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歴史に娶られ  作者: 剛申
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第二十一話 あなたらしく





佳乃さんと夕食の準備。

先に佳乃さんがお米を炊いてくれているようで、良い香りがする。

今は二人でおかずを作っているところ。

筑前煮の作り方を学びながら、煮込んでいく。


「いい感じね、おいしそう。後は火を消して、冷めるのを待ちましょうか」


「これって、冷まさずに食べたら駄目なんですか?」


「いいんだけど、冷めているときに味が染み込むの。だから、もう少しの辛抱」


ふふふと笑う佳乃さん。


昼間は市長さんも来ていて、ケーブルテレビのインタビューも受けて、

頭はフワフワ。

私が言った回答を佳乃さんはどう思っているのだろうか。

正解だと思っているだろうか。


「さあ、筑前煮が冷めている間に、御飯をよそいましょうか」


はいといって、炊飯器を開ける。白い湯気と、ふわっと甘い香り。

桜色の赤飯が綺麗な平面を描く。


「あ、お赤飯ですね、おいしそう!」


ふふっと笑顔か帰ってくる。


「今日は紗凪ちゃんの初仕事だったからね」


初仕事かと言われたら、ここに来てからずっと働いていたような気がするのでピンとは来ないが、山蛇の御前様の役をやったことは間違いなく初めてである。


「今日はよくできました。頂きましょうか」


「ありがとうございます、佳乃さん」


赤飯を二つの茶碗によそっていく。


「緊張したでしょう、急に人前に立たされて」


はははと苦笑いを返す。

お式の最中に笄を落としたことが鮮明に脳内にあり、冷や汗。

そのことを佳乃さんは怒ってはいないようだし、まだ自分から言い訳をしないほうがいいだろう。


「どうだった、御前の仕事をやってみて」


「はい、とても緊張したというか、市長さんたちの前に行った時は、もう頭も真っ白で」


ふふっと笑われる。まあしょうがない。

私だって、あの時の自分を見たら笑うだろうし。


「それでも、立派だった」


「え?」


きょとんとしながら佳乃さんを見る。


「今代の山蛇の御前様が、今日、あの場所におられた。とても頑張っている御姿でね」


「えっと……」


真っ直ぐに笑顔を向けられ、恥ずかしくなって、慌てるように炊飯器を閉じる。


「お、お茶入れますね」


照れるのを隠すようにポットからお湯を注ぐ。


「その後も大変だったわね。カメラの前に立たされたりしてね」


「あー、ははは……」


自分の醜態を思い出して、より恥ずかしくなってくる。


「私なんかがインタビューに答えてよかったんでしょうか」


「もちろん、今代の御前様は紗凪ちゃんだから、紗凪ちゃんが答えなきゃね」


冷めてきた筑前煮を大皿によそい始める佳乃さん。

インタビューで私が言ったことが正解だったのか、聞いてみたくなってくる。


「上手く答えられた自信がないんですが、あんな感じで良かったんでしょうか」


「そうねぇ」


テーブルの上にお料理を並べて二人で着席。

佳乃さんがお茶に一口つける。


「先代御前の私のことを、すごいと言ってくれていたわね」


いや、まあ、と恥ずかしさを隠す。


「先代御前の私のように、村のみんなから信頼されて、誇られる存在になりたいとか、そうも言ってくれてた」


「は、ははは」


ますます恥ずかしい。もう恥ずかしすぎて、佳乃さんの顔がみれない。


「嬉しいわ、そんな風に言ってもらえて。でもね、紗凪ちゃん」


「は、はい!」


ばっと顔を上げると、さっきまで笑顔だった佳乃さんは少し悲しそうな顔をしていて、

ドキっとする。


「紗凪ちゃんは、紗凪ちゃんらしい、山蛇の御前様になってくれたらいいのよ?」


「え……」


一瞬にして固まる。

私は何か間違ったのだろうか。あの時の回答は正解ではなかったのだろうか。


「私のやってきたことを、紗凪ちゃんが全部やらなきゃいけないなんてこともないし、紗凪ちゃんが思うように、御前の仕事をしてくれたらいい」


怒られているかもしれないと思って、黙って聞く。

肩も強張ってくる。


「今日の市長さんも仰っていたけど、この村は、大昔でこそ災害がよく起こる場所だった。しかし、村のみんなの絶え間ない努力や、新しい技術の力で、今や災害も起こりにくくなっているわ。もう何十年も山蛇様はお怒りになっていない。自然に絶対というものはないけれど、本来の山蛇の御前としての役目は、きっと終わりを迎えつつある」


え、それはどういうことだ。

佳乃さんは何のことを言っているんだ。難しくてわからない。


「目的も、お役目も、山蛇様の妻という肩書も、長い歴史の中で、その姿、形、見られ方が変化しながら今日を迎えている。そう思わない?」


話の全部を理解できるわけじゃない。それでも、なんとなくだが、佳乃さんの言おうとしていることは分かる。山蛇の御前様の仕事は、山蛇様の怒りを鎮めること。それがどうだ、私は災害なんて起きるとも思ってないし、起きた記憶もなければ、神社でも祈りを捧げてもいない。それが御前の本来の姿でないことは私にもわかる。


「だからね、紗凪ちゃんは、紗凪ちゃんらしく生きてくれたら、それで良いのよ」


少し悲しそうな目だが、私のために言ってくれているのだ。それだけは間違いない。


「ありがとうございます。自分らしく、ですね」


ええ、と佳乃さんが頷く。


「先代である私は、御前という本来の役割ではなくなった。今はもう、今代である紗凪ちゃんが御前としての役割を考えて行く番」


「えっと、私の考える番……」


私の番、途端に肩が重くなる。

これまで言われた通りにしていたのに、それでは駄目だと言われているような気さえする。


「そう、だからこそ、あなたらしく、あなたの思うような生き方をしてほしい。その結果、今の山蛇の御前という役割が、どんな形に変わっていこうとも、私はそれでいいと思っている。それが、今代の山蛇の御前様のご意思とならば」


まっすぐな佳乃さんの瞳。

今代の御前の意思なら? 佳乃さんは、何を言おうとしている?

私らしく生きてくれと、そう言っていることだけは分かる。



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