第三十五話 あやかろう
夜にユウちゃんからスマホに連絡が入っているのに気が付く。
“サナギちゃん体調大丈夫? 今日お話したかったな”
可愛い豚がぐでっと寝そべって泣いているスタンプと共に一言メッセージ。
変な絵柄で、くすっと笑える。
“もう大丈夫!来週会おうね!”
送信ボタンを押して、ピロンと鳴る。
なぜか気分がちょっぴり前向き。
佳乃さんの言うことは正しいのかもしれない。
ユウちゃんと距離を取っているのは自分の方。
「えらい人」なんて言われて、萎縮してしまっているのは自分のほうなのだ。
現にユウちゃんはこうして、友達として接してくれてるじゃないか。
私が変に考え過ぎなのだ。
ふー。
そう思えば気も楽なものだ。
安心して布団に大の字を描いて眠れるというもの。
ピロン。
スマホが鳴る。ユウちゃんから返信かなと思って見てみる。
しかし、相手は颯太から。
“紗凪、この前の舞、すごかったぜ!”
一瞬にして、ユウちゃんの「えらい人」発言が呼び起こされる。
いかんいかん、せっかく忘れようとして、良い感じだったのに。
まったく、この男はいつも碌なことをしない。
ピロン!
続けて颯太の連投。
“俺も団体戦のレギュラーとるために頑張ってるぞ!次の練習試合でチャンスあるかもしれない!お前の中吉を信じて俺も頑張る!”
うん、そうか。まあ、知らんけど。
“がんばれ”
ふー。
返答はこれでいいだろう。さあ、寝る時間だ。
電気を消して布団に潜り込む。
「試合か……。青春してんだな、アイツ」
すっと眠りにつく。
土曜日の朝。
社務所に美希さんがやってくる。
「サナちゃん、この前の教室お休みだったね、もう大丈夫なの?」
心配そうな顔。
私は笑顔で胸を張って見せる。
「大丈夫です! ぴんぴんしてます!」
「豊穣祈願の舞を一生懸命練習してたからね、きっと疲れが溜まってたんだよ」
また思い出される。
「えらい人」と言っていたユウちゃんの顔が頭に……。
いかんいかん、気にしてはならんと言い聞かせたはずだ。
「そうかもしれないです」
にこにこと笑って返す。これでいい。はい、これでこの話は終わり。
「すっごい綺麗だったもんね。今代の御前様、ここに現るって感じだったよ」
「ははは、どうもです。来週は英会話絶対行きますね!」
何とか笑って話題を切り替えようと努める。
褒めるられるたびに、ユウちゃんの顔が思い出されて変な気分になるのだ。
この話は終わりにしてくれ、美希さん。
「うん、ユウちゃんもサナちゃんがいなくて寂しそうにしてたよー。来週も教室で待ってるね!」
ははっと笑う美希さん。私もははっと返す。
話題を変えることには成功したのだが、もう胸の奥にはモヤモヤが溜まってしまっている。美希さんの前でこれではまずい。
「あ、ごめんなさい、ちょっと、お花を摘みに……」
「あ、うん」
ささっと社務所を出てお手洗いに駆け込む。
大きくため息。
ああ、ダメだな、私って。
夕方になって、外の商品を片付け始める。
そこに二人の制服を着た女子がわーっと大急ぎで走ってくるので、思わず見てしまう。
「あの、すいません! まだお守り買えますか!?」
「え、あ、はい。まだレジは閉めてないので……」
「よかったー!」
ぜーはー言いながら、ハイタッチをし合う女子。高校生だろうか。
「あ、えっと、何のお守りですか?」
「恋愛成就!」
「ちょ、ちょっと、大声で恥ずかしいって!」
二人の女子がじゃれ合う。
なんか楽しそうだなと思いながら、五百円玉を受け取ってお守りを手渡す。
ニコニコしている女子たち。
いいな、高校生で恋愛か、ここにも青春がひとつ。
なんかうらやましい。
「え、あ、うそ、もしかして、山蛇の奥さんじゃないです?」
「え、わ、ほんとだ! ケーブルテレビで見たよ!」
知らない人に御前だとバレてぎょっとする。
しかし私の内心など、知ってか知らずか、きゃっきゃっとはしゃぐ二人。
「あ、あの、そうだと思いますけど、な、なにか?」
「あ、ごめんなさい! ここは恋愛の神様を祭っているって聞いたから、山蛇の奥さんって神様みたいなものだし、会えてラッキーって言うか、ね?」
え?なんだって?
「うん、ありがとうございます! 告白成功しそうな気がします」
二人が私に笑顔でお辞儀をして、本殿にかけていく。
ぽかーんとする私。思考は定まらない。
「お嫁さん、どうしたんだい? 片付けに手間取ってるのかい?」
香織さんが様子を見に出てくる。
「あ、あの、香織さん、ここって、恋愛成就の神様なんでしたっけ?」
「え? まあ、そう言う人もいるねぇ」
香織さんはきょとんとしている。
「山蛇の御前って、恋愛成就の神様なんですか?」
んーっと首をかしげる香織さん。
「まあねぇ、とても長い年月を、神様の伴侶として過ごされる方だからね。それにあやかろうという話は、ときどき聞いたりもするわねぇ」
知らなかった。というか、私って、神様みたいなものだったのか?
いや、そんなはずはないぞ。私はただの英語も碌に話せない女子でしかない。
友達のこと一つで悩むような、うじうじした女子だ。
「どうしたんだい、急に」
香織さんが不思議そうに見ている。
私はうーんと唸る。
おかしいな、分かったつもりになっていた気もするのに。
なんなんだ?山蛇の御前って。




