第三十八話 不公平
二週間ぶりの英会話教室へ母の車で送ってもらう。随分久しぶりで、少し覚えたはずの英語はまったく思い出せない。非常に心配である。
「久しぶり過ぎて、挨拶の仕方忘れちゃったかも」
「こんばんはって、グッドイブニングじゃないの?」
「うーん、もっとフランクだったような」
英語を思いだそうと首を傾げてみる。
しかし、先日の山下さんが来た時のことが思い出される。そう言えば母に聞こうと思っていたのだ。
「あのさ、この前、庭先で土砂崩れが起きた人が来てたよ。何年かに一回ぐらいあるって佳乃さんが言ってた。そう言うことって聞いたことある?」
んーと母が顎に手を当てる。
「そうね、十年前ぐらいにも、そういうことがあったって聞いたかな。大きい事故じゃないけどね。庭先が崩れたとかは、時々あるのかもね」
何食わぬ母の顔。大した問題ではないかのようだ。
「私、全然知らなかった。佳乃さんが土砂の片付けを手伝ってくれる人を探すって色んな人に電話かけてて、大変だなって」
母はふーんという感じ。
興味がないのかもしれない。
「確かに、事故にあった人は大変でしょうけど、御前様のお手を煩わせるのも、ちょっとね」
「え?」
母の言い草がちょっと意外で、聞き返してしまう。
「でも、佳乃さんは、こういう時のために自分がいるんだって言ってたよ?」
「御前様を頼りにはしたいけど、本来は自分たちで片付けなければいけない問題じゃないかしら。御前様へご負担を掛けるのは良くないわ。それに、いずれは紗凪がその相談を受けることになるのよ?」
「そ、それは、そうかも知れないんだけど、山下さんも大変そうだったし、やっぱり頼れる人がいたほうがいいよね?」
何故か私がしどろもどろ。
母はいつも通りな感じ。本心なのだろうな。
「歴代の御前様のおかげで村がまとまってきたことは事実だし、今もそう、みんな感謝していると思う。でも、氏子の代表のように、神社の運営に積極的な人ならまだしも、普段神社にあまり興味がないような人も、困ったら御前様に頼ったりするのは不公平じゃない?」
母は少しイライラしているのかもしれない。
私はうーんと考えるフリだけして、この車内の空気をやり過ごす。
そうこうしていたら英会話教室に到着。
「あ、ありがとう、行ってくるね!」
「はいはい、スーパーで買い物をしているから、終わったら連絡しなさいよ」
ハーイと手をふって、母の車を見送る。
ふう、とため息一つ。
「サナギちゃーん!」
手を振りながらユウちゃんがやってくる。
「ユウちゃん! えーっと、はーい、ぐっどいぶにんぐ!」
「グッドイブニン!」
背の高いユウちゃんがパタパタと走ってくる。
大きい身体だけど、顔も仕草も可愛い女の子そのものという感じ。
「久しぶりに会えた、嬉しいな!」
ユウちゃんと手を取り合う。なんだか照れる。
「あ、あのね、紗凪ちゃん」
ユウちゃんの声色が突然静かになる。
何だろうかと顔を見上げてみる。
「英会話教室が終わった後、ちょっとそこでお話しない?」
「え、うん、いいよ」
ユウちゃんの顔がなんだか悲しそうである。
私は訳もわからず、きょとんとする。
何の話だろうと不思議に思いながら、手を繋いで入口へ入る。
「Hi! Good to see you!」
(わー!会えて嬉しいよ!)
美希さんの元気のいい声。
ここで会うのも久しぶりだなと、嬉しくなってくる。
久しぶりのグループレッスンは、全く英語が出てこずにてんやわんや。
ああ、こんな感じだったよなと、恥ずかしい感じもあり、楽しい感じもある。
あっという間に一時間は進む。
「しーゆーれいたー!」
美希さん達に挨拶して、ユウちゃんと外へ出る。
そういえば話をするんだったな。
「ユウちゃん、お話あるんだよね?」
ユウちゃんのちょっと悲しそうな顔。
「うん、そこの公園で話さない?」
私も頷いて近所の小さな公園に向かう。
母に連絡をしなければならないが、話をしてからでもいいだろう。
公園のブランコに二人で座る。
膝を伸ばしても地面に足がつくので、こんなに低かったのかと驚く。
「あのね、サナギちゃん」
「あ、うん」
ユウちゃんが静かに話し始めるので、耳を傾ける。
「実はね、私、今月で英会話教室、やめるんだ」
「え!」
思わず大きな声が出る。
「な、な、何で!?」
私としてはユウちゃんと会えるのが楽しみで来ていたところもあるので、驚きと残念が一緒にやってくる。ユウちゃんは寂しそうに苦笑い。
「お母さんとお父さん、別れることになったから、お母さんの実家について行くことになったの」
胸がズキンと痛む。
「そ、それって遠い所なの?」
何とか一緒に英会話を受けれないか、それが無理でも、また会ったり出来ないかと考える。
「すっごい遠いんだ。お母さんの実家、海外なんだよ」
「ええ!」
驚きが一気に来て頭がてんやわんや。
ユウちゃんはふふっと笑う。
「海外で働いてたおじいちゃんが、おばあちゃんと結婚してね。お母さんはハーフなんだよ。だからお母さんの生まれた所に帰るの」
「そ、そんな……」
何と言っていいのか分からず、もじもじとする。ただ、残念なことだけは確か。
はあっと大きな溜息が出てしまう。
ユウちゃんは私の様子を見て、ははっと笑う。
「まあ、でもね、悪いことだけでもないんだ。私は英語を全然しゃべれなくて、おばあちゃんといつかお話したいなって、英会話に来てたの。今なら、少しは話せそうだしね」
はははと静かに笑うユウちゃん。
「あ、あの、いつか帰ってくる?」
「どうかな?」
「そ、そっちに行っても、また会えるかな?」
うーんとユウちゃんは考えている。
「わかんないな」
「そっかぁ……、そうだよね」
「ね、サナギちゃん、またいつかこっちに来ることがあったら、遊びに来てね」
「え?」
私がユウちゃんのいる海外に行く?
そんなタイミングはあるだろうか?
私は村にお役目がある。海外に行くなら何日も休まないといけない。
そういうのって良いんだろうか?
「ね、約束だよ」
ユウちゃんが笑顔を向ける。




