第三十話 のたうちの舞
大広間で古くて大きな“ラジカセ”なるスピーカーを佳乃さんが触っている。
「えーっと、こうだったかしらね」
私は正座で待機。
しばらくすると、機械から雅楽の音楽が鳴り始める。
ふう、と佳乃さんが一息。
「お待たせ、紗凪ちゃん、それじゃあ練習をしましょうか」
そう言って、たくさん鈴がついた棒を私に渡す。
私の胸はドキドキ。
「私が向かいで踊るから、申し訳ないけど、見よう見まねで覚えてね、五穀豊穣祈願の舞を」
は、はいと緊張した面持ちで向かい合う。
「では行きます、ミュージックスタート」
佳乃さんが合図と共にスイッチを押し、スッと立ちなおって顔を下に向ける。
私も真似して下を向くが、これでは佳乃さんの動きが見えないことに気が付いて焦り出す。
「はい、顔を上げて」
良かったーと安心しながら、向かい合う。
「はい、右手を伸ばしながら、一歩、シャンシャン」
佳乃さんが右手の鈴を振るので、私も振る。
「手を下ろしながら左に回し~、一歩進んで、シャンシャン」
ぎこちなく動きの真似をしながら、また鈴を振る。
佳乃さんの舞は、円を描くように流れる動き。
そして私は、ミミズがのたうつような、ふにゃふにゃな動き。
よくわからないまま動き続けて三分。曲が鳴り止む。
ふー、ふー。
恥ずかしさと、身体の大きな動きで、あっという間に息が上がる。
「うん、お上手よ、紗凪ちゃん」
絶対嘘だ!
そう思ったが、口に出せる訳もなく、はははと苦笑いだけする。
「今週はたっぷり時間を用意してあるから、無意識でも踊れるぐらい体に覚え込ませましょうね。私も一緒にやるから」
ぞっとしたが、逃げる訳にも行かないようだ。
「ほ、本当に、次の催しでは私が踊るんですか? 私で大丈夫ですか?」
自信が無さ過ぎて泣き言を言ってしまう。
しかし、佳乃さんは笑顔である。
「山蛇の御前様が代々踊ってきたものだからね、もう代を下りた私が踊ってはいけないわ」
ふふっと笑う。
私は、ははっと苦笑い。
「さあ、もう一度はじめからね」
ラジカセが、ぎゅいーんと音を鳴らして音楽をはじめに戻す。
へとへとになるまで踊る日々が数日過ぎ、完全に脱力しきって大広間で倒れる私。
迎えに来た母がそれを見て呆れている。
「紗凪、ほら、急ぎなさい、英会話教室に間に合わなくなるわよ」
「お、おお、はい」
「ほら、早く着替えてきなさい」
言われるがまま、よろよろと自室に向かう。
「Nice work today! See you later!」
(今日も頑張ったね! じゃあ、またね!)
「し、しーゆーれいたー……」
英会話教室の入口で、美希さんが見送ってくれる。
なんとかグループレッスンを乗り越え、はあっと大きな溜息。
一緒に出て来たユウちゃんが心配そうに見ている。
「サナギちゃん、今日はなんか、すごい疲れてるね、大丈夫?」
だいじょぶ、だいじょぶ、ひきつり笑いをしながら返答。
それを見ていた美希さんが、ふふっと笑う。
「サナちゃんは今、神社のお仕事が大変だからねー」
「え? 大変って?」
美希さんの軽口に、ユウちゃんが首をかしげる。
とたんに、へなちょこな踊りが思い出されて、恥ずかしくなってくる。
「み、美希さん! しー、です!」
口の前で人差し指を立てて見せる。
ごめんごめん、と笑う美希さん。
「え、気になる~」
ユウちゃんが大きい身体をもじもじさせる。
本当は内緒にしたいが、視線を向けられると、隠すのも後ろめたい気持ちになる。
「お、踊りの練習を、しておりまして」
「え、すごい、ダンス?」
ダンスかと言われたら、ダンスではあろうが、それで合っているだろうか。
「今度の日曜日に踊るんだよねー」
「み、美希さん!」
ニコニコでバラしてしまう美希さん。
慌てながら手を伸ばして口止めするが、時すでに遅し。
ユウちゃんは、日曜?と首を傾げる。
「に、日曜に、発表会と言いますか、人前で踊るとでも言いましょうか」
しどろもどろ。
「え、見に行きたい!」
ユウちゃんが、ぱあーっと笑顔になる。
ああ、どうしよう、恥ずかしさが鰻登り。
「み、見ても、楽しんで頂けるようなものではないと思うよ、ははは」
照れ隠しに笑う。しかし、それは許さない美希さん。
「そんなことないよ! 頑張って練習してるんでしょ? もっと自信を持って!」
余計に恥ずかしくなる。自信などこれっぽっちもない。
「応援してるから! 当日も楽しみにしてるからさ!」
美希さんが熱を上げながら言う。
「わ、私も! 絶対応援しに行くね!」
ユウちゃんも、ぐっと拳に力を入れて、私を励まそうとしている。
ああ、もう逃げられない。
私はきっと次の日曜日に、人前で“ミミズのたうち音頭”を披露してしまうことだろう。
未来を想像して、既に胃が痛い。




