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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第2話 『狙われる貞操のワケ』
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(1)

「はぁ……俺はもう死にたい……」

 せっかく死ぬならおっぱいで窒息死したい……。

 輝十は自室に戻り、ベットで大の字になって天井を眺めながら呟いた。

 ここまでのおさらい。

 栗子学園に無事入学。宗教くさい儀式みたいなのを経て、無事高校一年生になった。

 そこで父が勝手に決めた婚約者と出会う。

 しかも男。どう見ても男。脱がなくてもわかるぐらい男。男男男。

 そうだ、俺には今日付で男の婚約者が出来たのだ。もちろん日本での同性結婚は認められていない。つまりいずれは海外で挙式をあげることになるだろう。

「いやああああああああああ!」

 まるで悪夢に魘されたかのように絶叫しながら起き上がる。

 輝十は何度も心の中で誰かに問いかける。

「どうしてこうなった……」

 ベットから降り、頭を抱えてその場で膝をつく。

 どうもこうもすべてはあのクソ親父のせいなわけだが。

 今宵あのクソ親父を小麦粉詰めにして焼いてやろうか、などと本気で考える輝十であった。コンクリートじゃないから問題ないよな。

「輝十くんったらそんな怖い顔してどうしたのー?」

「!」

 背後から今一番聞きたくない声がして恐る恐る振り返ると、

「よっ!」

 輝十のベットに寝転がって笑顔で手を振る杏那の姿があった。

「な、な、ななななんでおまえが!? いつの間に!?」

「『どうしてこうなった……』辺りからいるけど?」

 全く気付かなかった。

 輝十は杏那が自分の部屋に入ってベットに寝転んでいるという事実よりも、全く気付かれず部屋に入り込んで自分の背後をとったということに驚きを隠せなかった。

 気配を全く感じなかった。この俺が……?

「どうしちゃったの急に黙り込んで。さっきまでの勢いがないみたいだけど」

「う、うるせえな! さっさと出てけよ! なんで俺の部屋にいんだよ!」

 輝十は焦りのようなものを感じていた。しかしそれを悟られないように、努めて通常通りを装う。

「いいじゃーん、どうせ一つ屋根の下なんだし」

 にこにこしながら、輝十のベットの上で足をばたばたさせる。

「よくねえよ! とりあえず俺のベットから退きやがれッ!」

 輝十は杏那の両足を掴み、無理矢理引きずり下ろす。その展開さえも楽しんでいるのか、杏那は一切抵抗せず、体重すべてかけて輝十に引きずり下ろさせた。

「もう、どうせ一緒に寝るんだから下ろしたって意味ないのにー」

「一緒に寝ねえよ! アホか!」

 死体のように床に寝ぞべっている杏那に全力で突っ込む輝十。

「婚約者なのに?」

「俺は認めてねえ。つーか、おまえ男だろ。ちょっとは嫌がったらどうなんだよ」

 嫌がらないならホモ認定として、俺の半径三メートル以内には近寄らせないことにする。俺は死ぬまで処女でいるつもりだからな。

「男……ねぇ。正確に言うと“男性型”なんだけどなぁ」

「おまえの性的役割なんて興味ねええええええええええ!」

 杏那は輝十の勝手な勘違いを修正することなく、その反応を楽しんでいるようだった。

「とか言っちゃってさぁ、童貞なんだから興味ぐらいあるでしょー?」

「なんなのその上から目線マジむかつくんですけど」

 輝十はベットに腰掛け、俯せで寛いでいる杏那を見下ろして唾を吐くように言う。

 その余裕な感じが輝十の癇に障るのである。

 いかにも「おまえってばまだ童貞なの? 何のためにソレついてるの?」というニュアンスが含まれているように感じるのだ。女に不自由していない側がいかにも女に不自由している側をネタにしているようにしか、輝十には思えなかったのである。

「だって事実じゃーん。童貞のイイ匂いがするよん、輝十くんは」

「……てめえマジで踏むぞ、その赤い頭部」

 童貞のイイ匂いってなんだよ! そして何で俺が童貞なのが事実なんだよ! ……いや、まあ、事実ですけどね。

「あれー? 今の褒めたんだけどなぁ。ま、いいや」

 言って、杏那は片手を軸に逆立ちし、そのまま片手の力だけで飛んで後転し、輝十の隣に腰掛ける。その動作を一瞬で行ったので、輝十には何が起きたのかわからなかった。

「知らないでしょ? 童貞って甘い蜜のような香りがするんだよ」

「はぁ?」

 もうこいつの頭はいかれている、とこの時輝十は思った。童貞の匂いが嗅ぎ分けられるなんて言い出すホモ、どこにいんだよ。

「しかも輝十くんは普通より濃厚な匂いがするね」

「その流れだと俺が童貞の中の童貞みたいな言い方だな」

「一理あるかもねぇ」

「ねえよ!」

 甘い匂いは確かにするかもしれない。父がよく余ったケーキやチョコレートなど持ち帰ってくるし、家で試作品を作ったりすることもある。

 家の匂い、というものがあるならまさにそうだろう。

 だからといってそれを“童貞の匂い”なんて発想してしまう時点でこいつは腐っている。どれぐらい腐っているかというと、男かけ算が趣味の女共ぐらい腐りきっている。

「これだけ匂いを発している人間も珍しいんだよねぇ」

「てめえ……いい加減に……」

 と、怒鳴ろうとした瞬間――

「!」

「んーなんだ、味はしないんだ。なにこの童貞、ちょーつまんないのー」

 そのまま輝十は石化した。

 杏那に頬を舐められ、ショックのあまり石となって現実から逃避したのである。

「あれ? おーい、どうしたのさー?」

 どうして輝十が石化しているのか理解出来ていない杏那は、輝十の目前で手を振り続ける。

「ああ、そういうことか。そんな舐めて欲しいな……」

「てめええええええええええええええええええええッ!」

 その先を聞いてしまっては、もう死ぬしかないと思った輝十は現実に舞い戻ってきた。

「俺の名前はてめえじゃなくて杏那なんだけど」

「んなことたぁ、どうだっていいんだよ! しれっとなにしやがるッ!」

 輝十は涙目で頬をごしごしと何度も擦る。

「だからぁーさっきから言ってるじゃーん。匂いが普通の人間より濃厚だから味がするのか試してみただーけ」

「童貞に味も匂いもあるかああああああああああッ!」

「味はないけど匂いはあるんだってばー」

 聞く耳を持たない輝十は杏那に枕を投げ付け、距離をとって戦闘態勢に入る。

 そこでも頬をごしごしと擦る輝十。

 なにが悲しくて男に頬を舐められなきゃなんねえんだよ!

 ごもっともである。

 頬を舐められたこともだが、自分がその気配に気付かなかったことが輝十にとって不覚だった。

 今までもこういう場面には何度も出くわしたことがある。しかしいつだって回避し、未遂で終わっていたのだ。終わらせていたのだ。

 それは誰が相手だろうと自分の身体能力なら、避けることは容易いからである。

 なのに杏那相手だとそれがどうやら通用しないらしい。気配が感じ取れないのだ。つまりそれだけ杏那が輝十を上回っているということになる。

「……おまえ、なんなんだ一体」

 輝十の雰囲気は一変し、真摯な顔つきで低く呻るような声色で問う。

「さぁっ、なんなんでしょ?」

 杏那はにやにやしながら肩をすくめて見せた。

 輝十が“気付いていない事実”を言うか言うまいか、迷うことなく言わないことにしたのだ。杏那はその方がまだ楽しめると判断したのである。

「そーんな怖い顔しなさんなってぇ。なに? 戦うの? 俺と? 輝十くんの身体能力は買ってるけど、俺が本気出しちゃったら瞬殺だよー?」

 ひひひ、と今までになく嫌味に笑う杏那。

「はっ、やってみねえとわかんねえだろ。んなもん」

 もちろん輝十は攻撃に自信がない。しかし不意打ちではなく、正々堂々と戦えば避けることは出来るだろう、と考えたのだ。そうやっているうちに隙ぐらい出来るはず。

 婚約者なのもそう、このふざけた態度もそう、童貞のピュアハートを傷つけたのもそう、頬を舐められたのもそう――すべてが重なり、輝十の中にしっかりとあるプライドが奴を許すなと言っているのだ。

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