表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歴史に娶られ  作者: 剛申
31/45

第三十一話 何もかも忘れて





早朝の掃き掃除に出ると、階段下の参道に、屋台らしきものが数件並んでいるのが見える。

グウジさんとネギさんは、早朝から倉庫と境内をバタバタ行ったり来たり。


「失礼、通りますねー」


ネギさんが大きな看板を持って階段へ降りていく。そこには、五穀(ごこく)豊穣(ほうじょう)祈願(きがん)奉納式(ほうのうしき)の文字。

地域の学生たちにとっては、たいして盛り上がってもいない“小さな催し”ぐらいに思われていたはずだ。しかし、いざ自分が参加するとなると、途端に大きなお祭りであったかのように錯覚してくる。


「今代、手伝って頂けますか」


グウジさんが赤いコーンを置きながら、私を手招き。


「は、はい、なんでしょうか」


「ロープを張るので、コーンを押さえてもらえますか」


言われるままに赤いコーンにしがみつく。

グウジさんはそこにロープを引っかけて、離れた位置のコーンまで伸ばしていく。


「次はこちらに」


はいはいと次のコーンに移動してしがみつく。みるみるあいだに境内に大きな四角がロープで描かれる。なんか嫌な予感。


「あの、これは何を囲っているのでしょうか」


笑顔のグウジさん。


「もちろん、今日、今代が舞われる舞台ですよ。この中で踊るのです。御前様が毎年ここで踊られるのを見たことがありますでしょう?」


「あ、そうでしたね……、あはは」


すまん、記憶にない。

大した祭りではないだろうと、興味すらなかったのだ。前に来たことがあるのかも分からない。グウジさん、佳乃さん、本当にすまん。

はははと笑いながら、グウジさんは準備に戻る。


「ここが、私の舞台……」


わざわざ境内にロープを張ったのだ、きっと人が大勢来るんだろう。

身震いがしてくる。

ああ、逃げたい。出来ることなら、今すぐにでも実家の押し入れに駆け込みたい。

そこで夕方まで隠れて眠っていたい。しかし、そんな勇気もない。


朝ごはんを食べた後、大広間で最後の練習。

音楽もかけずに、一連の流れをしながら、シャンシャンと一人で鈴を振る。


「紗凪ちゃん」


佳乃さんが開いた襖から覗く。

はいと、小さく返事をして動きを止める。


「始まる前に、最初から通して見せてくれないかしら」


ふふっと笑いながら、ラジカセの横に座る佳乃さん。

緊張しながらも向き合って直立姿勢。


「お願いします」


「はい、よろしくお願いしますね、紗凪ちゃん。……いえ、山蛇の御前様」


にこっと笑ってラジカセの再生ボタンが押される。

間違えないように、間違えないように、そればかりが頭をぐるぐるする。

シャン、シャンと、踊りながら鈴を振り続ける。

そして静かに鳴り止む音楽。


佳乃さんがパチパチと拍手をする。

私はお辞儀。


「ありがとうございます」


「ええ、こちらこそありがとう、紗凪ちゃん」


佳乃さんが静かに微笑みかける。


「昔ね、この舞を、先々代の御前様から教えて頂いたの。私も同じように、見よう見まねで覚えたから、しっかりと教えられなくて、ごめんなさいね」


私を見て、少しだけ申し訳なさそうにする。


「い、いいえ、ちゃんと出来ているか、自信はありませんが、それは佳乃さんのせいじゃないですから」


ふふっと佳乃さんが笑う。


「先々代とは、二人でたくさん踊ったわ。とても懐かしい。紗凪ちゃんとも、一緒にたくさん踊ったわね。ありがとう、楽しかったわ」


「こ、こちらこそです」


ペコリと頭を下げる。佳乃さんは静かに優しい目。


「さて、もうすぐ、雅楽の方たちもいらっしゃるから、揃われたら一度リハーサルさせてもらってね」


はい、と大きく返事をする。


時刻は十時を回り、境内は随分と騒がしい。

大勢の人が集まって来ている気配で、びくびくと手が振るえてくる。

今日の踊りは、いつもの巫女服なのだが、頭には金の髪飾りをつけるらしい。

大きな鏡の前で、美希さんに着けてもらっている。


「できた、可愛いよー、サナちゃん。……あーごめん、ここでは御前ちゃんだね」


ははっと笑う美希さん。


「あはは、サナちゃんって呼んでください。その方が気持ちも楽な感じがします」


「OK、じゃあ、サナちゃん、Good luck!」


ぽんと肩を叩く美希さん。

私も緊張しながら、変な笑顔。


「さ、さんきゅー、……あいる、どぅーまい、べすと」


「Wow, nice English!」


はははと二人で笑い合う。


境内では、四角のロープの周りを囲っているウジコさん達や、村のおじさん、おばさんたち。

その後ろには観光客らしき人も大勢来ている。


「これより、五穀豊穣祈願奉納式を執り行います。祭主、祝詞(のりと)奏上(そうじょう)!」


ネギさんの大きな声で、イベントのスタートを知る。

それに合わせて、グウジさんが祝詞を唱え始める。

私は本殿敷地内に隠れており、出番になったら登場の段取り。


「大丈夫よ。紗凪ちゃんなら、大丈夫」


肩を抱く佳乃さんの両手が温かい。

しかし、身体の震えは一向に止まりそうもない。


「皆さま、お待たせを致しました。本祈願式の主要(しゅよう)神事(しんじ)、山蛇の御前様による、五穀豊穣祈願の舞を、奉納させて頂きます」


来た。

佳乃さんに背中をポンと叩かれ、ゆっくりと表に歩み出す。

パチパチと拍手が上がる。大勢の人達に一斉に視線を向けられ、心臓をばくばくとさせながら、四角の中心に向かって進む。緊張しすぎて、拍手の音が大きいか小さいかもわからない。

日差しが眩しく、頭もなんだかぼーっとしてくる。


「えー、山蛇の御前様は、本年度より代替わりを迎えられ、五穀豊穣の舞は本式が初のお披露目となります。皆様、どうぞ、温かくお見守り頂き、共に五穀豊穣を祈願頂ければ幸いです」


ネギさんの煽りアナウンスに、みんなが、はははと笑う。

余計に恥ずかしくなるだろ!いらん事を言うなー!と内心ではツッコミを入れているのだが、口に出すわけにもいかないので、おしとやかな振りを続ける。しかし、強がってみても、膝はブルブルと正直だ。


「紗凪!がんばれー!」


声の主をチラっと見る。颯太が手を振っている。

こいつ、私の恥をわざわざ見に来ているのか!声を掛けるな、恥ずかしい!


何とか落ち着かせねばと大きく深呼吸して、正面に向き直る。

ドキン! 心臓が大きく跳ねる。

真正面にユウちゃんがいる!

可愛い笑顔で手を振っている。

ぶわぁっと顔に血が昇ってくるのがわかる。


もうダメだ、心臓はバクバクだ、周りの音も良く聞こえない。

意識もぼーっとしている。もうダメだ。でも逃げられない。

佳乃さんも期待してくれている。逃げることは許されない。


踊れ、踊れ、紗凪。何もかも忘れて踊ってしまえ。


ふう、と息を吐き、ゆっくりと下を向く。

ポン、ポン、と太鼓が鳴り始める。

雅楽の人達が演奏を奏でだす。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ