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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第10話 『夏の合同合宿 中編』
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(18)

「!」

 光の筒が消え、目を開けると自分の両手には拳銃が握られていた。輝十はまるで欲しいオモチャを手に入れた子供のように、その拳銃を動かしながら隅から隅まで眺める。

 一方で杏那は自分の視界に“枠”が出来ていることに気付く。

「眼鏡ねぇ。これで多分輝十のヘマを修正するんだろうな」

 そう言いながらわざとらしく知的ぶって眼鏡のズレを戻る。

「ヘマって言うな、ヘマって!」

 悔しいまでに眼鏡が似合う杏那を睨みながら輝十は言い返す。

「な、なぁ……これはなんなんだ?」

 二人がそれぞれ楽しそうに自分の武器をいじっている傍らで、菓汐が困惑気味に突っ立っていた。その手には黒いムチが握られている。今までの指から伸びていた柔らかいモノではなく、当たったら痛そうな誰がどう見てもムチにしか見えないモノだ。

「私のこれはもしかして……」

 菓汐が自分の手の中にあるコレを輝十に見せつけながら呟く。

「あ、もしかして!」

 はっとした輝十は何か閃いたような顔をした。

「菓汐っていつも触手みたいなの操ってたからさ……女の子が触手に絡まれるのを見るのは好きだけど、女の子の手から触手出るのはなーって、前から思ってて。だったらムチの方がいいじゃん! っていう、俺の願望?」

「が、願望……!?」

 引きつった笑いを浮かべる菓汐。呆れた顔をした杏那が菓汐の代わりに勢いよく輝十の後頭部を殴っておいた。

「さーて、武器も出せるようになったことだし、後は実戦あるのみ! ねっ?」

 笑顔でそう言う林檎は肩に鉄バットを乗せ、仁王立ちしている。その背後では鉄パイプを持った百獣の王が控えており、どう見てもこれから行われるのが訓練というよりリンチにしか思えない。

「なぁ、杏那。俺、訓練後に生きてると思う?」

「さぁね」


 一通りの訓練を終え、休憩が許された輝十は表の水道の前で口を開けて顔を傾け、勢いよく水を口に流し込む。

 無茶苦茶だ! 無茶苦茶だろ、あいつら! 武器を具現化したばかりで使い方もよくわからない自分達相手に容赦ない。

 全身が軋むように痛むし、歩くのがやっとだ。体育で体を使うのとまた違う、深いダメージが体を蝕んでいる気がする。きっとそれが魔力を体に供給している、ということなんだろう。

「もう無理……ぐへ……は、吐きそう……」

 輝十は水道の傍らの段差に腰掛け、真っ青な顔で俯いた。

「座覇! こ、これ……」

 頭上から声が降ってきて、それが女の子の声だったので輝十は力を振り絞って顔をあげる。もちろん男の声だったら無視だ無視。

 顔をあげると目の前に紙パックのコーヒー牛乳が差し出されていた。

「これでよかったか?」

「おお、悪いな。サンキュー」

 輝十は力ない微笑み、コーヒー牛乳を受け取る。それを確認して、菓汐も輝十の傍らに腰掛けた。

「……ぷはっ! ちょっと生き返ったわ!」

 ストローでちまちま呑まず、パックの端を三角に開けて勢いよく飲んだ輝十は口から零れ落ちた雫を腕で拭き取る。

 それを見てほっとしたらしい菓汐はチョコチップメロンパンをの袋を開け、小さく頬張りだした。

「やっぱり微灯さんも甘い物食べるの? ほら、精を摂取する代わりに……」

 と、自分から言い出しておいて、輝十ははっとして恥ずかしくなった。仮にも彼女は半分人間なのだ。聞いたことをすぐに後悔する。

「ま、まぁな……甘い物、好きだし……」

 もちろん聞かれた菓汐も照れを隠しきれない。

 誤った質問をしてしまったせいで、二人の間にしばしの沈黙が訪れる。遠くから聞こえる声は第一訓練場の奴らの声だろうか? それとも守永学園の?

 そんなこと本当はどうでもよかった。何か喋らないと、この無言の空気を切り抜けないと……!

「あ、あのさ!」「あ、あの!」

 二人とも何か喋らないと、と思っていたようで不運にも同じタイミングで声を張り上げてしまう。

「あ、いや……あはは」

 輝十はごまかすように笑って、コーヒー牛乳に口をつけた。

「座覇は」

 勇気を振り絞って重い空気を壊しにかかったのは、輝十ではなく意外にも菓汐だった。

「……心に決めた異性がいるのか?」

「え?」

 突然の突拍子もない質問に輝十は唖然としてしまった。

「なんでもない! 忘れてくれ!」

 そう言って、恥ずかしそうに急いで立ち上がって逃げようとする菓汐。

 言うよりも早く、体が先に行動してしまう――それはきっとこういうことを言うのだろう。輝十は自分で自分に困惑していた。

「……座覇?」

 何も考えず、気付いたら逃げようとする菓汐の手を掴んで引き止めていたのだ。

 しまった、なんで引き止めたんだ俺……ここで引き止めて、一体どうするつもりだったんだよ。

 その揺らいだ気持ちが菓汐には痛いほど伝わっていた。だからこそ、これ以上は何も言えなかったのだ。

 輝十は菓汐の顔を見て、はっとする。

 なんでそんな悲しそうな顔するんだよ、微灯さん。

 輝十からの気持ちが流れ込むことはあっても、菓汐から輝十に気持ちが流れ込むことはない。それでもそんな表情を見せつけられたら、俺は……。

「え、えっと、その、俺は……」

 顔を逸らし、何か言おうとした瞬間、菓汐は輝十の手を振り払う。

 同時に疑惑は確信に変わる。さすがに鈍い輝十でも彼女の今の気持ちを察してしまう。

 見えなくなっていく菓汐の背中を見て、輝十は頭を抱えた。なんでこうなるんだよ……一体どうなればそうなるんだ……。

「青春だねー思春期だねー」

 他人事のように呟きながら水で顔を洗う杏那。

「おまえ……タイミングを見計らって現れただろ」

「邪魔はしたくないからね」

 そう言って、首にかけたタオルで顔を綺麗に拭く。

「女の子はデリケートな生き物なんだよ、輝十。童貞にはわからないかもしれないけどねぇ」

「またそうやって俺を見下しやがってぇ……悪魔のおまえに何がわかるんだよ」

「悪魔だからでしょ。人間の隙に入り込む生き物だよ? まして俺は半分はインクブス。色恋専門の悪魔みたいなもんだからねぇ」

 言って、輝十の飲みかけのコーヒー牛乳を奪って飲む。

「しかも微灯さんは半分人間の女の子だから」

「わーってるよ! わかってるけど、さ」

 どうしろっていうんだよ、俺に。

「知りたくなかった? それ、逃げてるだけだから」

「…………」

 輝十は何も言い返せなかった。唇を噛みしめ、杏那の首にかかったタオルを奪い取り、顔を埋める。

 そんな輝十を横目に、杏那はコーヒー牛乳を飲み干した。

「合宿中に満月の日がくるよね。いやだな、ほんと……」

「なんの話だよ、急に」

 輝十は立ち上がって、杏那からコーヒー牛乳を奪い取った。

「げ! てめえ、全部飲みやがったな!」

「輝十のモノは俺のモノ、でしょ? ねー?」

「ねー? じゃねえよ!」

 空になった紙パックを握り潰し、輝十は訓練場に戻っていく。杏那はその背中を悩ましげに見つめ、後をついていった。


 一方で、永遠と体力強化カリキュラムを行わされている一般生徒達は、訓練場内を走って持久力をつけさせられている最中だった。埜亞達も例外ではない。

「夏地さん、大丈夫?」

 既に息があがっており、死にそうな顔をしている埜亞を慶喜が気遣う。

「わ、私、気にしない、で……さ、先に……」

 話すのもやっと、という状況だ。

「夏地さん!?」

 ついには立ち止まってしまい、その場で座り込んでしまう。呼吸をするのがやっとで、荒い息を整えながら肩を前後している。

「少し休憩しよう」

「で、でも……」

 ただでさえ、他の人よりも自分のせいで遅れているのだ。慶喜に迷惑をかけるわけにはいかない、と思った埜亞は立ち上がろうとするが、

「ほら、ね! 夏地さんの体の方が大事ですから」

 ふらついて倒れ込みそうになったところを慶喜が抱き留めて支える。そのまま抱きかかえて、訓練場を出ることにした。

 既に意識が朦朧としている埜亞は、今自分が慶喜の腕に抱かれていることに気付いていない。

 それでいい、と慶喜は思った。余計な考え事や負担はかけたくない。今こうして、まるで騎士のように彼女を抱きかかえることが出来ている。それだけで満足だった。

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