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歴史に娶られ  作者: 剛申
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第四十四話 お返しいたします





梅雨が明ける頃、夏の植林祭が開かれる。

祭りと言っても、村の年配の方だけが集まるような、小さな村の行事だ。

今日は父も、母も来ている。


今日を境に私は山蛇の御前ではなくなるのだ。

山の麓に集まる村の人達に、それを知らせる日だ。グウジさんが挨拶をし始め、次は佳乃さんが話す番。


「皆様、誠に勝手ではありますが、今日の始めに、ご報告を致します」


みんなが佳乃さんを見る。


「今代の山蛇の御前様のお役目を、今日をもって返還していただき、あらためて私が御前とならせていただきます」


佳乃さんが私に目配せする。

緊張しながら、みんなの前に歩き出る。

私が隣に来たところで、話を続ける佳乃さん。


「私、以前より決めておりました」


みんなに微笑みかける。


「山蛇様の最後の御前に、私がなりたいと。皆様、私のわがままを、許して頂けるかしら」


少し戸惑う村の人たち。


「最後?」

「山蛇の御前を終わりにするのか?」


小声が聞こえる中、佳乃さんが続ける。


「私が生きている間は、御前の役割は続けます。ただ、もう誰にもこの役目を渡す気はありません。この先、誰にも」


よりざわざわと小声が聞こえ始める。

グウジさんが一歩出る。


「よろしいじゃありませんか。他でもない御前様のお決めになったことです。何かが変わる訳じゃあありません。変わりませんよ、何一つ、これまでも、これからも、私たちの村は、山と村を守り続けていくだけです。そうでしょう?」


しーんとする村のみんな。

戸惑っている顔が見える。


「私達で未来に繋いでいきましょう。この村と山を」


パチ、パチ


小さな拍手の音が聞こえる。父だ。グウジさんの隣に居たネギさんも。


パチパチ


他の人も遠慮がちに拍手。

その音は次第に増えて、大きな拍手に変わった。


「み、皆さん!」


村のみんなに私は声をかける。

心臓が速くて声がうわずる。


「皆さん、お世話になりました!」


深くお辞儀をする。

拍手は一段大きくなる。

これでよかったのか、悪かったのかはわからない。

きっと私が高校に行きたいなんて言い出さなければ、こういう結果ではなかった。

そういう気持ちがずっと心の端っこにある。

佳乃さんは優しいのだ。だからこそ、私のせいでこうなった。


村の皆さん。

お母さん。

ごめんなさい。

期待も、誇りも、小さな私では背負えませんでした。

他の人と同じようになりたいなんて、自分勝手な娘です。

それから、ありがとうございます。

こんな私がこれからも、この村にいてもいいでしょうか。

ありがとうございます。佳乃さん。神社の皆さん。

私を守ってくれて。

複雑な感情が胸に浮かび、涙が静かに流れ出てしまった。

しかし頬をぬぐうわけにはいかない。

私は当事者だから。

凛としておかなければならないはずだ。


グウジさんが小さな木箱を持ってくる。

私にそれを開けて見せる。中にある黒い小さな棒。

山蛇の御前が受け継いできた大切な笄。

私が何も分からずに佳乃さんから受け取った、本当はとても大切なご神体。


「さあ、今代、いえ、先代様、次の御前様へ笄をお渡しくださいませ」


「はい」


箱から笄を取り出し両手に持つ。

佳乃さんと正面から向かい合う。

静かに微笑む佳乃さん。

私は真っ直ぐにその瞳を見つめる。


「ありがとうございました。この大切な笄を、佳乃さんに、いえ、山蛇の御前様に、お返しいたします」


手を伸ばしながら、深く、深く頭を下げる。

ふふっと笑う佳乃さんが、笄を受け取る。


「確かに、数々の御前様たちの想い、あらためて受け取らせて頂きます」


私の手から離れる笄。

顔を上げて真っ直ぐに立つ。

私は今、確かに山蛇の御前ではなくなったのだ。


「はい、皆さん、それでは、植林をはじめましょうか。今日は忙しくなりますから、よろしくお願いしますね」


グウジさんが手を叩きながら、みんなを盛り立てる。

はいと私は返事をして、村のみんなに混ざっていく。


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