Cluster-A4:錯誤 Sector-04:彼女の言葉
メンテナンスルームで、俺は自分の身体を隅々まで点検する。
今回の旅路では、やはりこの右手が最も役に立った。
特殊繊維ワイヤーには、所々に瓦礫屑がこびり付いている。それを残さず丁寧に落としていく。
仕上げには、傷防止用のオイルを塗布する。ワイヤー自体の取り換えはまだ必要ない。
だが探索を続けていくなら、いずれは積もり積もった傷が深まり、交換しなければならない。
持ち帰った新しい身体の右手は、このワイヤーを取り付けること自体は可能だが、肝心のワイヤー自体が未搭載だった。つまりこの部屋にある在庫がすべてだ。
これもまた長く使い続けるためのメンテナンスが欠かせない。
左手、その指の先を割り、各種工具を見つめる。今回使うことはあまりなかった。
アムリタを新しい身体へ移植したときぐらいだ。
しかし念のため細部までチェックする。
結果、多少砂ぼこりが混じっていた程度で、簡単な掃除で済んだ。問題はない。
左肘から丸鋸を出す。木を切り倒すか、木造建物を壊すには役立つが、今回は出番がなかった。
駆動部の潤滑油は特に酸化していない。入れ替える必要はない。
右肘の穿孔ドリルは割と酷使した。
コンクリートの壁をぶち破るのに使ったからだ。
これはさすがに交換が必要だ。とはいえ駆動部はそのまま使える。交換すべきドリルビット自体は既製品だ。
もはやどこも造ってくれないが。
といっても、この部屋に在庫は豊富にある。それにおそらく、工場などを探せばいくらでも見つかるだろう。そもそもこの身体に、各種サイズのものが、予備としてそれなりに搭載してある。
実のところ探索行の中で、予備も随分消費している。
俺は消費した分と同じだけ在庫から手に取り、規定量まで身体に詰め込んだ。
手順どおりにチェックしていき、俺は次回の探索に備え、万全の体制を整えたのだ。
俺を動かすために内蔵されている核融合電池の残量は充分余裕がある。これもまだ交換しなくていい。
この身体はとても効率的だ。
有機物を取り込み、それをゆっくりと消化することでしかエネルギーを得られないという、とても非効率なヒトとは異なる。
「これで、よし」
いつでも旅立てる。
探しに行ける。
次はどこにいくべきか。
ソーマに確認しなければ。
大量の電池を手に入れるのだ。
次こそは。
――だが、そのすべてが杞憂だった。
その前に、俺はやるべきことを思いついた。
これはとても無駄な行為、ということはわかっていた。
本物の機械ならば、取らない行動だ。
それは俺が、偽物の機械だからしたことだ。
過去の思い出を、あの残骸を確認しに行った時と同じ。
睡眠領域を進む。
しかし、どうして睡眠領域というのだろう。
冷凍睡眠装置が並んでいるからだろうか。
だがそれらは、ヒトを載せればすぐにシャトルへ向けて送り出され、播種船へ積み込まれるものだ。
この場所で過ごすのは、わずかな時間でしかない。
ここで眠る時間は少しだけだ。
だけど、きっと他に相応しい呼び方を見つけられなかっただけだろう。
俺ならば、そうだな。
送出領域とでも名付けただろうか。
さすがにそれは機械的に過ぎるか。ヒトには受け入れ難いかもしれない。
目的の場所に辿り着き、その部屋の認識番号を確認する。
それは俺が目覚めてすぐ、ソーマから問題が起きたと聞かされ、向かうべき目的地として教えられた番号と一致している。
「……」
何か声を掛けてから入るべきか。
ここは彼女の部屋だ。
どうも記憶に不整合が起きたようだ。
この先にあるのは、あの幸せが詰まった、彼女らしい夢に溢れた、あの部屋ではない。
それはただの残骸と化してしまったのだ。
だからこの先は、あの部屋とはとても比べようもない、ただ無機質な壁が覆う、空虚な場所でしかないのだ。
俺はドアの前に立つ。
スライドドアはそうすると勝手に開く。
そして、俺の両目に嵌ったレンズがそれを――
「……え?」
どういうことだ。
驚愕が俺を襲う。
驚愕、だと?
最低限に抑制されているはずの感情が、それを覆う障壁の隙間から零れていた。
「ない、だと? ……どうして、どうしてだ?」
そうだ、ないのだ。
ポッドが、ないのだ。
彼女が納まっているはずの、金属でできた、冷凍睡眠ポッドが、なくなっているのだ。
俺は、ふらふらと、それがあったはずの、その場所まで近づいていく。
ふらふらと? そんなことはない。
それは、俺がそう感じていた、だけ、のはずだ。
「ない、ないっ!?」
俺は手を差し伸べ、触覚センサーが検知しないことを確かめた。
視覚センサーの不良ではなかったのだ。
ならば……。
「ないっ! どうしてっ!?」
誰が、した?
決まっている。
俺ではない。
だとしたら。
「ソーマ!! ……っ!?」
俺が呼びかけると同時。
背後で音がした。
ドアが開く音だ。
首筋にある背面レンズが、それを捉えた。
俺は振り向いた。
前面レンズで確実に、それを捉えた。
「アムリタ……?」
そこに立っていたのは、人形だ。
あの新しい身体の、人形だ。
だが。
それは。
それは――。
その口を、動かし――。
「おはよう」
にこりと笑った。




