第十八話 高貴な御身分
とんとんとん、とネギを切って夕食の準備を進める。
ウジコさんたちの集まりがあった日から、ずっと頭の中がフワフワとしている。
何かを考えようとしても、浮かんでは消え、何かを考えようとしても、ぼんやりとしてまとまらない。
「い、痛!」
包丁で指先を切ってしまい、血が出る。
「だ、大丈夫、紗凪ちゃん!」
佳乃さんが慌てて駆け寄る。
「まあ、大変、ちょっと痛いけど、我慢してね」
そう言って水道から水を出し、私の腕を持って流れる水に指先を当てる。
「し、染みる!痛い、痛い!」
「うんうん、よく頑張ったね。そこの椅子に座って待っていて、すぐに絆創膏を出すから」
言われるがままに椅子に座って、指先を押さえる。
棚から救急箱を取り出す佳乃さん。
「刃物を使う時は気をつけなきゃ。大丈夫?」
私の指先に絆創膏を貼ってくれる。
「ありがとうございます」
「何か考え事?」
ドキッとして指先が震える。
「い、いえ、ぼーっとしていて」
「そう、でも駄目よ、お料理の途中は危ないから」
こくりと頷く。
絆創膏を貼り終わって、はい、出来たと佳乃さん。
「明日は着物を着るし、血が付いたら大変だしね」
ふふっと私を見て笑う。
「明日、えらい人がくるんでしたっけ」
「そうよ、市長さんが安全祈願にね」
「えーっと、あの、私は、その、難しいことはしなくていいんですよね?」
しどろもどろに仕事の内容確認。
「ええ、私も側にいるから大丈夫。朝早くから御着付の方がいらっしゃるから、紗凪ちゃんはその準備ね」
分かりましたと返事を返す。
とうとう大きな仕事を任される番になったのかもと、一気に緊張感が増してくる。
どのような役割か、それは私などで大丈夫なのだろうか。また一段と頭がもやがかる。
分かっているのは指先がズキズキと痛いということだけ。
次の日は早朝の掃き掃除はしなくてもいいと言われ、
神社の一室で待たされる。
そわそわしていると、ネギさんや、村のおじさんたちによって、
沢山の箱が運ばれてくる。
これがどうやら、私の着る着物らしいのだが、大きな箱がいくつかあり、
本当に服が入っているのかと疑ってかかる。
「今代様、今日はお願い致します」
おばあちゃんと呼んでも怒られなさそうな年代の女性が入ってくる。
慌ててお願いしますと私が返し、にこやかに笑ったと思いきや、見た目とは真逆のテキパキした動きで、箱から着物を出して床に並べ始める。
色とりどりの何枚もの着物たち。もしかして、これを全部着るのかと不安になる。
「はい、手を上げて」 「はい、下げて」 「はい、右手をあげて」 「はい、下げて」
おばあちゃんから飛ぶ連続した指示。
言われるままに動くと、袖に腕が通り、何がなんだかわからないまま着物が出来ていく。
こんなゲームやったことあるなと思いながら、言われるがまま。
たしか旗上げゲームだったっけ?
ぎゅっと紐で腰をきつく縛られて、うぐっと息が詰まる。
このおばあちゃん、想像以上にパワーがあるなと冷や汗。
それも一回で終わりではなく、着物を一枚重ねるたびに、また紐で腰を締めなおされる
その都度、うぐ、お、と声が漏れる私。しかし何食わぬ顔のおばあちゃん。
もしや私に何か恨みでもあるのではないかと不安になってくる。
「さあ、出来ましたよ」
鏡に映る何枚も色とりどり着物を重ね着した私。
まん丸と膨らんで見え、不安になる。
しかし、まじまじとよく見ると、どこかでこの着物を見たことがあるような気もしてくる。
「御前様よりも、少し背が低いからねぇ。まあ、でもよく似合っておいでだわ」
うんうんと着せ終わって、満足そうなおばあちゃん。
「あ、あの、これって佳乃さんが着ていた着物ですか?」
そう、と大きく頷くおばあちゃん。もはやその目は、若いの、良くぞ気が付きなすった、と言っているようだ。言ってないけど。
「ああ、先代の御前様がこの前にも着ていたねぇ」
「あのー、この着物ってなんです?」
聞いても良さそうな人かな、と思って聞いてみる。
「これは十二単というものさね。知らないかい?」
聞いたこともない。わかりませんと首を振る。
うんうんと頷くおばあちゃん。
「平安の御貴族様のお召しになっていた着物さ」
「平安、……時代?」
「そうさ、高貴な御身分の方のね。お雛様とか見たことがあるだろう? お雛様も十二単をお召しになっている、どうだい、同じように見えるだろう?」
ひな人形のことだと思うが、こんな衣装だっけ?
頭の中で思い出すひな人形の姿。そして目の前の鏡に写る、衣装で着膨れした私。
同じかと言われたら、比べる前に、自分のちんちくりん度で上書きされる。
「おなじ、同じ、ように、見えます、たぶん」
怒られたら嫌なので、同意するフリ。
そうだろうと大きく頷くおばあちゃん。
「この衣装も先々代の御前様から着付をさせてもらっていてね。着物自体は私が働きだしたころにはあった物だ。その前の御前様も着ていたかもしれないねぇ」
そう言われると、防虫剤の臭いがしないでもない。
所々が痛んでいるようにも見える。
いや、これは口に出すのはやめておこう。
「お、重い……」
おばあちゃんに付き添われて本殿に向かって歩く。
前に着た花嫁衣裳に匹敵、いや、それ以上の重さがあり、一歩一歩がずしずしと重い。
一瞬にして息が上がる。
「まあ、良く似合っているわね」
本殿の敷地内で待っていた佳乃さんが笑顔で迎えてくれる。
「さあ、市長さんたちがいらっしゃる前に、予行演習をしましょうか」
ふふふと笑顔。大丈夫だろうか。




