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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第10話 『夏の合同合宿 中編』
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(16)

 その時だった。全の頭上を大きな何かが覆い、鷲掴みにする。

「おまえはストーカか? あ?」

 嘲笑しながら大きな手の平で全の頭を掴んだのは、同じ呼び名の禅だった。その高い身長で全を見下ろし、鼻で笑う。

「きもちわりぃぐらい、あいつばっかり見てんのな」

「うるせえ! 馴れ馴れしく触るんじゃねえよ、ピルプ風情が!」

「ふぅん、それが本音か」

 全はどことなく嬉しそうに口元を緩め、その手を離した。

「いや、ちが……いや、違わないっつーか……その……」

 全は腑に落ちない様子でどもる。

 今人間を否定したところで状況は悪化するだけだ。しかも相手は占ってくれた相手、禅である。不仲になるのは妥当じゃない。頭では理解している全は余計なことを言わないように口を閉ざした。

「おまえ、嘘がつけないタイプだろ」

「てめえに関係ねえだろ」

 それでも反射的に答えてしまう全。禅にはそれが手に取るようにわかっているようで、すっかりからかって遊んでいる様子だ。

「そうだな、でも今はペアを作らないといけないからな」

「んだよ、真面目ぶりやがって」

 顔を歪ませた全を確認し、禅は明後日の方を向く。

「そうか、なら俺は他を当たらせてもらうわ」

「!?」

 全はここにきて、禅が何故自分に声をかけてきたのかに気付く。慶喜を観察することに夢中になっていて忘れかけていたのだ。今がペアを作る時間だということに。

 しかも人間とペアを組まなければならない。もちろん全には声をかける人間も声をかけれる人間もいない。

「……く、組めよ、ペア」

 苦渋の選択だった。それでも自分が声をかけれる唯一のチャンスは今しかない。

 握った拳が震え、肩があがる。こんな複雑な気持ちになるのは初めてだ。

「組んで下さいだろーが」

 禅は完全に全をおちょくっているし、全もまた禅が自分をからかって楽しんでいることに気付いてる。

 怒りで肩が震え出す。しかし堪えなければ、ここで怒鳴ったら意味が……!

「冗談だって、バーカ」

 言って、禅は全の額にでこぴんする。全は不意を突かれ、赤くなった額を抑えて目の前の禅を睨み付けた。

「てんめぇ……」

「最初からおまえと組むつもりだったんだよ。気にかかることもあるしな」

 真摯な顔つきになるなり、埜亞と慶喜ペアに視線を注ぐ。その視線を辿るようにして全もまた二人を見つめた。

 さっきまでふざけていた奴が突然真剣な表情になる理由――それはきっと重い。決して笑って済まされるようなことじゃない。全にはそんな気がしていた。


「決まったか? まだの奴は手をあげろ!」

 なかなか酷なことを言うなぁ、と輝十は杏那の傍らで養護教諭の叱咤する声に耳を傾けていた。既にペアが決まっている自分にとって傍観する立場だが、決まってない人からすれば手をあげるなんて恥ずかしい、そう思う人もいるはずだ。

「恥ずかしいなんて思ってたら、この世界じゃ生き延びれないのかもよー?」

 輝十の心中を察したらしい杏那がぼそっと呟いた。

 手をあげている生徒を見ていくなり、そこに埜亞がいないことに輝十はほっと胸を撫で下ろした。

 でもいないってことは誰かとペアを組んだってことだよな。一体誰と……?

 埜亞が一体誰とペアを組んだのか、輝十は気になって仕方なかった。なんせペアは恋人のように扱うべき、それだけ深い結びつきがある存在だ。例え仮といえ、埜亞に指輪をはめてもらう奴がいるってことになる。

「……悪い、私なんかじゃ役に立てそうになくて」

 傍らにいた菓汐が俯いて、ばつが悪そうに呟いた。

「へ?」

 菓汐が何を言っているのか輝十には理解出来ず、素っ頓狂な声を漏らす。

「そ、その……座覇は……」

 言うか言わずにいるか、菓汐は悩んだ様子で胸元を右手で抑えつける。その小指には輝十につけてもらった指輪が光り輝いている。

「いや、なんでもない」

 そう言って、菓汐は輝十から顔を逸らす。

「どうしたんだよ? 胸が痛いのか? そうか、それはちょっと触診するしか……」

 と、言ったところで杏那に頬を引っ張られるはめになる。

「いたひ! いたひっては!」

「その傷み、ちょっと察した方がいいよー? これだから童貞は……」

 杏那と目が合った菓汐は頬を染めてそっと目を伏せた。

 そんなやりとりをしている間にペアがすべて決まったようで、再び養護教諭が声を張り上げる。

「初日の今日はこのまま体力作りをしてもらう。ペアで、だ。ペアのコンビネーションは何よりも大事だからな」

 それを聞いた輝十があからさまに嫌そうな顔をする。

「体力作りって……部活の合宿かよ」

「土台作りからってことでしょ。ひ弱な人間の器に魔力が注がれるわけだからね、堪えうる体作りしないと」

 それを聞いていたらしい養護教諭は杏那を勢いよく指差す。

「その通り! 与えられた訓練はペアが一緒に終わらないと終わりだとは認められないからな」

 言った途端、生徒達からブーイングの嵐が沸き起こるが、養護教諭はへとも思っていない様子だ。無視してそのまま続ける。

「それから、今日は夜から守永学園との交流会になっている。それまでに出された課題を終わらせて、シャワーも浴びておけよ」

 中性的な容姿をした人物が課題をペアに配って回していく。そこには今日一日の体力作りのプログラムが記されていた。

 体力作りはもちろん、本来の目的はそれを通してペアの距離を縮めていくことが目的だ。より互いを知っていくことに意味がある。人間は悪魔のことを、悪魔は人間のことを、違う生き物である互いを認知し受け入れることに意味があるのだった。

 ペアで課題を見るなり、げんなりしていく様子を嬉々として眺める養護教諭。各自が動き出したところで、養護教諭は“例外”の元へ歩み寄った。

「座覇、妬類。おまえらは第三訓練場へ行け」

「え? なんで?」

「おまえら二人は既に仮ではなく正式なペアだからな。一つ上の訓練を行う」

 養護教諭は腰に手を添え、二人を直視しながら告げるなり、菓汐に視線を移した。

「微灯、おまえもだ。二人についていけ」


 三人は言われるがまま、教えられた場所にある第三訓練場に向かうことにした。第三訓練場は第一訓練場と第二訓練場の間に位置しており、さほど遠くはない。

「そういえばさ、輝十ってばトイレ遅かったけど、もしかして……」

 杏那はふと思い出したかのように言うと鼻を摘む。

「違う! 断じて違う! それは未使用のバックにかけて違うと誓う!」

「そもそも未使用かどうかも怪しいけど……?」

「どこが怪しいんだよ! その発想が怪しいだろ!」

 二人の意味不明なやりとりを理解こそ出来なかったが、感じることの出来る菓汐は、

「本当に仲がいいんだな、おまえ達は」

 どこか寂しそうに微笑んだ。

「どこかだよ……」

 勘弁してくれよ、と言いながらもどこか楽しんでいることが今の菓汐には重々理解出来る。

 それに今だに気付いていない様子の輝十に、杏那が溜息をつきながら告げた。

「微灯さんはね、仮とはいえ今は輝十と契約してるんだよ。その意味、わかる?」

 出来の悪い子供に優しく教えるように、しかし自分できちんと考えさせるように、杏那は問うた。

「それは……」

 言われて初めて考え、そして菓汐の小指に目を向ける。

「俺の気持ちが読める、のか?」

 力なく微笑む菓汐が目に入った。

「読める、とは少し違うな。故意的に読んでいるのではない。流れ込んでくる、と言った方が的確だろうか……」

 驚きのあまり、目を見開いて口をぱくぱくさせている輝十を見て、杏那は深い溜息をつく。

「ダダ漏れってことだからねぇ、今更だけど」

 そしてその杏那の言葉がトドメとなる。

 絶叫したい気持ちを堪え、頭を抱えて声にならない声をあげた。

「す、すまない! 私なら大丈夫だ! 何も知らなかったことにするし、気付かなかったことにする!」

 取り乱した輝十を前にして、菓汐が慌てて取り繕うが、

「いいんだよもう、そんなの気にしなくたって」

 杏那が菓汐を庇うようにして呟く。

 気持ちがダダ漏れって、菓汐の小指にリングをはめてから俺は一体何を考えていた? 思い出せ、俺は一体何を……? それがすべて菓汐に知れ渡っていることになるのだ。思い出せ! 俺! 早く!

 一生懸命思いだそうとしている輝十を見て、菓汐が悲しげに微笑んだ。

 夏地埜亞のことを考えていたことに自分でも気付いていない。思い出せない。それぐらい自然に彼女のことを……。

 そう思うと菓汐の胸が強く痛んだ。どうしてこんなに自分の胸が締め付けられるのかわからない。それでも痛くて、何故か悲しかった。

「で、なんでトイレ長かったんだって?」

 杏那がキレ気味に話を変えようとする。このくすんだ空気を一掃したいのだ。

「あ、ああ。それなんだけどよ。男子トイレの前でお腹痛いっつー女子生徒がいて、声かけたらいきなり抱きつかれて離してくんなくってさ。多分、ジャージの色が違ったし、守永学園の子だと思うんだけど」

 それを聞いて、急に険しい顔をする杏那。

「その女子生徒の容姿は?」

「容姿? 小さめだったかな、形は悪くなかったけど」

「胸の話じゃなくて! もっとこう、髪型とか!」

「髪型か、うーん。確か黒髪で二つに結んでたな。ザ・日本美人って感じの顔だったような……」

 杏那は腕を組んで考え込む。その会話で察した菓汐もまた厳しい顔つきになっていく。

「それ、胸元に傷なかった?」

「ジャージ着てたからな、胸元はさすがに見えねえよ」

「服着てても透視出来るのが輝十じゃなかったの!? がっかりだよ!」

「はぁ!? 俺だって見えなくてがっかりだよ!」

 本当にがっかりしているので、そんな輝十にがっかりしてじと目で見る菓汐。

「と、とにかく! どういうことなんだよ?」

 突き刺さる菓汐の視線を咳払いで誤魔化し、杏那に問い返す。

「その女、この間の爆弾狐じゃないかなって疑ってるんだよ」

「なんだって!?」

 菓汐が口元に手を添え、それらを思案する。

「だとしたら、早々と座覇に接触してくるところが気掛かりだな」

 答えの出ない難題を考えているうちに三人は第三訓練場に辿り着いた。

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