第三十一話 何もかも忘れて
早朝の掃き掃除に出ると、階段下の参道に、屋台らしきものが数件並んでいるのが見える。
グウジさんとネギさんは、早朝から倉庫と境内をバタバタ行ったり来たり。
「失礼、通りますねー」
ネギさんが大きな看板を持って階段へ降りていく。そこには、五穀豊穣祈願奉納式の文字。
地域の学生たちにとっては、たいして盛り上がってもいない“小さな催し”ぐらいに思われていたはずだ。しかし、いざ自分が参加するとなると、途端に大きなお祭りであったかのように錯覚してくる。
「今代、手伝って頂けますか」
グウジさんが赤いコーンを置きながら、私を手招き。
「は、はい、なんでしょうか」
「ロープを張るので、コーンを押さえてもらえますか」
言われるままに赤いコーンにしがみつく。
グウジさんはそこにロープを引っかけて、離れた位置のコーンまで伸ばしていく。
「次はこちらに」
はいはいと次のコーンに移動してしがみつく。みるみるあいだに境内に大きな四角がロープで描かれる。なんか嫌な予感。
「あの、これは何を囲っているのでしょうか」
笑顔のグウジさん。
「もちろん、今日、今代が舞われる舞台ですよ。この中で踊るのです。御前様が毎年ここで踊られるのを見たことがありますでしょう?」
「あ、そうでしたね……、あはは」
すまん、記憶にない。
大した祭りではないだろうと、興味すらなかったのだ。前に来たことがあるのかも分からない。グウジさん、佳乃さん、本当にすまん。
はははと笑いながら、グウジさんは準備に戻る。
「ここが、私の舞台……」
わざわざ境内にロープを張ったのだ、きっと人が大勢来るんだろう。
身震いがしてくる。
ああ、逃げたい。出来ることなら、今すぐにでも実家の押し入れに駆け込みたい。
そこで夕方まで隠れて眠っていたい。しかし、そんな勇気もない。
朝ごはんを食べた後、大広間で最後の練習。
音楽もかけずに、一連の流れをしながら、シャンシャンと一人で鈴を振る。
「紗凪ちゃん」
佳乃さんが開いた襖から覗く。
はいと、小さく返事をして動きを止める。
「始まる前に、最初から通して見せてくれないかしら」
ふふっと笑いながら、ラジカセの横に座る佳乃さん。
緊張しながらも向き合って直立姿勢。
「お願いします」
「はい、よろしくお願いしますね、紗凪ちゃん。……いえ、山蛇の御前様」
にこっと笑ってラジカセの再生ボタンが押される。
間違えないように、間違えないように、そればかりが頭をぐるぐるする。
シャン、シャンと、踊りながら鈴を振り続ける。
そして静かに鳴り止む音楽。
佳乃さんがパチパチと拍手をする。
私はお辞儀。
「ありがとうございます」
「ええ、こちらこそありがとう、紗凪ちゃん」
佳乃さんが静かに微笑みかける。
「昔ね、この舞を、先々代の御前様から教えて頂いたの。私も同じように、見よう見まねで覚えたから、しっかりと教えられなくて、ごめんなさいね」
私を見て、少しだけ申し訳なさそうにする。
「い、いいえ、ちゃんと出来ているか、自信はありませんが、それは佳乃さんのせいじゃないですから」
ふふっと佳乃さんが笑う。
「先々代とは、二人でたくさん踊ったわ。とても懐かしい。紗凪ちゃんとも、一緒にたくさん踊ったわね。ありがとう、楽しかったわ」
「こ、こちらこそです」
ペコリと頭を下げる。佳乃さんは静かに優しい目。
「さて、もうすぐ、雅楽の方たちもいらっしゃるから、揃われたら一度リハーサルさせてもらってね」
はい、と大きく返事をする。
時刻は十時を回り、境内は随分と騒がしい。
大勢の人が集まって来ている気配で、びくびくと手が振るえてくる。
今日の踊りは、いつもの巫女服なのだが、頭には金の髪飾りをつけるらしい。
大きな鏡の前で、美希さんに着けてもらっている。
「できた、可愛いよー、サナちゃん。……あーごめん、ここでは御前ちゃんだね」
ははっと笑う美希さん。
「あはは、サナちゃんって呼んでください。その方が気持ちも楽な感じがします」
「OK、じゃあ、サナちゃん、Good luck!」
ぽんと肩を叩く美希さん。
私も緊張しながら、変な笑顔。
「さ、さんきゅー、……あいる、どぅーまい、べすと」
「Wow, nice English!」
はははと二人で笑い合う。
境内では、四角のロープの周りを囲っているウジコさん達や、村のおじさん、おばさんたち。
その後ろには観光客らしき人も大勢来ている。
「これより、五穀豊穣祈願奉納式を執り行います。祭主、祝詞奏上!」
ネギさんの大きな声で、イベントのスタートを知る。
それに合わせて、グウジさんが祝詞を唱え始める。
私は本殿敷地内に隠れており、出番になったら登場の段取り。
「大丈夫よ。紗凪ちゃんなら、大丈夫」
肩を抱く佳乃さんの両手が温かい。
しかし、身体の震えは一向に止まりそうもない。
「皆さま、お待たせを致しました。本祈願式の主要神事、山蛇の御前様による、五穀豊穣祈願の舞を、奉納させて頂きます」
来た。
佳乃さんに背中をポンと叩かれ、ゆっくりと表に歩み出す。
パチパチと拍手が上がる。大勢の人達に一斉に視線を向けられ、心臓をばくばくとさせながら、四角の中心に向かって進む。緊張しすぎて、拍手の音が大きいか小さいかもわからない。
日差しが眩しく、頭もなんだかぼーっとしてくる。
「えー、山蛇の御前様は、本年度より代替わりを迎えられ、五穀豊穣の舞は本式が初のお披露目となります。皆様、どうぞ、温かくお見守り頂き、共に五穀豊穣を祈願頂ければ幸いです」
ネギさんの煽りアナウンスに、みんなが、はははと笑う。
余計に恥ずかしくなるだろ!いらん事を言うなー!と内心ではツッコミを入れているのだが、口に出すわけにもいかないので、おしとやかな振りを続ける。しかし、強がってみても、膝はブルブルと正直だ。
「紗凪!がんばれー!」
声の主をチラっと見る。颯太が手を振っている。
こいつ、私の恥をわざわざ見に来ているのか!声を掛けるな、恥ずかしい!
何とか落ち着かせねばと大きく深呼吸して、正面に向き直る。
ドキン! 心臓が大きく跳ねる。
真正面にユウちゃんがいる!
可愛い笑顔で手を振っている。
ぶわぁっと顔に血が昇ってくるのがわかる。
もうダメだ、心臓はバクバクだ、周りの音も良く聞こえない。
意識もぼーっとしている。もうダメだ。でも逃げられない。
佳乃さんも期待してくれている。逃げることは許されない。
踊れ、踊れ、紗凪。何もかも忘れて踊ってしまえ。
ふう、と息を吐き、ゆっくりと下を向く。
ポン、ポン、と太鼓が鳴り始める。
雅楽の人達が演奏を奏でだす。




