第二十八話 しーゆーれいたー
英会話教室の廊下で待っていると、一人の女の子が入ってくる。
身長が高く、長い茶髪の女の子。もしかしたら同い年ぐらいかもしれない。
「あ、ハーイ……」
こちらに向かって手を上げる。
私以外に言ったかもしれないので周りを確認。
どうやら私に言ったということで間違いなさそうだ。
「は、はーい……」
しばらくお互い見つめ合う。
冷や汗。その子もオロオロ。
「きゃ、キャナイ、シットヒア……オーケー?」
私の席の隣を指差す。
何て言っているかは分からないが、オーケーかと聞いているらしい。
「お、おーけー……」
「さ、サンキュー」
隣に並んで座る。
身長差がかなりあるので、私の目線は、この子の肩あたりだ。
き、気まずい……。
しかし、最初の金髪の女性といい、この子にしても、何故英語で話しかけるのだ。
この中では“日本語を話せない呪い“でもかけられるのかもしれないな。
「な、ナイストゥーミートゥー」
その子が私を見下ろしながら言う。
見下されているという感じではない。なんせ身長が高い。私は小さい。
「マイネームイズ、ユウ、わ、ワットイズ、ユアネーム?」
マイネームイズ、ユー?
私の名前はあなた? で、あなたの名前は? たぶんそう言っている。中学で習った!
「ま、まいねーむいず、さなぎ」
「さ、サナギ、ナイスートゥーミートゥー」
通じた!私の英語が通じたらしい!
「ないすとぅーみーちゅー。わ、わっとゆあ、ねーむ?」
名前を聞き返してみたが、どうだ、通じるか?
その子は大きな身体に似合わずオロオロとしている。
よく顔を見ると、彫りの深い、左右整った美人さんだ。
「マ、マイネームイズ、ユウ」
ん? また同じことを言っている。ど、どういうことだ……?
「あ、えと、ユウ、コジマ、ディスイズマイネーム」
あ、コジマ・ユウ、コジマユウちゃんだな!
「さ、さなぎ、みやがわ。ないすちゅーみちゅー、ユウ」
「あ、ナイストゥーミートゥ、トゥー、サナギ!」
ニコニコの笑顔。
つ、通じている!こ、これが、グローバルコミュニケーション!
言いようのない胸の高鳴りを感じる。
ユウちゃんと向かい合ってニコニコ。
そうこうしているうちに、廊下の奥側の扉が開く。
中学生ぐらいだろうか?
私と同じか、少し年下に見える子供たちが数名出てくる。
「Catch you later, Miki!」
(またね、美希!)
「See you later!」
(またね!)
中学生たちの後ろから美希さんも出てくる。
「See you later! Take care!」
(またね!気を付けて!)
あっ、と美希さんも私に気が付いたらしい。
バタバタと中学生ぐらいの子達が私達の前を通り過ぎる。
ひとりの男の子が私たちを見て言う。
「Have a good one」
(じゃあねー良いお時間をー)
「ハブアグッドワン」
「は、はばぐっわんー」
たどたどしく二人で返す。
美希さんが、ワーと言いながら早足でこちらにやってきて、私の手を握る。
「I’m really glad you came, Omae— ah, sorry, Sana. Thank you.」
(来てくれて本当にうれしいよ、御前……あ、違う違う、サナちゃん、ありがとう)
ニコニコと手を握ってくれる美希さんだが、なんて言っているのか分からず、オロオロ。
「お、おお、さ、さんきゅう」
そうこうしていると、美希さんの後ろに、ものすごく筋肉隆々の巨大な男の人がやって来て、目玉が飛び出そうになる。
「Oh, hi there. Is this the girl you were telling me about, Miki?」
(やあ、いらっしゃい。ミキが話していた子って、この子かい?)
低い声で何を言っているか分からないが、笑顔である。こ、怖い人ではなさそうだ。
美希さんも、巨大な人に笑顔を向ける。
「Yeah. This is Sana. She’s really cute, isn’t she?」
(そそ、サナちゃん。とっても可愛いでしょ?)
「Absolutely. Nice to meet you, Sana.」
(ああ、まったくだね。初めまして、サナ)
巨大な人が私に手を振る。私も手を振り返す。
「な、ないすちゅーみーちゅー……ははは」
巨大な人がユウちゃんにも笑顔で話しかけて、立ち去っていく。
怖かった。いや、そういっては失礼だな。たぶん。
美希さんに奥の教室に連れられ、ユウちゃんと並んで待っていると、
サラリーマン風の男の人がやって来たので、二人でたどたどしく挨拶。
「Okay everyone, thanks for waiting. Let’s get started and have some fun.」
(みんな、待ってくれてありがとう。さあ始めよう、楽しくいこうね)
巨大な人が大きな声で言いながら、入ってくる。
椅子は円形になっていて、五人で英会話らしき物を始める。
美希さんと、巨大な人、サラリーマン風の人は完全に通じ合っているらしく、流暢な会話。
どうやら、ユウちゃんも慣れていないらしく、オロオロしながら話す。私もずっと赤面しっぱなし。私たちが話すときは、めちゃくちゃな英語を話しているはずなのに、みんなニコニコしながら見守ってくれる。話が通じてるわけじゃない。
でもなんか、こんなに滅茶苦茶でも許されるんだなという、不思議な感覚が胸に残る。
「That’s all for today. Thanks for the great conversation.」
(今日はここまでだ。楽しい会話をありがとう)
巨大な人が大きい声で言う。
「Thank you very much. I really enjoyed the lesson.」
(ありがとうございました。とても楽しいレッスンでした)
「さ、サンキュー、シーユーレイター」
サラリーマン風の人が笑顔で立ち上がる。
ユウちゃんも立ち上がるので、どうやらレッスンが終わったらしいと知る。
「しーゆーれいたー」
巨大な人が笑顔で手を振るので、私も手を振り返して教室を出ていく。
気が付けば全身汗だく。受付には金髪の人が居て、「また来てね」的なことを言っているような気がする。
入口を出ると、夜風が気持ちいい。
体験授業という物を乗り越えたのだな、私は。
「あ、あの、サナギちゃん」
隣から日本語で声を掛けられて、一瞬なんのことか分からなくなる。
振り向くとユウちゃんが笑顔で見ている。
「あ、に、日本語話してもいいんですか?」
「うん、外に出たら、大丈夫みたい」
ふふふと笑うユウちゃん。
私はほっと一息。
「サナちゃーん!」
美希さんが走ってくる。
「サナちゃん、今日はありがとう!とっても嬉しかった!」
「わ、私も、すごい、楽しかったです!」
本当?と言いながらニコニコの美希さん。
「良かったら、また来てね。もうお試しじゃ無くなっちゃうから、無理にとは、言えないんだけど」
チラシのような物を見せてくる。
「あ、はい、見ておきますね!」
「ありがとう! 全然、無理しなくていいから! また神社でねー! See you later!」
笑顔で戻っていく美希さん。
しーゆーれいたー、と私も返す。
隣のユウちゃんもははっと笑う。
「年が近い人が来てて嬉しかった。今日はありがとう。とっても楽しかった」
ユウちゃんは高い身長に、可愛い笑顔。
「わ、私も、楽しかった、です」
「サナギちゃんが、お試しじゃなかったら、また会えたのにね」
少し寂しそうなユウちゃん。
いや、まあ、ははは、と苦笑い。
「そうだ、連絡先交換しない? またお話したいな」
「も、もちろん!」
スマホを見せ合ったあと、笑顔でユウちゃんは帰って行った。
お互いの姿が見えなくなるまで手を振り合う。
良い人だな、ユウちゃん。
「おーい、紗凪」
少し離れた所から父の声。
「終わったかい?」
うん、と大きく頷いて助手席に乗る。
「どうだった、英会話」
「全然わかんなかった」
ははっと父が笑う。
「でも、なんでか、すごい楽しかったよ」
はははと私も笑う。そうかと頷く父。
「それ、チラシか?」
あーうん、と言いながら、美希さんにもらったチラシに目をやる。
いくつかのコース名が書いてある。今日私がやっていたのは、どのコースなのだろうと気になって、じーっと見る。高校生以上カジュアルグループ英会話(水曜七時)の文字。これだな。
「そういえば、いくらぐらいなんだ、英会話って」
父が言うので、値段を見る。
「えっと、一万五千円みたい。一か月で」
ふーんという感じの父。
一万五千円かぁ。今なら払えない金額でもないなと思える。私は十一万円を持っているし。
「あのさ、お父さん」
「んー?」
「佳乃さんが良いって言ってくれたら、私、やってみようかな、英会話」
ハンドルを握りながら、ふふっと父が笑う。




