第十五話 直会
佳乃さんと台所で夕食。
「今日は忙しかったわね、頑張ってくれてありがとう」
茶碗を手に持って向けられる。
これは、どういうことだ。
「お疲れ様」
にこにこしながら、まだこちらに茶碗を向けている。
こ、これは、乾杯だ!そうに違いない!
急いで茶碗を持ち上げて、こつんと当てる。
ふふっと笑顔の佳乃さん。
やった、正解だ!
静かに食事を始める佳乃さん。
私の頭の中には、もやもやが残っている。
昼間の結婚式では、昔から花嫁の洋子さんを知っていたような口ぶりだった。
二人は知り合いだったのか気になる。
「あのー、佳乃さん、質問いいですか?」
「ん? はい、なにかしら」
ふふふと笑う佳乃さん。
「今日の花嫁さんは知り合いだったんですか?」
「んー、そうねぇ」
お箸を置いて遠くを見るような目。
「知り合いではあるし、でも良く知っているとも言えない。そんな感じかしらね」
ちょっと意外だ。結婚式の最中はあんなに親し気に話していたのに。
「意外な回答だったかしら?」
ドキッ。見透かされたかと思って驚く。
にこにこの佳乃さん。
「村の人達とは、特別親しくはない。それでもみんなのことを知ろうとしている。こう言うのが一番近いかもしれないわね」
どういうことだ? 理解が追い付かなくて、頭をひねる。
「みんなのことを、知ろうとしてる……、んですか?」
ええと頷く。
「私はこの村から離れられない。だからこそ、村のみんなことを知っておきたいの」
静かに笑ってお茶を飲む。
みんなとは、どれぐらいの人を言っているんだろうか。
私の家族のことなんかも知っているのだろうか。
「佳乃さんは、私の家族のこととかも知ってたりするんですか?」
佳乃さんは少し驚いたような顔をして、すぐに笑顔に戻る。
「もちろんよ。紗凪ちゃんのおじい様には、大変お世話になっていたから」
「え、おじいちゃんに?」
ええ、と大きく頷いて続ける。
「この山蛇大社にとって、無くてはならない方だった。氏子を代表して、いつも前に出て働いてくださる方でね。私達を引っ張って行ってくれる、優しくて、力強い方だったわ」
そうなのか。
おじいちゃんは、家では父と喧嘩していたばかりの怖いイメージがあるが、
佳乃さんにとっては、優しい人に見えていたんだな。
「紗凪ちゃんのお母さんも、小さい頃から知っているし、村に来てからだけど、お父さんのことも知っているわ。もちろん、紗凪ちゃんのこともね」
「え?」
私のことを前から知っている? なんで?
「紗凪ちゃんは覚えていないかもしれないけど、小さな時にはおじい様に連れられてお花見に来たりね。おじい様は紗凪ちゃんが大層お気に入りのようだったから」
くすくすと佳乃さんは笑う。
覚えていたのか、そんな前のことを。
私が小学生になる前のことだぞ。
「残念だけど、小学校に上がってからは、あまり来てくれなくなっちゃったわね。でも、紗凪ちゃんのお母さんから時々話は聞いていたわ。書道を習い始めた。下手だし、上達も遅い、でも根気はあるようだ、なんてね」
は、母め!
無理やり通わせておいて、よくも言う!私はこれでも不器用なりに頑張ったんだぞ!
「懐かしいわね」
ふう、と静かにため息をひとつ。
「でも、きっと紗凪ちゃんのお父さんは、この神社が苦手だったんじゃないかしら」
「え?」
少し暗い顔をする佳乃さん。
「きっと、今も苦手なのかもしれない。ただの、私の想像なのだけどね」
確かに父から神社の話を聞いたことはない。
おじいちゃんが神社の話をしているとき、最後にはいつも喧嘩になっていた。
だから父はおじいちゃんが嫌いなのかと思っていたが、
もしかしたら、神社が嫌いだったのか。
「私からも一つ質問を返してもいいかしら」
ふふっと笑顔に戻る佳乃さん。
真っ直ぐにみられると少し緊張。
「は、はい。なんでもどうぞ」
佳乃さんが目を閉じて、小さく息を吐く。
「紗凪ちゃんは、山蛇の御前の話を、家ではあまり聞いてこなかったんじゃないかしら?」
ず、図星だ。
いや、これは仕方がない。だって、私はわかってないことだらけで神社に来たし、
そのことで、知らず知らずに佳乃さんたちに迷惑をかけていたに違いない。
お説教か?ここからお説教が始まるのか?
「え、ええ、まあ、はい」
しどろもどろ。
ふーんという感じの佳乃さん。
「それは……、どうしてなのかしらね」
笑顔のまま真っ直ぐに見つめられる。
こ、これは、なんと返答したらいいんだ。ごめんなさい、か?
言い訳をしたほうがいいか?
「ね?」
佳乃さんから静かなプレッシャーを感じる。
い、言い訳しよう!決定!
「い、家では神社の話が出ると、お父さんが怒るので、タブーみたいになってました。だ、だから、あんまり話題には上がらなくて、その、あの」
すまん父よ!
とっさに盾にしてしまった!致し方なかったのだ、ごめんなさい!
佳乃さんが一瞬悲しそうな顔をして、顔を伏せる。
「え、えと、佳乃さん?」
「ん-ん。ごめんなさい、このお話はやめておきましょうか。ご飯が冷めちゃうわ」
ふふっとまた笑顔に戻る。




