第六話 実家に帰る
佳乃さんは何でも教えてくれる。
掃除の仕方、食器の洗い方、洗濯機の場所や、決まり事。
覚えることが沢山あって大変だ。
「御前様、こんどの土曜のことなんですけどね」
香織さんと佳乃さんが、カレンダーを見ながらお話している。
神社にはお守りが売っている場所がある。
ここは社務所と呼ばれていて、土日だけ開く来客向けのコーナーのようだ。
その奥には事務机が並べられていて、ここが普段、皆がいる場所とのこと。
私にも一つの机が割り当てられ、やることがなかったら座っていていいよと言われている。
佳乃さんは皆から「御前さん」とか「御前様」とか呼ばれていて、色んな相談を受けている。
何か困ったことがあったら、佳乃さんが決める。そういうことみたいだ。
「さて、私も一旦帰って家事をしなくちゃ」
香織さんが上着を羽織り出す。
「はい、また後で」
帰っていいんだ。
ちょっと不思議なことに思ったが、佳乃さんは当たり前に送り出す。
「お嫁さんも、また後でね」
出ていく香織さん。
私はペコリ。
「あの、帰ってもいいんですか?」
「え?」
きょとんとする佳乃さん。
「香織さんが、帰っちゃったので……」
ああ、手を合わせる佳乃さん。
「ここは、朝が早いでしょ? 香織さんは家のこともあるしね」
家で用事があれば帰ってもいい、ということらしい。
私も何か用事があれば帰れるかもしれない。
そういえば用事があったことを思い出す。
「あ、あの、私も帰っていいでしょうか? 目覚まし時計を忘れていて……」
「え? うん、いいわよ?」
いいんだ。
あっさりと帰宅の許可が出て驚く。
「じゃあ、家に帰りますね」
「はい、気をつけてね」
ふふっと笑う佳乃さん。
なんだか腑に落ちない私。
そのもやもやを抱えたまま、巫女服で神社の階段を降りていく。
「ただいまー」
実家の扉を開ける。
「あれー? 紗凪?」
奥から出てくる母。なぜか不思議そうにこちらを見る。
「あらあら、巫女さんの服似合っているわね。それにしても、急にどうしたの?」
娘が家に帰ってきたのに“どうしたの”はおかしいのではないか。
“ただいま”と言うべきではなかろうか。
「目覚まし時計、昨日持ってきてくれてなかったから」
「あー、ごめんごめん」
溜息を吐くような演技をしながら、母の横を通って家に入る。
昨日までいたはずの自分の部屋だが、なんだか知らない匂いに感じる。
目覚まし時計を手に取って、何か他に持って行く物は無かったかなと見回す。
しかし、よく考えたら、また戻ってきたらいいだけじゃないかと思える。
「じゃあ、神社に戻るね」
「あーうん。また何かあったら帰ってきなさい」
母は洗濯かごを持ちながら私を見る。
「御前様に迷惑かけないようにね」
またこれだ。
「わかってるー」
目覚まし時計を片手に、実家を出ていく。
神社の階段を上ると、境内にいたネギさんが不思議そうにこちらを見る。
「あれ、今代さん、お出かけしてたの?」
「はい。目覚まし時計を取りに実家に帰ってました」
ネギさんは“ふーん”という感じで歩き去る。
私も社務所の奥へ戻る。
「ああ、紗凪ちゃん、おかえり」
佳乃さんは“おかえり”と言う。
私もつられて「ただいま、です」と返す。
何もない机に座り、目覚まし時計を置く。
「良かったわね。携帯電話よりは、目覚まし時計があったほうがいいもの」
ぼけーっと時計を眺める。
「あら、どうしたのかしら。何かあったの?」
佳乃さんが心配そうに見てる。
「いえー……、特に……」
時刻は正午を迎える。




