第二十四話 自分のために
香織さんが封筒を渡してくれる。
「はい、お嫁さん、今月もお疲れ様だったねぇ」
ん、なんだろう、お疲れ様の手紙でも書いてくれたのかな?
どうも、と受け取ってまじまじと見る。
「はい、禰宜さん」
「ありがとうございます」
ネギさんも封筒をもらっている。
「はい、こちら御前様の今月の分になります。ありがとうございました」
「ええ、こちらこそ、いつもありがとうございます」
佳乃さんにも渡している。全員分あるらしい。香織さんは、毎月全員にお手紙を書いているのかもしれない。ちょっと不思議に思うが、ありがたく頂戴しよう。
「あ、あの、開けてみてもいいですか?」
どうぞ、と香織さんがにこやかにこちらを見る。
少しドキドキとしながら封筒を開けて、中の紙を取り出す。
いったいどんなことが書かれているのかと緊張してくる。
取り出して見てみると、
四角いマス目が並んで、その中に沢山の数字も並んでいる、謎の紙。
しかもそれ一枚だけ。手紙かと思って期待してみたら、なんだこれは。
「あ、あの、これって……」
香織さんに向かって、「よくわからないのですが」という顔をして見せる。
「ああ、お嫁さんは初めてだったねぇ」
はははと笑う。
「は、初めてって、これ、なんですか?」
佳乃さんもこちらを見て笑う。
「お給料よ」
「お、お給料!?」
驚いて大きな声が出る。
みんなが、はははと笑う。
「金額的にみたら、お小遣いぐらいなんだけどね。いろいろ経費もかかってるから」
佳乃さんの言っている意味は分からないが、どうやら私はお給料をもらえたらしい。
お給料とは、お父さんや、お母さんも、時々もらっているらしいとされる、
いわゆる大人だけがもらえる “謎のお金”だったはず。
まさか、私は知らぬ間に大人の仲間入りをしていたのか。
「あ、あの、お給料って、お金じゃないんですか?こ、この紙って?」
ははっと香織さんが笑う。
「銀行に入れてあるのよ。お母さんから、銀行のカードを預かってないかい?」
そういえば中学卒業のときに、「無くさないように」と念を押されたカードがあったな。
あれのことか、と思い出す。確か実家の机にしまっていたはず。
お金のことだとわかって、もう一度さっきの紙を見直してみる。
色々書かれていて、意味が分からないが、最後の方に“実支給額 十一万二千円”という欄がある。たぶん、これがもらえたお金だと、ピンとくる。
「じゅ、十一万……」
触ったこともない大金で手が震える。
これだけあれば、前に見た、“キュート!中高生おすすめ冬のモテコーデ特集“に載っていた、馬鹿高いコートだって買えてしまうぞ。
「お金をもらったからといって、物を買ったりしては駄目よ、紗凪ちゃん」
佳乃さんが、真顔でピシャリと釘を刺す。
ドキッとして肩が震える。
「つ、使ったらだめなんですか?」
「駄目ではないけど、衣食住の最低限は経費から出ているわ。本当に必要な時がくるまで、無駄遣いはしないほうがいいわね」
佳乃さんは真顔。冗談ではなさそうだ。
使ったらダメなのかと、がっくり肩を落とす。
「まあ、まあ、御前様、初給料なんだし、少しぐらい何かに使ったらどうだい?」
香織さんが苦笑いしながら言う。
佳乃さんは溜息。
「そうですね、少しぐらいなら。紗凪ちゃん、お金というのはね、思ってもみない時に必要になるの。その場の思いつきで使ったらだめよ? 本当に必要なものだけにしなさい」
や、やった、使用許諾が出たようだ。
はい、と大きく返事を返す。
「十一万……、十一万……」
家事や掃除をしていても、十一万が頭から離れない。
使うなと言われているのに、これはまずい。気を抜いたら欲しかったもの、高くて買えなかったものがチラチラと思い出される。
や、やめろー!私を欲望の渦に飲み込ませるなー!
「紗凪ちゃん、ちょっといいかしら」
「は、はい!」
佳乃さんに呼び止められる。
私がお給料をブツブツ呟いていたから、怒られるのかもしれない。
「な、なんでしょうか!?」
緊張しながら、気を付けの姿勢をする私を見て、佳乃さんは首をかしげる。
「紗凪ちゃん、今晩、申し訳ないのだけど、御実家でお食事をとって来てもらえるかしら」
突然家に帰れと言われて困惑。どういうことだ?
「今晩、氏子の方から急にお呼ばれされてね、お夕食が一緒に出来ないの。紗苗さんにもお伝えしているから」
「は、はあ……」
怒られているようではないらしい。
ならば素直に言うことを聞いておいたほうが良さそうである。
「わかりました」
「今日はそのまま泊まって来てね。明日の朝は八時に社務所に来てくれたらいいから。それじゃあ、お願いね」
笑顔で去って行く佳乃さん。
家に帰るのもなんだか久しぶりだなと、ぼんやり考える。
母にメールでもしておくか。
夕方になり、みんなが帰り支度をし始める。
「お嫁さん、お嫁さんも、今日は帰るんだろう?」
香織さんに言われて、あ、そうか、と思い出す。
「じゃあ、また明日の朝にね。気をつけてお帰りなさい」
佳乃さんがにこやかに手を振る。
「は、はい、お疲れ様でした。失礼しました」
みんなにペコリと頭を下げて、社務所を退散する。
夕陽がオレンジ色の光を浴びながら、巫女服で実家に帰る。
すぐ近くなのだが、この帰り道も随分と久しぶりに歩いた気がする。
「御前様ー」
遠くから声がしたので、振り向くと、田んぼの中で作業している人が手を振っている。
なんだか分からないけど、私も手を振り返す。
「ただいまー」
実家に入ると、久しぶり過ぎて知らない家に見える。
「あ、紗凪、おかえりー」
奥から母が顔を出す。今日は“おかえり”だったなと、ちょっと一安心。
「よく頑張っているわね。紗凪の話が、村のみんなから聞こえて来てるわよ」
たぶん市長さんが来たときのことに違いない。
思い出すと恥ずかしいので、ははっと乾いた笑いだけ返す。
「今日お父さんも早く終わるみたいだから、隣町のファミレスに行かない?」
「え、あ、うん、いいね」
家族と外食など、いつぶりだろうか。なんでか知らないが、わくわくしてくる。
「じゃあ、すぐにお父さんを迎えに行くから、あんた、着替えてらっしゃい」
「はーい」
自室に戻って私服に着替える。
久しぶり過ぎて、どんな服がここにあるのか、完全に忘れてしまっている。
とりあえず適当に着こんでみる。まあ、これでいいや。
そういえば、せっかく戻ってきたのだ、銀行のカードとやらを回収しておこう。
机の引き出しを開けたら、すぐに見つかるカードケース。
引っ張りだしてみると、デビット/キャッシュと書かれている、これに間違いない。
いそいそと無くさないようにポーチに入れて、一緒に持って行くことにする。
車に乗って、駅に向かう。
しばらくは村の田んぼ道、次第に山道となり、そこを越えるとまとまった民家やビルの並びに出る。隣町に来た、もうすぐ駅だ。
合流して乗り込む父。
「おかえりなさい、お父さん」
「ああ、紗凪もおかえり」
何故かお互いが“おかえり”と言い合ってファミレスに向かう。
久しぶりの外食はそれなりに楽しい。
神社のことなど色々聞かれるが、そこは恥ずかしいので、スルスルとかわしてみせる。
食事の途中で、あ、そうだと思い出す。
私は給料をもらったのだ。それを自慢したい気持ちもある。
どうだろう、ここのお会計を私が出すというのは。
デビットカードというのは、たしか使った分を銀行から引き落とす仕組みと聞いたことがある。今カードを持っているのだから、払えるに違いない。
「今日は、ここのお金は私が払うよ」
ふふーんと、鼻高々で、どや顔をしてみせる。
ええ、と驚く両親。どうだ、驚いただろう。
「お金なんて、あんた持ってないでしょう」
「お給料もらったからさ、それも十一万だよ、十一万。私も大人になったんだよね」
ふふふーと笑って見せる。
両親はなぜか苦笑い。
「紗凪、それは、もっと大切な時にだけ使いなさい」
佳乃さんと似たようなことを、お父さんが言う。
「え、ここの食事代ぐらい良いじゃん、いっぱいもらったんだし」
両親揃って首を振る。
「そのお金は、紗凪が自分のために何かをしたいと思うときまで、大事に持っておきなさい」
お父さんも佳乃さんと同じように真顔。
別にいいのにと思いながら、ほっぺを膨らませる。
「まあ、でも良かったじゃない。お給料は頑張った証拠みたいなものよ」
にこやかに言う母。私も、うん、と笑って頷く。




