第二十九話 わがまま
広間で座敷机を挟んで、佳乃さん、母、と向かい合う私。
座り方は自主的に正座を選んでいる。いやいや、この言い方は誤解を招く。
この場では全員が正座している。
「さあ、会議を始めましょうか」
佳乃さんが口火を切る。
「紗凪ちゃん、紗苗さんもいらっしゃったのだし、もう一度最初から話してくれないかしら」
はい、と言いつつ冷や汗。
二人の真っ直ぐな視線が突き刺さる。
「わ、わたくし、紗凪は、ま、毎週水曜日の夜に、英会話教室に、通わせて頂きたいと、か、考えております」
はい、よくできました、と言いつつお茶を飲む佳乃さん。
母は大きな溜息。
「紗凪、あんた、神社のお役目はどうするつもり? おろそかになるんじゃないの?」
うぐぐ。しかし、引きさがってはいけない。
「す、水曜の夜だけは、その、何卒、外出のご許可を……。それ以外はお役目に影響がないように努めますので……」
「本当かしら」
「ぜ、善処致す、所存であります」
ジーっと母に見つめられて、目線が泳ぐ。
また母が溜息。
「御前様、紗凪もこう言っておりますけども、通わせても良いものでしょうか」
母も佳乃さんに向き直る。
一口お茶をのんで、ふうと小さく息を吐く佳乃さん。
「駄目とは思っていないの。でもね、安全に通えるような段取りが付かなければ、私は反対するしかないわ。一人では通えないでしょう? 夜の山道は危ないし。私は車なんて運転できないしねぇ」
ずずっとまたお茶を一口。
「ね、そうでしょう? 紗凪ちゃん」
こくこくと素早く頷く。
はあ、と何度目かの母の溜息。
佳乃さんがお茶を静かに置いて、私に向き直る。
「紗凪ちゃん、しっかりとお話をしてくれなければ、私達もどうするか考えられないわ。お願いというものは、ちゃんと言葉で伝えなければね。さ、続きをどうぞ」
はい、と大きく返事して、姿勢を正す。
「は、母上様におかれましては、わたくし紗凪を、英会話教室への送り迎えをしていただきたく、な、何卒、ご検討の程を、お願い申し上げまする~」
ははーっと頭を下げる。
がっくしと頭を垂れる母。
夕方の眩しい光に照らされる鳥居。
その下まで佳乃さんと二人で、母の見送り。
「御前様、娘のわがままでご迷惑をかけ、大変申し訳ありませんでした」
頭を下げる母。
いいのいいのと手を上げる佳乃さん。
「話がまとまって良かったわ。紗苗さんには申し訳ないけど、お願いしますね。さて、紗凪ちゃん、あらためて今日のお話をまとめてくれないかしら」
はっ!とビシっと直立姿勢。
「わたくし、紗凪めは、水曜の夜に、母上様、父上様の送り迎えの元、英会話教室へ行ってまいります。水曜日の夜は実家にて食事、宿泊をさせて頂き、ゆっくりと就寝した後、木曜日は7時に神社へ戻って朝食、その後、お勤めに入ります。これに際しまして、寄り道、夜遊びの類は一切致しません。健全、健康的な夜の外出であると誓います。以上であります!」
うむ、よろしいと頷く佳乃さん。
母は、はあ、と大きな溜息を吐いて頭を抱える。
「ねえ紗凪ちゃん、紗苗さんにお伝えする言葉が、一つ足りていないのではないかしら」
どきっとする。
まだ言い足りていないことがあったか? 決まったことは全部言ったはずだ。
「お願いごとをしたら、そのあとには、もう一言伝えないといけないでしょう?」
もう一言?
なんだ、なぞなぞか? ぐるぐる考えが巡る。
お願い、そのあと、一言、そ、そう言うことか!
「あ、ありがとう、お母さん」
ふふっと笑う佳乃さん。
母もあきれ顔だが、少し笑っている。
「ほら、御前様にもお礼を言わないといけないでしょ」
「うん、ありがとうございます、佳乃さん」
うんうんと黙って頷く佳乃さん。
かくして私は英会話教室に通うことを許された。
色々と申し訳ない気持ちもあるが、お願いを叶えてくれたことに感謝せねば。
自分の希望を言葉にして、通じ合わせる。
それは、たとえ英語じゃなくても、とても難しいことなのだ。
そして、とてもとても、ありがたいことなのだ。




