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崩壊したこの世界に取り残されて、それでも君と共に永えるためにできることを  作者: 霧島 高
第2章 変遷

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Cluster-A2:変遷 Sector-02:救いは何処に

 ―― 記憶の修復に一部失敗 ――


「はじめまして、久瀬ユウキさん」

 誰だろう?

 声を掛けられ、視線を向ければ。

 医師でも、看護師でも、家族でもなく。

 誰でもない誰かがそこにいた。

 病室に似つかわしくない、仕立ての良い黒いスーツを着た男性が、すっと立っていた。

「ああ、返事は、いつもどおりでお願いします。肯定(ポジティブ)なら下、否定(ネガティブ)なら横、どちらでもないなら上で。普段からそうしているのでしょう?」

 僕は右(・)目(・)を下げた。

 ――左目は動かない。

 動かない?

 いいや。それを失くしてしまったことに、僕はとうに気付いていた。

「結構。さて、まずは不躾(ぶしつけ)に訪問しましたことを謝罪します。私はこういうものです」

 男性は名刺を取り出し、僕の顔の前へ差し出した。

 僕は視線を走らせる。

 そこに書かれていたのは、自衛陸軍技術研究所×××――。


 ―― 修復失敗箇所を発見 ――

 ―― 以降、該当箇所は同様に表示 ――

 

「あなたの状況については、すべて把握しております。あなたと、あなたを取り巻く環境のすべてについてです」

 どういうことだろう?

「たとえば、そう。きっとあなたは、こう思っているはずだ」

 男性は、僕の眼を覗き込む。

 まるで僕の心を見透かすように。


「『どうすれば七海ココロを救えるのか?』、と」


 心臓が、もはや存在しないはずのそれがどきりとした感覚に、僕は襲われた。

 これはいったい誰だ?

 なぜ僕の心を読める?

 僕の視線が、目まぐるしく動く。

「なに、ちょっとした洞察ですよ。爆破事故に巻き込まれたあなたが何をしたか。その後、目覚めたときに何を見たか。そして失礼ながらあなたのその身体の状況。……それらを加味すれば明らかですからね」

 ……。

 あのあと、ココロは、僕の病室を何度訪れただろう。

 そして何度、涙を流したのだろう。

 僕の両親よりも、その頻度は多く。

 もはや存在しない僕の身体を、まるでそこにあるかのように眺めながら。

 それが彼女の所為であるかのように。

 それを贖罪するかのように。

 涙が涸れるまですすり泣くのだ。

 そうじゃないのに。

 これは僕自身の選択だ。

 だって僕は彼女を助けることができた。

 それは僕にとって、何より嬉しいことのはずで。

 だというのに、どうしても彼女は喜んではくれない。

 むしろ――。

「さて、私はあなたに選択肢を示しに来ました」

 男性の言葉に、僕の逡巡が途切れた。

 選択肢、だって?

 何もない僕に、何ができるって言うんだ?

「ただし、これは重大な軍事機密を含みます。聞いてしまった時点で、あなたには枷となる。ですので、そもそも聞かないという選択肢もあります。聞かなければ、その先はありません。つまり状況はこのまま、何も変わらないということです」

 状況はこのまま、何も変わらない。

 彼女は泣き続け、塞ぎ込んだまま日々を無為に過ごすだけ。

 もう夏休みなんてとっくに終わっているというのに。

 それでも彼女は、昼間から頻繁に僕の元へ訪れている。

 そして僕もまたこうして、ここを出ることすら叶わず、無駄な時を過ごすのみ。

 僕は、確かに生きている。

 けれど僕の命を繋ぎ止めているのは、残されたこの頭部へ人工血液と酸素、その他諸々を送り込むための、僕の身体の代わりとなる機械たちだ。

 僕は、ただ生かされている。

 一体、なんのために?

 ……誰のために?

 こんなことならいっそ――。

「それでどうしますか? 聞きますか?」

 ……。

 僕は視線を下に向けた。

 軍事機密がなんだというのだ。

 どうせ聞いたところで、どうやればそれを誰かに伝えられるというのか。そんな手段があるのならとっくに――。

「良いでしょう。なに、悪いようにはしませんとも――」

 そして、その男性は、僕に新しい身体を用意すると言った。

 さらに男性は、その詳細を××××××――。


 ―― 記憶に集中的な欠損(バーストエラー)発見。修復は不可能 ――


「――さて、おそらく、あなたは今こう思っているでしょう? どうして自分にそんな提案を持ってきているのかと。ええ、もちろん、あなたのご両親にはできる範囲ですでに説明しており、同意は得ておりますよ。あとはあなたの意思次第です。ああ、理由でしたね。それはね……」

 男性は、ふうと一息ついた。

「端的に言ってしまえば、世界情勢の為せる業(わざ)です。そうですね、およそ×××年前から、世界は×××でしてね。ですから我々は×××の研究を進めており、そしてあなたの巻き込まれた爆破事故も実は×××なのです。よって我々としても、あなたには何らかの補償が必要と考え、そうして辿り着いた答えがこれというわけです」

 男性はそう告げたものの、僕にはそれがよく理解できなかった。

 なにせ男性はとても早口だったのだ。

 頭が追い付かなかった。唯一残った頭が、うまく働かない。

 でも、それはまるで、男性にとって、その話はどうでもいいかのような口振りのようでもあって――。

「ふふ。ええ、これはただの建前です。あなたには本当のところを話しましょう。――実験の×××において、あなたという存在が、実に最適なのです。まさか健康な身体の人間を、×××するわけにもいきませんしね」

 どこか狂気を感じさせる、けれど淡々とした口調。

 実験……、おそらく、非道な。

 でも、僕にとってそれは――。

「当然、あなたにもメリットがありますよ。そう、それこそが最大のメリットです――」

 そう、実験の内容なんて、知ったことじゃない。

 そんなこと、どうでもいいんだ。

 新しい身体を手に入れる。

 僕はどうしても、それを欲している。

 そのことが、真に意味するのは――。


「あなたの大切な幼馴染を救いたくはありませんか?」


 僕は即座に、右目を下に向けた。

 失くした左目、その瞼の裏に、彼女(ココロ)の笑顔が映っている。

 そんな気がした――。


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