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歴史に娶られ  作者: 剛申
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第三十四話 昔はなかった





「甘口しかなかったけど、大丈夫かしら」


こくこくと頷く。

佳乃さんがカレーをご飯にかけてテーブルに並べてくれる。


「そうだ、ラッキョウがあったわね」


冷蔵庫から漬物を出してくれる。

今日はご飯の用意を全て佳乃さんがやってくれて、私は見てるだけ。


「さ、頂きましょう」


佳乃さんが手を合わせる。

私もいただきますを言って食べ始める。


「うん、おいしいわね。また買い置きしておこうかしら」


ふふっと笑うので、私もははっと笑う。


「この前の日曜日、英会話のお友達が来ていたんでしょう?」


どきっとして、スプーンが止まる。


「はい」


「仲のいいお友達なの?」


「同じぐらいに英会話を初めた、同じ歳の子です」


「そう」


なんだか胸が痛い。


「その子と喧嘩でもしたのかしら」


「いえ、喧嘩では……」


「山蛇の御前様だったのがバレちゃった?」


ずしんと心臓が大きく脈を打つ。

しどろもどろに「ええ」と答える。

佳乃さんは、良い気がしないかもしれない。私が、山蛇の御前というものに、後ろめたい気持ちを持っていると感じるかもしれないから。


「しんどいよね」


思いもしない言葉に、思わず「え?」と言ってしまう。


「みんなと違う場所に来てしまったみたいに思うよね。親しい人とも距離が出来てしまったと思うぐらいにね」


「……はい」


「私もそうだったわ」


佳乃さんがお茶を一口飲む。

スプーンをお皿に置いて、佳乃さんに向き直る。


「佳乃さんも、ですか?」


「ええ、どうしてかしらね、私は何も変わっていないはずなのに、みんなが離れて行っちゃうの。何も悪いことなんてしてないと思うわ。相手だって、離れようとしている訳でもないのかもね。でも、不思議と距離を取られてしまった。悲しかったわ」


佳乃さんがうつむきながらカレーを一口食べる。

私も一口。ほんのりと甘いスパイスが口に広がる。

もぐもぐと飲み込んで、また佳乃さんに向き直る。


「どうしてこんな風になっちゃうんでしょうか?」


「そうねぇ」


佳乃さんは少し考えるそぶりをして、またお茶を一口。


「今になって思えば、距離を取ってしまっていたのは、私の方だったかもしれないわね」


「え?」


「自分は変わってないなんて、嘘。本当は心のどこかで、自分はみんなとは違うのかもしれない、違う進路を進んでいるかもしれない、なんて、そう思ってしまっていたのかもしれないわね」


私が自分で距離を取ろうとしている? ユウちゃんと?

そうなのだろうか。実感はない。


「私も、みんなと違うって、どこかで思っているんでしょうか?」


佳乃さんが優しく微笑む。


「それは、わからないわ。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、友達と会うのが気まずいって思ってる」


気まずい。そうかも。

英会話教室でユウちゃんと会って、どんな顔をしたらいいか分からないし。


「紗凪ちゃんは、何でか分からないのに友達が離れてしまったように思えて、寂しいのかもしれないわね」


「……はい、そう言われると、ちょっと寂しいのかもしれません。久しぶりにできた、新しい友達だったので」


「そうね、それに、今は自分だけがこういう寂しい想いをしていると感じているんじゃないかしら」


佳乃さんの言うことは合っているかもしれない。

私の心の中を言い当てられているようにも思う。

でも、それは当然じゃないのか?

現に私は、このよくわからないお役目の中にいる。

友達とは違う進路に進んでいるのだから。


「私はユウちゃんと、ただの友達でいたかっただけなのに。なんでこんなことになっちゃうんでしょう。私も普通の高校生になっていたら、こんなの考えなくても良かったのに」


語気が荒くなってしまったように感じて、取り繕うようにお茶を飲む。

佳乃さんが怒っていないかとチラっと見る。さっきと変わらない優しい顔をしている。


「す、すいません、なんでもないですから」


罰が悪くなって、カレーを口に運ぶ。


「ねえ、紗凪ちゃんは、どうしたいの?」


「え?」


どうしたいとは、どういう意味だろうか。


「今代の、山蛇の御前様は紗凪ちゃんよ、紗凪ちゃんが役割の在り方を考えなくちゃ」


「役割の在り方、ですか?」


佳乃さんが静かに頷く。


「山蛇の御前という役割も、嘘か誠かは分からないけど、千年もの間受け継がれてきた。きっと、長い時間の中で、役割のいくつかは変わってきていると思うの」


佳乃さんが微笑みながら言う。

どういう意味なのか、よく分からない。


「いつの間にか、役割が変わったものも、あったりするんでしょうか」


「ええ、例えば、村の娘さんが結婚式を挙げるときに、私は自分で祝辞を述べることにしているのよ」


そういえばと思い出す。前に見た洋子さんの結婚式でも佳乃さんはお祝いの言葉を言っていた。


「あれはね、私の前、先々代の御前様がはじめられたのよ。やってみたら花嫁さんが喜んでくれたからって」


「え、そうなんですか?」


なんか意外だ。大昔からやっている物かと思っていた。


「今のような形の結婚式が始まったのは、先々代の前の方の時だったそうよ。それまでは、神社で結婚式なんてしなかったわ」


「え、昔は結婚式って無かったんですか?」


ふふふと佳乃さんが笑う。


「ええ、百年と少し前ぐらいから始まったのよ。最初の山蛇の御前様がいらっしゃったのは、千年も前のこと。その時代には今のような祝い事は無かったわ」


「せ、千年前にはなかったんだ」


私は口をぽかーんとさせてしまう。

佳乃さんはくすくすと笑う。


「私だって、変えたことがあるの。先代の御前様ときは、毎月の必要な分のお金を、氏子会議でお願いして出して頂いていたの。だからみんなで話し合って、変えて頂いたのよ。みんなと同じようにお給料にしてくださいって」


「え!?」


「嫌でしょう? 毎月お金をくださいとお願いして回るみたいで」


色々驚いて頭が追い付かない。

佳乃さんは変わらずニコニコ笑っている。


「だから紗凪ちゃんも、変えなきゃいけないと思うことがあれば、変えていいのよ。もちろん、周りの人が反対もするかもしれない。変えようとして、もっと苦しい立場になるかもしれない。結局、変えられないのかもしれない。それでも、どうしてもと思うことがあるのならね」


変えなきゃいけないことがあれば、私が変えていい?

ずっと続いてきた役割なのに? そんなことをしていいのか?


「わ、私が何かを、変えていいんでしょうか?」


「さあ? でも、それを考えることも、今代の務めじゃないかしら」


佳乃さんの表情は優しいまま。

私は頭の中がこんがらがって、何が何だかわからない。



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