あはは、と笑って見せる紗夜紀だったが、マスクをしているせいで目しか笑っていなかった。

 胡散臭そうに輝十が見つめると紗夜紀は首を傾げる。そして思いついたかのようにマスクを外して素顔を見せた。

「あ、ごめん。礼儀がなってなかったね。あと心配しないで。会場に疲れたもの同士で夜風にあたりにいっただけでなにもなかったから」

 言って微笑む。マスクをとった素顔は柔らかい印象が強く、輝十もその言葉に偽りはないだろうと思った。

「ね?」

「は、はい! すごく素敵な場所に連れてってもらったんです!」

 傍らにいる埜亞に紗夜紀が同意を求めると埜亞は弾んだ声で返事をした。

「今度、座覇くんも一緒に行きましょう!」

「え? あ、ああ」

 思わず声が浮ついてしまう。

 ラッパ男が言うことが本当なら、こいつが多重契約を結んでるっていう……悪魔より悪魔らしい奴、ということになる。

 輝十には目の前の彼がそんな風には全く見えなかった。見えないからこそ、悪魔らしいのかもしれない。それでもこんなに柔らかい雰囲気を故意的に出せるものなんだろうか。埜亞も凄く懐いているように見える。

 初対面の女の子を外に連れ出すぐらいだ。すかしてる奴には違いねえ。こましにも違いねえ。

 でも決して人として危うい感じはしない。やっぱり、そう見せているだけなのか……?

「座覇輝十!」

 その時、慶喜の声がし、その声を聞いた紗夜紀は、

「また友達がきたみたいだね。そろそろ僕は行くよ。またね」

 そう告げて、その場を去っていく。

「埜亞!? よかった、無事で本当によかった……」

「え、えっ!? ど、どうしたんです、か?」

 きょとんとした埜亞を慶喜は勢いに任せて抱きしめる。

 その姿を見て、輝十は何も言えなかった。邪魔してはいけない、とすら思ってしまった。

「…………」

 つい無意識で拳を握り締めてしまう。爪が手の平に食い込むほどに。

 悔しさよりも、嫉妬心よりも先に『こいつ、本気なんだよな』という想いが駆け巡る。もちろん俺だって埜亞ちゃんが好きだ。好きだけど……こいつとは何かが違う。決定的な何か、が。

 きっとそれが自分には欠けている。

 もちろん埜亞に何かあれは本気で挑むし、守るだろう。その気持ちは本物で絶対だ。でもいざって時に俺はこの命を差し出せるのか……?

 きっと慶喜とはそこに絶対の差がある。覚悟の違いがある。

 輝十はそう感じ、そう思えば思うほど、二人の間には入れない、入ってはいけない気がしていた。

「どうしたんですか? 座覇くん」

 意識がそっちのけになっていた輝十が気になり、埜亞が声をかける。

「あ、いや! なんでもねえ。とりあえずみんな心配してるしよ、会場に戻ろうぜ」

 今、埜亞の顔が直視出来ない、そんな自分が悔しかった。



 交流会の間、菓汐はずっと一人で会場のバルコニーにいた。ベンチに座り、夜空を眺めて騒がしい声をBGMに呆然としていた。

 輝十のことを考えると全くパーティーという気分にはなれなかったのだ。

「……つらいな」

 呟いて、苦笑いする。

 思った以上に仮とは言え、契約は重い枷だった。こんなにも彼の気持ちが注がれるなんて思わなかったし、こんなにも彼が彼女を想っているとも思わなかった。

 真っ直ぐで純粋で、研ぎ澄まされた想い……。

 自分の気持ちを知るきっかけになった契約には感謝している。でもそれ以上に皮肉だった。

 こんな気持ちを知って、私はどうすればいいんだ。入る隙なんてない。もちろん入り方もわからないし、入りたいとも思わない。埜亞は友人だ。彼女は良い子だし、自分のような半端ものにも優しく接してくれている。

 そんな想いが駆け巡り、菓汐は頭を抱えた。

「うーん? 恋の病ですかにゃー?」

 その時だ。菓汐は突然声をかけられ、スカイブルーの飲み物が差し出される。

 グラスを差し出してきている人物を見上げた。ボブぐらいの長さの髪の毛が耳のように外に跳ねている。小さくて幼い容姿の女子生徒だった。見覚えがない上に獣の匂いがする……恐らく守永学園の生徒だろう。

「あ、心配しないで! もちろんノンアルコールだよ! って、高校生にアルコールは出してくれるわけにゃいんだけどね。はいっ!」

 笑いながら菓汐の隣に腰掛ける女子生徒。

「あ、ありがとう」

 菓汐は警戒しながらもその飲み物を形式上受け取る。

「お互いつらいですにゃぁ、人間相手に恋心を抱くってのは」

 そう言いながらエメラルドグリーンの飲み物を飲む女子生徒。

「……え?」

 きょとんとする菓汐に親しげに話しかけ続ける。

「見ればわかるわかる、顔にかいてありますにゃ! 恋してるってね」

「そんな! わ、私は別に!」

「別にぃー?」

「…………」

 菓汐は反論することが出来なかった。そのまま俯いてしまう。

「あ! あたし猫山鈴ねこやますずっていうんだ。よろしくにゃー」

 不穏な空気を一掃するかのように人懐っこい笑みを浮かべる鈴。

「あ、ああ。私は微灯菓汐だ。よろしく」

 菓汐はその人懐っこさに圧されるがまま、会話を続けてしまう。

「あたし、猫又にゃんだけどね。ご主人様がなっかなか振り向いてくれなくて」

 うーと唸りながら話す鈴。その姿は人間の姿をした猫そのものだった。

「モテる方だから仕方にゃいんだけどぅ……」

 口を尖らせる彼女を見て、菓汐は問う

「そ、その、おまえはつらくないのか……?」

「んー? つらいよ? でもさ、つらいって感情いいよね。人間みたいで」

 さっきまでへらへらしていた表情がいきなり引き締まる。

「つらくても、逃げ出したくなっても、好きって感情は揺るがないんだよ。だから好きなんだ。どんなに見てもらえなくても」

 その真っ直ぐな瞳に菓汐は魅せられた。

「だからね、一番になるためならなんだってする、そういう気持ちになれるんだよ」

 そう言って笑うと鈴は残り少ないグラスを菓汐にくっつけ、今更ながら乾杯した。

「菓汐たんはもっと自分に素直にならないとだめだにゃ! 誰も傷つけない恋愛なんてないんだから」

「…………」

 透き通ったスカイブルーのグラスを揺らしながら考える。誰も傷つけない恋愛なんてない、か……。

 その通りだとは思う。じゃあ自分は、自分のために、誰かを傷つけることなんて出来るのか? 座覇輝十と親しくなるために?

「さぁさぁ、飲んで飲んで! ノンアルコールだけど」

 ぎゃはは、と鈴は笑いながら飲み干したグラスを月夜にかかげる。菓汐はその勢いにのってグラスに入った飲み物を一気に飲み干した。

「いい飲みっぷりー! もう一杯持ってくるから待っててにゃー」

 鈴は自分のグラスと菓汐のグラスを手に取り、新しいものを貰いに会場内へ入っていく。

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