第十九話 ソロテスト
神社の境内に並んでお出迎えをする。
平日の昼前だが、ウジコさんたちも数人来ている。
「やあ、やあ、どうも足を運んで頂きまして、ありがとうございます」
神社の階段を上って来た、スーツ姿の人達を出迎えるウジコさんたち。
「みなさん、出迎えて頂きありがとうございます。この村の防災点検も近いので、安全祈願にはぜひ私も足を運びたいと思っておりました」
ハリのある声。氏子さんたちよりも随分若い男性。あの人が市長だろうか。
大きなカメラを持った人も居て、緊張する。
グウジさんがその人の前に、一歩前に出る。
「市長、この度は山蛇大社にようこそお越しくださいました。どうぞこちらへ、ご案内申し上げます。皆様もどうぞご一緒に」
グウジさんが市長を連れて本殿の敷地内に向かって行く。
佳乃さんと香織さんが、通り過ぎて行く人たちに会釈をする。
並んでいる私も一緒に頭を下げる。
市長さんが私を見て笑顔で会釈して通り過ぎる。
バクバクと心臓が高鳴ってくる。音楽のソロテストの時以来の緊張感かもしれない。
「紗凪ちゃん、紗凪ちゃん」
佳乃さんに肩を叩かれてはっとする。
「大丈夫? 体調悪くなってない?」
「は、はい、だいじょうぶ、たいちょう」
カチコチの私を見て佳乃さんも、香織さんも苦笑い。
「うーん、これは、随分と舞い上がってしまっているようだねぇ」
香織さんがはははと笑う。
私も口からはははと音を出す。
佳乃さんが少し溜息。
「さあ、紗凪ちゃん、すぐに出番が来るから、持ち場に行きましょうか」
はいと言って佳乃さんについて行く。
本殿の敷地の横の扉。呼ばれたらここから入る段取りだ。
入るのは佳乃さんではない。私ひとりで入るのだ。
要するにだ、何を隠そう、つまりここから、私一人で入らなければならないのだ!
中でグウジさんがぼそぼそと話しているのが聞こえる。
恐らくこれが祝詞というやつだ。それが終われば、まもなく出番がくる。
「これより、今代山蛇の御前様による、山蛇様と歴代御前様への感謝の儀を謹んで執り行わせて頂きます」
ネギさんの大きな声。
カチコチの私。
佳乃さんが慌てて、代々受け継がれてきた“笄”を手渡してくる。
完全に忘れていた。椅子の上に置き忘れる所だった。
「紗凪ちゃん」
佳乃さんの優しい声。
「見守っているから、行ってらっしゃい」
首を大きく縦に振って応える。
がらがらと扉をネギさんが中から開けてくれる。
こちらを見てニコリと笑顔。私に返す余裕などないぞ。
どしんどしんとでも音がなるような私の足運び。
一歩一歩がとてつもなく重い。
自然と視点が泳ぐ。大きなカメラがこちらを向いている。
撮ってやがる!この私のカチコチぐあいを!カメラが!
笄を持つ手がぶるぶるとするのを必死に抑えて、
市長さんたちに向かって90度身体を回転。
ひとつ目のやること、お辞儀。ペコリ。
市長さんたちも私に頭を下げる。
よ、良し、一つ目クリア。次は身体を180度回転。お社に向き直る。
着物の裾に気をつけてと言われていたので、顔を下げて確認。問題なし。クリア。
つ、次だ、一歩前に出て、笄を掲げて、感謝の言葉を述べる!
行くぞ!
笄を持った両手を突き出して、頭を下げる。
「皆さま、ご低頭ください」
ネギさんの声。そして私の番。
すーっと息を吸う。
「こんにち、まで、この村を、お守りくださいました、やまへびさま、と、おみゃ、おまえさまの、みなさまに、かんしゃ致します」
「お上げください」
頭を上げる。心臓バクバク。口からはふーっふーっと大きい息。
二つ目、感謝の言葉、クリアだ! たぶん……。
次!三つ目、社の前の机の、ちっこい座布団に笄を置く!
ずしん、ずしん、重い十二単を引きずるようにして前へ。
目の前に机に笄を置こうと手を伸ばす。
ぶるぶるぶる。
右手が言うことを聞かない。置き場所が定まらない。
お、置け、私!さっさと置いてしまえ!
からん。
手から笄が落ちた。
まずいことに、座布団の端に当たって地面まで落ちてしまった。
からからと転がる音。
途端に頭が真っ白になる。
どうしたらいいんだ。痛恨のミスだ。拾い上げるのが正解か?
拾っていいのか? 分からない、どうしたらいい?
ささっとネギさん歩いて来て、笄を拾って座布団へ置きなおす。
「御前様、ありがとうございます」
私の肩をネギさんが持って、ぐっと180度回転。
そしてネギさんが市長さんたちに頭を下げる。
それに合わせて私も急いで下げる。
「以上、感謝の儀でございました。御前様、どうぞ、お戻りくださいませ」
ネギさんが私の肩を持ったまま扉に連れて行ってくれる。
頭の中は真っ白。
扉の所で待っていた佳乃さんに、ネギさんがバトンタッチして、すっと扉を閉める。
「お疲れ様、紗凪ちゃん」
なぜか、涙がぽろぽろと流れてしまう。
悲しいわけじゃない、自分でも何故泣きだしたか分からない。
笄を落とした。大事な場面で失敗した。
初めて経験する気持ちだ。
もしかしたら、これが悔し涙というものかもしれない。
ぎゅーっと抱きしめてくれる佳乃さん。
「静かにね。まだお式は続いているから」
温かい佳乃さんの身体。
「よくできた。えらいわ。えらい、えらい」
頭をなでられ、更に涙が溢れる。
決して上手に出来てなどいなかった。
佳乃さんなら、さっきみたいな失敗はしないだろう。
私は駄目だ。駄目な奴なんだ、私は。




