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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第10話 『夏の合同合宿 中編』
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(17)

「やほー可愛い後輩くん達!」

 訓練場の扉を開いてすぐ、三人は目の前の光景を見て驚きのあまり声を失った。

 瞬きを繰り返し、目の前の人物を再度直視する。

「せ、先輩!?」

「なになに、その間は。そんなに驚いた?」

 眩しいぐらいの元気な笑顔の女と今にも殴りかかってきそうな威圧感を放った男――品丘林檎と志士田舞だった。

「なんで先輩達がここに……」

 杏那もこの展開は意外だったようで、困惑の顔色を隠せない。菓汐に限っては誰かすら分かっていない様子だ。輝十に耳打ちされ、この二人の学校での立ち位置を知って慌てて頭を下げる。

「ちょっとー辞めてよ。ただの通りすがりの先輩二人だって。ねっ?」

「通りすがるには遠いけどな、ここ」

 志士田がめんどくさそうに突っ込む。

「まあまあ、いいから入って入って」

 そう言って、林檎は三人を訓練場の中に入るように促す。そして扉を閉めるなり、薄い一枚の紙を扉に貼り付けた。その紙には魔法陣のようなものが記されている。

 輝十が不思議そうに見ていると、

「あ、これー? 簡易結界だよ。今からここできみ達にはいろいろやってもらうからねっ」

 はりきった様子で林檎が説明する。

 これから何が行われるのか、何故生徒会長と副生徒会長がここにいるのか、わからないことだらけの三人は表情が自然と重くなっていく。

「そんな顔しないで。先輩が後輩の面倒を見るのが栗子学園の習わしなんだよ。私達の時も当時の先輩に習ったしね」

 林檎が志士田に目配せすると志士田は無言で頷いた。

「さーて、では訓練を始めましょーかね」

 意気込んだ様子で林檎が腰に手を添えて胸を張る。

「訓練ってなにするんですか?」

 輝十が問うと、

「まずは形を作るところからかな」

 林檎は輝十達を眺めながら腕を組んで首を傾げる。

「ただの人間である私達が悪魔使役士になるにはね、こういう言い方好きじゃないんだけど、彼らを使役しなきゃいけないの」

 言いながら林檎は志士田の腕に自分の腕を巻き付けて組む。志士田は溜息をつきながらも振り払う様子はなかった。

「つまり、暴走するかもしれない彼らの手綱を私達が持つってこと」

 暴走する彼ら……。

 その意味深な言葉を噛みしめて、輝十は思わず志士田を見つめてしまう。確かに今にも暴走してしまいそうな容貌だ。手綱もちゃんと鋼製にした方がいいんじゃないだろうか。

「言うより見てもらった方が早いかなーね、まいちゃん」

「ああ、そうだな」

 志士田が唸るように返事すると腕から離れ、二人は距離をとって向き合う。その様子を見ていた三人は、これから何かが起こるであろうことを空気で察する。無言で二人に釘付けになった。

「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも……」

 林檎が唱え始めると二人の足下に光の円形が現れ出す。

「これは……!」

 輝十にはこの言葉に聞き覚えがあった。この結婚の誓いのような台詞。これは確か契約の時の……?

「これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

 林檎が言い切ると二人の足下には完全な魔法陣が現れた。そして志士田が唸るように、そして覚悟を込めたように、強く、たったその一言に想いを込めて――

「アイ・スウェア」

 そう答えた瞬間、光の筒が二人を包み込んで天井を突き抜ける。

 ある程度予想はしていたらしい杏那と菓汐はそこまで驚いてはいなかったが、輝十は改めて目にする非現実的光景に圧倒されていた。

 簡易結界のおかげで天井が崩れずに済み、一瞬にして光が消え失せる。

「もちろん、普段から契約の詠唱はしなくていいんだけどね」

「!?」

 言って、消えた光の下から現れた二人の姿を見て輝十はぎょっとした。そこには銀色に鈍く輝く鉄バットを持っている林檎と濁った光を放つ鉄パイプを持った志士田の姿があったのだ。

 林檎はその日焼けした健康美のおかげで、バットがソフトボール部のようでよく似合う。志士田もまた鉄パイプなんていう物騒なものがその攻撃的容貌と似合いすぎるほどマッチしている。

 唖然としている輝十に林檎は優しく声をかける。

「いい? よく見て」

「えっ?」

 一瞬だった――なにが起こったのか理解するには時間を要した。

「……なんのつもりですか、先輩」

 輝十がはっとしたのは、明らかに杏那が怒気を含んだ声色をしていたからだ。

 たった一瞬の間に間合いを詰めてきた林檎と志士田。目の前では杏那が林檎のバットを鷲掴みして止め、志士田の鉄パイプを菓汐が指から放ったムチのようなもので締め付けて引き止めていた。

 え? と思った時には戦いが始まっていたのだ。避ける間もなく。

 輝十は停止した思考を即時に復旧させ、この状況を理解しようとした。なぜ先輩に攻撃された? なぜ俺は避けれなかった? もし杏那達がいなかったら俺は……?

「そんな怖い顔しないで、妬類くん。実戦した方が早いかなって思っただけだから。ほら、私見ての通り体育会系だし」

 あはは、と笑って両手を掲げてその気がないことを示す林檎。それでも睨み付ける杏那を志士田が睨み返す。

「まあまあ、本当にその気はないから。落ち着いて」

 言って、バットで地面を叩くと小さな魔法陣が現れてバットを飲み込んで消し去っていく。攻撃する気がないことを示すために武器をしまったのだ。

「座覇くんの反射神経が人一倍いいのは聞いてるよ。逃げるのや避けるのが得意だってことも」

 林檎は今だに夢見心地でいる輝十の方を向くなり、いつもの明るくて弾んだ笑顔を消し去る。

「いい? 逃げるだけじゃ戦えないの。逃げる隙をなくしちゃえば、逃げることだって出来ないしね」

 輝十は何も言い返すことが出来なかった。その通りだからだ。たった今、自分は手も足も出なかった……速すぎて逃げることも避けることも出来なかったのだ。

 杏那達がいなければ、確実にあのバットは額にヒットしていた。もしこれが本当の本気の戦いだったら、俺は……。

「…………」

 輝十は俯いて拳を握り締める。

 己の非力さと未熟さ、無力さを思い知らされたのだ。恥ずかしさよりも悔しさが込み上げてくる。

 今までだったら気にも留めなかっただろう。でも今は違う。いつ、なにがあるかわからない、この状況だからこそ――輝十は歩藍の時のこと、この間の爆発事件のことを思い浮かべながら、ただ唇を噛みしめた。

「座覇くんの課題はそこなんだよ」

 そう言い切って、林檎は再びバットを魔法陣から取り出す。

「私達はね、彼らから魔力を供給することでこうやって武器の具現化が出来るんだ」

 そして志士田の肩に手を置きながら話を続ける。

「素手で戦うっていうなら別だけど、そうじゃないなら武器がいるでしょ? てなわけで、まず武器の具現化から行ってもらうねっ! 武器はなんでもいいの。自分の好きなもので、得意なものが一番かな」

「好きで得意なもの……」

 考え込む輝十の傍らで嫌な予感しかしない杏那は顔が青ざめていく。

「言っておくけど、下着で戦うとか辞めてよね! さすがの俺もその羞恥には堪えられないから!」

「し、しねえよ! そんなこと!」

「今、しようと思ったよね絶対……」

 口には出さないが、同じことを思っていた菓汐もまた顔が青ざめていた。

「俺さ、武器になりそうなものでこれといって得意なものってないんだよな。で、考えたんだよ。被らないものでかっこいいのっていったら拳銃じゃね?」

 子供のように目を輝かせて言う輝十に、杏那は的確な突っ込みを入れる。

「いや、まあ、かっこいいかもしれないけど、それ武器にして弾丸はちゃんと当たるの?」

「さ、さぁ?」

「はぁ? 当たらないなら意味ないじゃん!」

「いやほら、おまえが当ててくれればいいだろ?」

 なんという他力本願! と、自分でも思うがそれ以上に武器らしい武器を思いつかなかったのだ。そしてなによりせっかく武器にするなら厨二心を擽る、かっこいい武器がよかったのである。

「なるほど、それは悪くないかも……」

「だろ? 剣だと一茶と被るしさ。しかも拳銃で二丁使いってどうよ!? かっこいいだろ!」

「う、うーん……」

 ついのせられてしまいそうな杏那は考え込むが、杏那を余所に決めたと言い張る輝十。林檎と志士田はその光景を微笑ましく眺めていた。

「じゃあさっ、早速やってみようね!」

 林檎はそう言って、三人で三角形になるように均等に向かい合って立たせる。

「いい? 今は二人と契約している、きみが二人の面倒を見るんだよ。しっかりね!」

「は、はい!」

 肩を叩かれ、急に緊張の波が輝十を飲み込む。一気に実感が這い寄ってきたのだ。

「言葉はなんだっていいの。さっきのはわかりやすく契約の詠唱をしたんだけど、気持ちが通じ合っていればなんだってオッケーだから。イメージしてね!」

 その方が難しいな……な、なんて言えばいいんだ……。

 力んだ様子の輝十を杏那と菓汐は見て微笑んだ。彼らはただ輝十に委ねるだけだ。

 輝十は目を閉じ、大きく深呼吸した。

 いやほんとなんて言えばいいんだ? 確か結婚式みたいなこと言えばいいんだよな……よ、よし!

 小さく咳払いし、覚悟を決めた輝十が口を開く。

「きょ、今日よりいかなる時も、共にあることを――」

 杏那と菓汐は互いに目配せし、口を開いて声を揃えた。

「「アイ・スウェア」」

 その刹那――各自の足下に魔法陣が現れて、光の筒に包まれる。

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