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歴史に娶られ  作者: 剛申
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第四十二話 成就





朝、目が覚めると、すぐに洗面台へ向かう。

勢いよく水を出して、バシャバシャと顔を洗う。

きゅっと蛇口を閉めて、濡れた顔で鏡と向かい合う。


自室に戻って、巫女服に袖を通す。

ぎゅっと帯を結んで、朝日が差し込む廊下に歩み出す。


眩しい光が差し込む境内で、佳乃さんが掃除を初めているのが見える。

草履を掃いて真っ直ぐに向かう。


「あ、紗凪ちゃん、おはよう」


「おはようございます」


丁寧に頭を下げてお辞儀。

佳乃さんも私を見て、丁寧にお辞儀。


「うふふ、どうしたの、いつもより姿勢がいいわね」


にこやかに笑う佳乃さん。

私は真っ直ぐにその瞳を見る。


「佳乃さん」


「ん?」


「昨日、夢で山蛇様と会いました」


「え?」


静かに驚く佳乃さん。


「大きな蛇でした。ずっと眠ってばかりで、自分勝手で、無責任な酷い奴でした」


ふふっと笑う佳乃さん。


「まあ大変。酷い夢を見たのね」


大きく首を振って頷いてみせる。


「無茶苦茶な奴でした。嫁なんてもういらないって、お前のことなんて知らないって」


「あら、そうなの」


佳乃さんの笑顔は少し悲しそう。


「でも、こんな酷い蛇でも、言ってることは正しいというか、なんかわかる気もしました」


「どんなことを仰っていたの?」


「好き勝手に生きて、長生きしろって」


笑う佳乃さん。


「そう、とてもお優しい方なのね」


「そうかも知れません。だから、私も好きに生きてみたいって思いました」


胸の奥が痛くなる。

鼻の奥もつーんとしてくる。

それでも真っ直ぐに佳乃さんと向かい合う。


「好きに生きたいって、どんな風に?」


「私、みんなと同じように、大人になりたいです」


佳乃さんが口を閉じて、静かな微笑みに変わる。


「そうね、じゃあ、どうしようか」


怒っている感じじゃない。ただ、静かに笑っている。

私は拳にぎゅっと力を入れて、真っ直ぐにその瞳を見つめる。


「私、高校生になりたいです」


怖くはない。しかし、自分の足が震えているのがわかる。

何も言わず、佳乃さんは首を縦に振る。

そして私に語りかける。


「そう。良く言い出してくれたね。私、本当は迷っていたの。紗凪ちゃんを見ていたら、心の奥がずっと苦しかった、このままでいいのかなって。でも、言い出せずにいたのよ。ありがとう、言いたいことを、ちゃんと言ってくれたね」


ふふっと笑う佳乃さん。


その日の夜、父と母が神社に招かれる。

広間でお茶を出してから、母の隣に座る。

私たちと向かい合う佳乃さんが口を開く。


「今日は急にお呼び出しをしてごめんなさいね」


緊張気味の母。


「あの、御前様、大事な話とはなんでしょうか。紗凪がなにかご迷惑を?」


ふるふると佳乃さんは首を振る。


「私ね、本当は、自分の世代で、この山蛇の御前のしきたりを終わらせようと思っていたの」


「え!?」


みんなが一斉に驚く。もちろん私もだ。


「時代も、技術も、村のみんなの考え方も、時と共に変わりつつある。山蛇の御前という役割も、形骸化して久しいわ。だからね、もうすぐ必要とされなくなる役割なんじゃないかって、ずっと考え続けていたのよ」


「そ、そんな!御前様は村のみんなをこれまでも引っ張ってくれていたじゃありませんか。それで助かった人も大勢います!」


母は驚きを隠せない様子。しかし佳乃さんは冷静さを崩さない。


「そうかもしれない。でもね、そうした村の象徴しての役割も、本来の役割からズレたものだと思うの」


佳乃さんはうつむきながら続ける。


「本来の山蛇の御前は、土砂災害を鎮めるための、生贄のようなものだった。そして、災害を鎮めようと、いつかの御前様が村を率いて、植林を始めた。それはとても小さく、先の見えない試みだった。何代もの御前様たちが村と共に木を植え続けた。そして、少しずつだけど、山は時間と共に良くなっていった」


静かな口調。どこか寂しそうではある。


「でもね、こうも思うの。山が良くすることは、村を良くするためだけじゃなくて、歴代の御前様自身が救われたかったからじゃないかって」


「え?」


思わず聞き返してしまう。

私のすっとんきょうな声を聞いて、佳乃さんが笑顔を向ける。


「自分は村のために生涯をささげる。それでもいい。自分自身は自由になれなくても、次の世代はきっと。もしかしたら、そう、思い続けていたんじゃないかって」


母は呆気にとられている。

きっと佳乃さんはずっと考え続けていたのだ、この役割の意味を。

長い時間ずっと。


「植林も上手くいかない時代もあった。なんどもやり直すことにもなった。それでも、今では大規模土木工事も行われて、山は静かになりつつある。だからね、そろそろ成就してしまってもいいんじゃないかって、その時が来たんじゃないかって、そう思いたいの」


佳乃さんが静かに微笑む。


「昨晩ね、紗凪ちゃんが夢を見たそうです。山蛇様とお会いになったのよね?」


「は、はい」


「山蛇様は、紗凪ちゃんに、好きに生きなさいと仰った。ご神託なんて言ったら大げさかも知れないけど、それを聞いた紗凪ちゃんが、今朝、自分の気持ちを言い出してくれたのよ。私はそれを尊重したいと思う」


父が私を見る。


「紗凪、何を言ったんだ?」


私は唾をゴクンと飲む。

俯きながらもはっきりと口に出す。


「うん。みんなと同じように、高校生になりたい。私」


ぐっと拳を握る。


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