第二話 婚礼の儀
鳥居をくぐり、長い石の階段を上る。
重い着物が肩にずっしりとのしかかる。
階段の両脇に列になって並ぶ観光客らしき人々。
いっこうに拍手は鳴りやまない。
今日はどうして、こんなにも晴れているのだろうか。
着重ねられた着物が暑くてたまらない。
上りきった先に長い石畳。
先に見える大きな社。
そこに続く道は赤いコーンが並べられ、観光客を“とうせんぼ“している。
まっすぐに歩いているつもりだが、履きなれない草履でフラフラと身体が揺れる。
「紗凪、大丈夫?」
後ろからの母の声で、しゃんとする。
「大丈夫、大丈夫」
本殿の脇の小さな扉が開けられ、中に通される。
普段は入れそうもない場所で、入っていいのか緊張する。
広い敷地に屋根と柱だけの建物。
その真ん中に色違いの二つの椅子。
神主さんに、お座りくださいと言われるが、どっちに座ったらいいか迷う。
思い切って派手なオレンジ色の椅子に座ってみる。
何も言わずに去って行く神主さん。
正解の椅子だったに違いない。
ちょこんと座る私。
隣には誰も座ってない緑色の椅子。
屋根の外側に並べられた沢山の椅子に母たちが座り始める。
影に入って気温も丁度いい。
ぽかぽかとした陽気。
神主さんが祝詞のようなものを長々と読み始める。
なんだか頭がぼうっとしてくる。
温かくて気持ちいい。5限目の授業中みたい。
「先代、山蛇の御前様、御出座しにございます」
張りのある声で意識が戻る。
居眠りがバレていないかと恐る恐る母の方へ目をやるが、
誰もこちらを見てはいない。
皆が一点を見つめているので、つられてそちらに向く。
何層にも色違いの着物を重ね着した年配の女性。
巫女さんを引き連れて、本殿の敷地内に歩いてくる。
顔の見た目から、おばあちゃんと言うには、まだ失礼かもしれない。
私からみたら“おばさん“と見える年齢ではある。
「御一同様、ご起立ください」
準備していないことを、急に言われても困る。
気持ちは急ぎながらも、実際にはもたもたとしながら立ち上がる。
私の目の前に歩いてくる年配の女性。
向かい合う形となって、なんだか気まずい。
「これより、御継承の義を執り行います」
巫女から年配の女性へ手渡される木箱。
なにかなと見つめていると、女性が箱を開ける。
一本のくすんだ黒い金属棒。それが何かはわからない。
私の様子をニコニコと見つめる女性。
「私が預かるときには綺麗に補修してもらっていたのだけど、最近じゃあ、直せる人も居なくてねぇ。壊したり、なくしたりしないように、大事に持っておいてね」
私に木箱を渡してくる。
「さあ、これは貴方の物よ、受け取って」
そろりそろりと指で取り出して持つ。
小さくてもずっしりとした重さがある。
「あの、これは、なんですか?」
こらっ! と小さく母が言ったような気がしないでもない。
「これは笄と言ってね、かんざしのような物よ。千年間受け継がれてきた、貴重な物なの」
へえっと思いながら見ていると、
年配の女性や巫女さんは歩き去っていく。
金属棒を持っておろおろとしていると、神主が声を張り上げる。
「これにて、今代、山蛇の御前様、御継承、ご婚儀、謹んで結びとさせて頂きます」
その言葉が合図だったのか、ぞろぞろと大人たちが出ていく。
あ、終わったんだ、と、ほっと胸をなでおろす。
その後は境内で集合写真やら、何やらと、忙しく動かされ、気が付いた時には、
実家で着物を脱いでいた。
預かった金属棒は無くしたら大変なことになるらしいので、神主さんに返してある。
着替えが済んだら神社の宴会場に行かないといけないらしい。
大人たちの集まりはダラダラと長いので、気が乗らないのだが。
日も傾き始めている。
美容師さんと一緒に神社に向かう。
お祭りから帰る人が多いのか、珍しく渋滞する車の列。
「これから、大変だと思うけど頑張ってね」
ええ、まあ、それ以外に言いようがない。
「いつでも髪を切りに来てね。安くするから」
頷く。
と言っても美容室なんて村にいくつもある訳じゃない。
街まで出るのも面倒だし。
「紗凪ちゃん、こっちよ」
神社に着くと、見慣れない女性が手招きしてくる。
白と赤の巫女服。若い人ではない。
「今日はお疲れ様だったわねぇ。宴会に行く前に、あなたのお部屋を案内するわね」
知らない女性に親しげに話しかけられ、もじもじとしてしまう。
「ああ、急に話しかけてごめんなさいね。わからないかしら? 私、さっき儀式で会った、先代の山蛇の御前です」
ああ、そうか。
服装が違うのでわからなかったが、
どうやら、何枚もの着物を重ね着していた人らしい。
本殿脇に並んだ古い建物。
開かれた大きな引き戸の向こうに、沢山の靴。
どうやら此処が宴会場らしい。
騒がしく聞こえる宴の声。
女性に招かれるままに長い廊下を進む。
途中の曲がり角で、宴会の声が大きく聞こえたので、そちらに向かうのかと思いきや、
女性は黙って通りすぎていく。
「あの、お、御前さん?」
「ん、何かしら?」
女性が振り返る。
呼び方は御前さんで合っているらしい。
「こっちじゃないんですか?」
ふふっと笑う。
「宴会の後は片付けで忙しいから、先に説明しなきゃねぇ」
はあ、と相槌だけ打つ。
廊下の中ほどで、女性が襖を一つ開ける。
がらんとした6畳の和室。
畳まれた布団だけが置かれている。
「着替えは後でお母さんが運んでくれるらしいから、もう今日は寝るだけね」
「あの、この部屋は?」
「ん?」
きょとんとして首をかしげる女性。
「ここは紗凪ちゃんのお部屋よ」
私の部屋か。
家ではない場所に部屋が用意されている。
なんだか特別感。
「こっちの隣が私の部屋だから。困ったことがあったら、いつでも来ていいからね」
いつでも来ていい?
私もきょとんとしていたかもしれない。
「えっと、隣の部屋が、お、お、御前、さん、御前さんの部屋ですね」
ふふっと女性が笑う。
「言いにくいよねぇ、御前さんって」
はい、と相槌を打つが、なんだか恥ずかしい。
「良かったら名前で呼んで。私は佳乃と言うの。今じゃそう呼ぶ人もあまりいないけど」
「はい。佳乃さん、ですね」
佳乃さんがまた、ふふっと笑う。




