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歴史に娶られ  作者: 剛申
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第十七話 家の者として





「紗凪、御前様の言う通りにしていなさい」


氏子たちの集会を出て、部屋で待てという佳乃さん。

それに母も同意しているらしい。

他のウジコさんたちも一旦話すのを止めて、私が出ていくのを待っている風に見える。


「わ、わかりました」


すっと立ち上がって逃げるように広間を出ていく。

振り返っては、失礼しました、と職員室を出るときみたいにして、襖をすっと閉める。


部屋に戻っていろと言われたが、どうにも父と母が心配になってくる。

この後、ここで一体何が話されるのか気が気でない。

広間の隣は小さな物置部屋がある。

部屋に戻るふりをしながら、静かにそこへ隠れる。

暗く、ほこりっぽい室内。

壁に耳を当てて聞き耳をたててみる。


「さて、紗凪ちゃんも戻ったようですし、お話を続けましょうか」


佳乃さんの声。私がここに隠れたのはバレてはいないらしい。


「失礼しました、御前様。主人が変なことを言い出してしまったので、つい大声を出してしまって」


母の弁解の声が聞こえる。


「いいのよ、紗苗さん。ねえ、太一さんにも聞いてほしいの。少しお話をしていいかしら」


佳乃さんが、母と父の名を呼ぶ。

はいと小さい母の声。


「紗凪ちゃんから聞いたのですけどね、もしかして、家ではあまり、神社や御前の話をされてこなかったのではありませんか?」


少しの沈黙があって、ざわざわとざわめきはじめる。


「お、御前様、それは」


「私が止めていたんです」


母の言葉を父が遮る。

一段とざわめきが強く聞こえる。


「皆さま、どうか落ち着いて。ねえ、太一さん、どういうことか教えてくれないかしら」


しーんとした長い沈黙。

私は盗み聞きをしている後ろめたさか、それとも、見つからないかを気にして緊張しているのか、いつもよりも鼓動が早く感じる。


「私は、紗凪がこの大社の御前になることには、高校を卒業してからでも遅くはないと思っていました」


「あなた! 皆さんの前でやめて!」


「紗苗さん、落ち着いてください。太一さんの話を聞きましょう」


母の大きい声を佳乃さんがなだめる。

私が高校を卒業だと? 高校に行かなかった私がか?


「太一さん、続けてください」


「はい。結果的に紗凪は、大社の御前になると決めていたようで、高校に進学もしませんでしたが、親としては、その、あの……、それでいいのかと、疑問に思っていたのが正直なところでして……」


静かに息を飲むような気配がする。


「もうやめてよ。決まったことじゃない」


母の声。


「宮川の婿さん、親としての気持ちは分かるがね、山蛇の御前様は十五歳から嫁入りするとの習わしだ。歴代の御前様もそうしてこられた。御前様も今年還暦を迎えられるのだから、高校を卒業してからという訳にもいかないよ」


誰かの声。


「それにこのことは、随分前から決まっていた風にも思うけどね。宮川さんが生きていたときは、孫を御前様にすると随分と意気込んでいたはずだ。現に今代の御前様は、進学の意思もなかったようじゃないか」


「それは、違います!」


父が怒っているような言い方をする。

おじいちゃんと喧嘩していた時が思い出されて、胸が苦しくなる。


「紗凪は妻のお義父さんから、中学を卒業したあとは神社で暮らすのだと小さい頃から聞かされてきたのです。そうなってしまったのは仕方がないでしょう」


どんよりと胸の奥が重くなっていく。

父の言っていることは、半分は当たりなのかもしれない。

私は自分の将来が決まっているものなのだと錯覚していたのは事実だ。

それがどういう物なのかも知りもせずに。


そして、認めたくないが、言い訳出来ないもう半分の理由もある。

それは私自身の、単なる怠惰だ。

私は学校の勉強がそもそも好きではなかったから。

受験勉強に勤しむ友人たちを尻目に、私には不思議と解放感があった。

神社で働けば勉強しなくていい。受験もしなくていいし、高校生になって学校で勉強しなくてもいい。そんな自分勝手な考えだ。


「まあまあ、旦那さん。それは無理だというのは、貴方も分かっていたでしょう」


別の人の声。


「ちょうど十五を迎える女子も少ない。その中でも、御前様の役割を引き継げそうな、昔から村と深い関わりのある家の子など僅かだ。そのことは宮川さんも言っていたじゃありませんか」


「ええ、私も理解はしたかったのです。しかし、私はこの村で育った人間ではありません。村の慣習にも馴染めていない中で紗凪を授かりました。だからこそ、紗凪が大きくなるにつれて、これで良いのかと思い始めてしまって、申し訳ありません。今更、何を言っても遅いことは承知しているつもりです」


また静かになる。長い沈黙。


「ねえ、太一さん」


佳乃さんだ。


「どうして高校卒業後ならと思っていたのかしら」


「それは……」


父も言いにくいのかもしれない。言葉に詰まったのだろう。


「良いのよ、正直に言って欲しいの」


「はい……。本当は、紗凪にも他の子と同じように、自分の人生を考えるだけの時間を与えて頂きたかったのです。何も分からない小さい頃に決められるのではなく」


父が続ける。


「十五では人生を決めるには早すぎる。他の子と同じように、自分で決められるだけの時間を与えて欲しかったのです」


父が私をそんな風に思ってくれていたなんて初めて知った。

私が自分自身で人生を考え、御前様になることを納得したうえで引き受けるべきだと、そういうことだろうか。

私は皆とは違う進路になるんだなと、ぼんやりと思っていた。

確かにそれは自分で決めたとは言い難いだろう。


しかし、父の言うことにも疑問がある。

高校卒業をするまでに決めていいと言われたら、私は山蛇の御前様になると言えただろうか。後三年の時間を与えられていたら、もっと色んな事を知ってしまったかもしれない。

それでも私はやると言えるのだろうか。


耳を澄ましていると、また別の誰かが話し始める。


「あなたの言うことはわかる。御前様になる子には覚悟が必要だ。だからこそ宮川さんは、お孫さんが小さい頃から、次の御前様になるのだと言い聞かせながら育てていたんじゃあないのかい。御前様が還暦を迎えられるのは、お孫さんが十五になる年だ。婿さんもそれをわかってくれているだろうと、宮川さんは思っていたんじゃないかねぇ」


「そう、聞いてはいたのですが、年々納得できなくなってきまして……すいません」


「ねえ、紗苗さん」


佳乃さんが割って入る。


「はい」


「紗苗さんはどう思うのかしら」


佳乃さんが母へ訪ねる。

私も息を殺して耳を立てる。


「わ、私は……」


「ええ」


「私は……、私は、宮川の家の娘です」


しどろもどろに話し始めた母が、語気を強めていく。


「私の両親も、祖父母も、宮川家は村と深い関わりを続けてきた家ですし、一族の系譜には、かつて御前様となった方も居ると聞いています。私自身も、小さい頃から神社にはお世話になってきましたし、御前様にもよくしていただきました。人生の節目には、御前様に何度も相談に乗っていただき、助けて頂きました」


母が家のことを人に語るのは初めて聞くかもしれない。

それはこれまで、おじいちゃんの役割だったから。


「そのことからも、紗凪が御前様になれば、村のみんなが紗凪を守ってくれると信じていますし、それはきっと、あの子にとっても幸せなはずです」


ずきっと胸が痛む。


「私は、私の尊敬する御前様のように、村に必要とされる御前様に紗凪がなってくれるのなら、これほど親として誇らしいことはありません」


どんよりと身体が重くなる。

何故こんなに胸の奥が痛いのか、自分にも分からない。



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