第二十三話 中吉
夕方になると窓口は終了。
境内にはまだ観光客が数名いるが、商品を仕舞い始める。
「よ、紗凪」
振り返ると颯太。
今日は見慣れないジャージ姿。
でかでかと高校名が書いている。
「お客さん、残念だけど、店じまいですー。帰った、帰った」
「客じゃねーって、友達友達」
「うち、そういうサービスはやってませんねー」
訪ねて来た幼馴染を無視して片付けを続ける。
相手をしてやってもいいが、コッチだってやることがある。
社務所の中では美希さんも片付けをしているし、
この後は夕食の準備もしないといけないのでな。
「この前、市長来てたんだって? テレビに映ってたぜ」
こいつも見たのかと、恥ずかしくて一瞬取り乱しそうになったが、
何とかこらえて平静を装おう。
「映ったっていっても、地域のケーブルテレビだし、村の人しか見てないでしょ」
正直言うと、村の人に見られただけでも十分に恥ずかしいのだが、
ここは何事もなかったかのように振舞うのが正解というもの。
特にこやつには恥じらいなど見せてやってはならぬ。
私の中にもプライドというものがあるのだ。
ほんの小さな親指大の戦士だが、そいつが恥じらいを見せることなど許さないのでな。
「もう、一人前の御前様って感じだったよな。偉い人とも一緒に映ってさ、なんかすげーよ」
一人前の御前だと? 本当にそう思ってるか?
美希さんの「フレッシュ御前様」を聞いたあとだと、どうにも胸に響かない。
「はいはい、思ってもないことを言うな。持ち上げても、何もやれないぞ。そもそも、おみくじぐらいしか置いてないが」
「あー、じゃあ、やろっかな、おみくじ」
「えー!?」
何を思ったのか、軽いことを言いやがる。
もうお金の片づけは美希さんが済ませてしまっているし、出来ないものは出来ないのだ。
「だーかーらー、もうお店閉めたって」
「一回だけ、一回だけ頼むわ」
はあ、子供か、コイツ。
「なんで急におみくじをしたくなったわけ?」
「レギュラーとりたいんだよ」
「レギュラー?」
「部活のレギュラー!」
ああ、そう言えばコイツ、剣道をやっていたな。まだ続けていたのか。
「なんだ?補欠なのか?おまえは」
「そうだよ。高校入ったら部員多くてさ、試合に出れないんだ。今年中に一回ぐらい公式戦に出たいしさ、それ、占わせてくれよ」
手を合わせて頭を下げやがる。
やめろやめろ、私は神様じゃないぞ。
お願いされたところで、店は閉まっているし、お金をもらう訳にもいかない。
さて、どう断るか。
ふと頭に良からぬ考えが浮かんでくる。
一番安い百円のおみくじは、棒を引かせて、その番号のおみくじの紙を棚から出して渡す仕組みだ。紙を渡すわけにはいかないが、おみくじの結果だけをコイツに知らせてやったらどうだ?これなら金をもらうほどじゃ、ないんじゃないか?
いや、ダメか?やっぱりダメかな?
「ん、どうした? 黙って考えこんで」
颯太が首をかしげながらこっちを見る。
なんか、その顔に腹が立つ。
「おまえがどうしてもやりたいって言うから、方法を考えてたんだ!」
「お、おう」
「もういい、ほら、おみくじ棒を引け、結果だけ私が見て教えてやる」
「え、いいの?」
驚いたような顔を見せる。
「おみくじの紙はやらんぞ。吉か凶かだけ教えてやる」
やった、とにこにこの笑顔の颯太。
ああ、怒られそうなことだけど、もう後に引けなくなってしまった。
きっと悪いことをしている。
バレてないかと周りをきょろきょろ。よし、誰も見てないな。
「はい、ほら、誰も見てない隙に、この筒を振れ、棒が出てくるから、番号だけ教えろよ」
「お、おう」
逆さにして、からから。一本の棒が小さい穴から飛び出てくる。
「えっと、18番」
「よ、よし、筒を返せ。直ぐに見て来てやるから、ここで待ってろ」
おみくじの筒をまとめて抱えるように持ち、片付けがてら社務所に入る。
中では香織さんと、美希さんが談笑している。
「あ、御前ちゃん、取り込むの手伝おうか?」
「あ、も、もう少しなので、私がやります!」
「大丈夫? 手が空いたから手伝えるけど」
「だ、大丈夫です! 直ぐに終わりますから!」
そ、そう? とややたじろぎ気味の美希さん。
誤魔化すために、声量が上がってしまった。
これじゃあ良からぬことをやっているみたいじゃないか。
やっているのかもしれないが。
ささっと片付けをしつつ、そっとおみくじの棚の側へ。
確か十八だったな。そろりそろりと小さい引き出しを開ける。
ぱっと目につく「大吉」の文字。
さっと閉める。
「じゃ、じゃあ、外の残り、取り込んできますね」
「うん、よろしくねー」
そそくさと逃げるように出る。
「ふー、ふー、ふー」
「だ、大丈夫か? なんかあった?」
颯太がちょっと心配そうに見る。
「う、うるさい、おまえのために無理をしたのだ。け、結果を教えてやる。いいか、よく聞け、私の頑張りを無下にするなよ?」
「お、おう、どうだった?」
神妙な顔つきになる颯太。ここで大吉だったと言えば、コイツは喜ぶだろう。
しかし、どうだ? 安心して練習をさぼったりしないか?
それに、大喜びさせるのも、なんだか悔しいような気もする。
どうする?
「だ……、中吉だ。が、頑張れば、レギュラーになれるかもな」
「そ、そうか、良い線いってるな!」
「い、以上だ! 今日は終わり! 帰れ帰れ! 私は忙しいんだ」
背中をぐいぐいと押して帰らせる。
「さ、紗凪」
「なんだ?」
「色々俺が想像も出来ないような仕事だろうけど、おまえも、頑張れよ」
ズキっと胸が痛んで立ち止まる。
「え、どうした? まずいこと言ったか?」
どう返して良いか分からない。私も自分が何を考えているかなど、言葉に出来ないのだ。
「頑張ってはいるさ。おまえと同じぐらい。いや、おまえ以上かもしれないぞ」
「あ、ああ」
「おまえも頑張ってレギュラーをとってみろ。そしたらまた来いよ、報告しに」
「ああ、また来るよ。とっても、とれなくても」
「とったらだ、馬鹿」
ははっと笑う颯太。私は全然面白くない。
帰って行く背中を見守る。
やつは高校生になった。やつだけじゃない、中学の友人のほとんどがそうだ。
みんな、それぞれに自分の活躍場所を見つけて前進している。
それに比べて、私はどうだ?
何もしてないわけじゃない。頑張っているはずだ。
ただ、村から出てないだけ、活躍はこの神社の中でだけ、ただそれだけのことだ。
そして、それはこの後も続いて行くのだ。
きっと、一生。




