(21)
「座覇くんみたいに特異体質の子でね、獣人に好かれやすい体質みたいだよ。僕はこの通り、獣人ではないから何も感じないんだけど」
そう言って天月はわざとらしく肩をすくめて見せる。
「俺と同じ特異体質、か」
輝十が興味深そうに呟く。
「座覇くんって淫魔を惹きつけるんでしょ? それと似たようなものだよね。ある種類の悪魔に懐かれやすいっていうのかな」
話ながら距離が近くなる天月を杏那は輝十の首根っこを引っ張って離す。
「別に珍しいことじゃないじゃん。稀にいるし」
何を今更? と言った様子で口を挟む杏那。それに特異体質がいるかもしれないという話は前もって情報として得ていたことだ。
そんな杏那の様子を楽しむように見て、口笛を吹く天月。
「しかも既に多重契約してるって話だよ?」
「!」
さすがにそれには反応を示さざるを得ない。一瞬驚いた顔をした杏那を見逃さなかった天月はにやりと楽しそうに笑った。
「それ……本当に大丈夫なわけ?」
半信半疑に問う杏那。そんな二人の様子を目の当たりにし、ただならぬものを感じた輝十は口にする。
「どういうことだ?」
「多重契約ってのは複数の悪魔と規約を交わすこと。仮とはいえ輝十も俺以外に微灯菓汐とも契約が出来てる。つまりそういうことなんだけど……」
歯切れが悪い杏那の言葉に被せるように、それを聞いた天月が感嘆の溜息を漏らす。
「へえ、座覇くんも多重契約出来るんだ。凄いね。」
「凄いこと、なのか……?」
なにがなんだかわからない輝十は素直に問う。
「さぁ、どうだろう? 人間の間では複数の女性を同時に愛し愛されることがモテて羨ましいって思う人もいるかもしれないし、浮気性で最低のクズだって思う人もいるかもしれないし、感じ方次第かもしれないね」
まるで女性に向けるような爽やかな美少年スマイルで答える天月。その笑顔に一瞬流されて騙されそうになったが、よく考えてみたら全然凄いことでも良いことでもないんじゃないのか……?
冷静にそう思った輝十は困惑した気持ちが顔に出ていたようで、杏那がばつが悪そうに補足する。
「複数の悪魔と契約するってことは、それだけの器がないと出来ないことなんだよ。それだけ体力も精神力も使うし、何より魔力を供給した時に扱えるだけの力量がないと無理なんだから」
つまり誰もが出来るわけではなく、選ばれた者しか出来ない、そういうことなんだろうと輝十は解釈した。
「そうそう、浮気だって器用じゃないと出来ないしね? 不器用な人が無茶してやったところで、すぐバレるし、身を滅ぼすだけ。そういうことだよ」
またしても笑顔で余計なことを補足する天月を杏那は舌打ちするなり、胸倉を掴んで威嚇した。
「どーーーして、そういう言い方するかなぁ?」
「え? 事実だよ? まぁまぁ、落ち着いて」
胸倉を掴まれても笑顔を崩さない天月は完全に苛立っている杏那を宥める。
「唯一言えることはね、その子が悪魔より悪魔らしい子ってことだよ」
「悪魔より悪魔らしい子……?」
輝十が復唱し、首を傾げる。
その純粋で素直な様子を見て、天月は思わず表情を消した。
「きっときみと正反対だろうね。人間には本当に色んなのがいるんだなと思わされるよ」
杏那もまた天月の空気が変わったことを肌で感じ、真摯な顔つきをする。
「僕はあくまで学園の代表として目は光らせているけど、口出しはしないつもりだよ」
天月は胸倉を掴んでいた杏那の手を払いのけ、服を整える。
「まあ、気をつけてよ。僕から言えるのはこれぐらいかな。なにかあっても僕はギリギリまで手は出さないつもりだから」
そう言って、天月は手を振ってその場を去っていく。
「…………」
その背中を眺めながら輝十は思う。彼は味方なのか、敵なのか。それが杏那にも伝わっていたようで、杏那が静かに口を開く。
「あいつは味方でもないし敵でもないよ。ああいうふわふわした奴だからね。ただ傍観して楽しむだけ。ただ……」
「ただ?」
「俺もそうだけど、東西南北それぞれの柱にいる王子は学園の秩序を監視し調律する役目にある。最悪、その責任を負うことにもなるんだよ。だから本当に危なくなったらあいつも動かざるを得ないってわけ」
「なるほど、な……」
そんな柱の悪魔二人を敵に回してでも、禅のいうでかい事件ってのは本当に起こるのか……? そんなことを考えていたら杏那と目が合い、恐らく同じことを考えていたのだろう。
その時だった。養護教諭の声がし、前方を見ると何人かの教員が前におり、乾杯の掛け声がかけられる。掛け声と共にパーティーが正式にスタートし、周囲の生徒達は乾杯し、談笑に花を咲かせる。
食事が運ばれ始めたことに気づき、輝十は真っ先に取りに行こうとするが、
「俺は挨拶に行ってくるけど、いい? 気をつけるんだよ?」
「あ、ああ。わかってるって」
腕を掴まれて杏那に念を押される。
なんだよ、てめえは保護者かよと思いながらもそんな杏那に違和感を感じる輝十。あいつがあんなにピリピリしているのも珍しい。
しかし目の前のご馳走を前にして、そんなことはすぐに忘れてしまう。とりあえず食おう! そして楽しもう! 他のことは後で考えればいいよな、うんうん。
輝十は口いっぱいに頬張りながら、女子生徒のふくよかな胸元に視線を送り始める。なんという至福の時……。
「みーつけたっ」
その時、背後から肩を叩かれ振り返ると人差し指が頬に食い込んだ。なんて古典的なことをしやがる。
「ん? お、おまえ!」
振り返るとそこにはトイレで遭遇したあの女子生徒がいた。輝十は思わず口に食べ物を含んだまま、彼女を指差す。
「さっきぶりでありんすなぁ」
言うなり、輝十の口から半分出ているローストビーフに噛みつこうとし、
「凄い反射神経っすなぁ」
輝十は咄嗟に体を離して距離をとる。避けてなかったら間接キスどころか確実にキスされていた。
突然襲いかかられたことで激しい動悸に見舞われる輝十。それでも本能を理性で抑え、冷静さを呼び戻すことが出来るのには理由がある。
「おまえ、人間じゃない……だろ?」
そう、彼女はきっと人間ではない。女の子特有の甘い匂いがしないし、女の子にだけ反応する俺の敏感な体がいまいち反応を示さないからだ。もちろん無反応というわけではないが、ソレには手を出すなという動物的本能が危険信号を発している。
しかし気になるのは獣臭がしないこと。つまり無臭……この不自然な違和感を輝十は知っている。
女子生徒は手を口元にあてて、上品にくすくすと笑う。
「いややわぁ、上手に化けてるつもりなのに」
「化けてる?」
「あちきは狐でありんす。妖狐。聞いたことぐらいあるでしょ?」
言うと瞳が光り、真っ黒だった髪の毛が一瞬で銀髪に染まる。瞬間――
「きみ!」
スーツを着ている男女が血相を変えて近寄ってきた。
「もぉ、冗談でありんす。ちょっと正体を教えてあげただけ」
おどけた様子でそう言うと女子生徒は元の真っ黒な髪に戻る。
パーティー中の力の使用はもちろん禁止されており、会場内をスーツに身を包んだ執行部隊が巡回していた。
「七井先輩?」
見覚えのある顔を発見し、輝十はその名を呼ぶ。
「ああ、座覇くんだったのか」
その見覚えのある顔に間違いはなく、執行部隊長・悪魔代表の七井大無だった。
「先輩達まで! なんでここに?」
どうやらここにきているのは生徒会長達だけではないらしい。
「聞いてない? 一年生の世話は上級生である三年生がするのが慣わしなんだ。だから合宿中の訓練やこういう警備も俺達三年生がやることになってるんだよ。まぁ、教員だけじゃ足りないってのもあるみたいだけどね」
「そうなんっすね。でも先輩達がいると心強いですよ、マジで」
輝十がへこへこしながら答えていると、その間に女子生徒の姿を見失ってしまう。
「あ、あれ?」
「さっきの子、狐だろう? 知り合い?」
「いや、今日会ったばかりなんすけど」
「そう。妬類くんに散々言われてるかもしれないけど、気をつけるんだよ。悪魔の俺が言うのもなんだけど、特に狐は騙すことが生き甲斐だから。嘘しかつかないからね。それに……」
七井が険しい顔をし、輝十の肩に手を置く。そして耳打ちするように低く小さな声で言った。
「この間の大型施設の事件、あれも狐だろうから。ここに一体何匹の狐がいるのか、わからないけどね」
そして体を離すなり、輝十に手を振って会場内を再び巡回し始める。
「俺達もいるから大丈夫だとは思うけど、気をつけて楽しんで。ね!」
「は、はい!」
移動していく七井を見ながら輝十は再びチキンを口にした。安い部位だけど美味しいよな、胸肉って胸だけに。
「胸? そういえば……」
確か胸元に傷があるとかないとか……なんか言ってたような。
しかしさっきの子は胸元隠れてたんだよな。どうにか見るチャンスは……と食べながら思案する輝十。
その時、慌てた様子で会場内を徘徊している慶喜を発見した。まるで何かを必死に探している様子だ。
「あいつ、なに慌ててんだ?」