第十四話 祝杯
「紗凪ちゃん、大丈夫? 体調が良くないの?」
台所に佳乃さんが慌ててやってくる。
「大丈夫です。ちょっと頭がぐるぐるしてしまって」
すくっと立ち上がる。
「本当に大丈夫? 無理してない?」
大丈夫と言って見せるが、心配そうな佳乃さん。
すっと手を伸ばして、私のおでこに手のひらが当てられる。
「熱はないようね。無理な時は遠慮せず言っていいからね」
なんかお母さんみたいだな。そんなことを考える。
「紗凪ちゃん、この後の結婚式ね、出来るなら見学して欲しいの。いつか紗凪ちゃんも、やることになると思うから」
やることになる。
それはきっと、花嫁として結婚式を“やる”ということではないのだろうな。
神社のお仕事を、見て学べということだろう。
しまった、また、頭がモヤモヤ。
「わかりました」
「うん、無理だったら、途中で出て行っても大丈夫だから。後で呼びに来るね」
佳乃さんは不安そうに台所を後にする。
入れ違いで香織さんが戻ってくる。
「この後のお役目、出来そうかい?」
「はい、見学だけですから」
気乗りしない所もあるが、お役目なら仕方ない。
しばらく台所に一人で待っていると、広間から人の声が遠ざかる。
どうやら、みんな出て行くようだ。
私はここで待っていて良いのかなと心配になる。
「お待たせ、紗凪ちゃん」
佳乃さんがやってくる。何やら金色の髪飾りをしている。
「行きましょうか」
頷いて佳乃さんについて行く。
境内に出て、本殿のほうへ向かう。
雅楽の音が鳴り響く。先週私が聞いた音楽。
どうやら、さっきの人たちは既に中に入っているらしい。
「少しここで待っていてね」
本殿に入る扉。その横の並んだ小さい椅子に座らされる。
「お呼びがかかったら入ろうね。中に椅子があるから、案内するわね」
はい、と小さく返事。とりあえず言われたようにするしかない。
いつの間にか雅楽の音が鳴り止んでいる。
「これより~、先代、山蛇の御前様より、お神酒を拝戴いたします」
ネギさんの声が中から聞こえる。
佳乃さんが私に目配せ。それに頷く。
扉を開けて入って行く佳乃さん。私はぴったりと後ろについて入る。
茶色い神主さんの服を着た人たちが、雅楽を奏でる。
さっきの広間に居た人達が並んで座っている。私の時、家族が座っていた場所と同じだ。
そして私が座っていた、オレンジと緑の椅子には、
これから結婚すると思われる花嫁と、花婿が座っている。
「御前様」
「ありがとうございます、御前様」
座っている人達が口々に佳乃さんへ声をかける。
結婚する夫婦の近くまで歩くと、佳乃さんが空いている椅子に私を座らせる。
そして、夫婦の前まで歩いて、立ち止まる佳乃さん。
「洋子ちゃん、結婚おめでとう。美しい花嫁さんになったわね」
「ありがとうございます、御前様」
佳乃さんの声に応える花嫁さん。
グウジさんが赤い徳利を持ってきて、佳乃さんに渡す。
「さあ、お二人さん、お立ちになって」
立ち上がる夫婦。
二人の前の机に置かれていた盃を、佳乃さんが持ち上げて花嫁に渡す。
「洋子ちゃんは、小さい頃、人の話を聞かなくて、良く怒られていたわね」
「はは、やめてくださいよ、御前様」
花嫁の盃に、徳利からお酒を垂らす。
「お転婆で、頑固で、夜にお父様と喧嘩をして家出をしたこともあった。誕生日のケーキがイチゴのケーキじゃなくて怒っちゃったのよね。よく覚えてる」
はははと並んでいる人達が笑う。
「でも、本当に大変だった。あの時は、村のみんなに声を掛けて、駆け回って洋子ちゃんを探したわ。みんな必死だったのよ? 怪我してないか、事故にあってないかって。私も大きな声で洋子ちゃんを探したわ。みんなが洋子ちゃんを心配していたのよ?」
「……はい、ごめんなさい」
花嫁が少し震えているようにも見える。
「この神社の裏の林に隠れていたのよね。氏子の方が見つけてくれてね。見つかって、何処にも怪我が無くて、嬉しかったわ。お父様もお母様も、泣きながらあなたを抱きしめていたわね。洋子ちゃんに何事も無くて、本当に良かった。みんなが喜んだ」
「はい……」
すん、すん、と並んでいる人達から、涙を流す人も出始める。
「それからは家出もしなくなって、中学校ではトランペットを吹いていたわね。夕方になって、川辺から吹奏楽の音楽が聞こえてくる。それが村の一日が終わりに近づく合図。洋子ちゃんが、この村の毎日にリズムを作ってくれていた。その音楽が聞こえてくると、今日も洋子ちゃんは頑張っているんだなって、私は嬉しかった」
花嫁の両親だろうか、ハンカチで顔を押さえている人もいる。
花嫁もじっと目に涙を浮かべている。
「あの、元気で、お転婆な洋子ちゃんが、今日、こんなにきれいな花嫁さんになっている。嬉しいわ」
「ありがとうございます……、御前様」
「こちらこそ、ありがとう洋子ちゃん」
佳乃さんの優しい笑顔。
「あなたのおかげよ。あなたが居てくれた時間が、みんなの中の思い出なの。あなたが居てくれたおかげよ」
佳乃さんの目もすこし潤んでいる。
「これからも沢山の思い出を作って、分けて頂戴ね。さあ、お酒をお飲みになって」
「はい……」
盃に口をつける花嫁。
飲み終えた盃を佳乃さんが受け取って、今度は花婿に渡す。
「花婿のご家族様方、こんな遠いところまで、ようこそおいでくださりました」
ゆっくりと並ぶ人達にお辞儀する佳乃さん。みんなもお辞儀を返す。
「花婿さん、洋子ちゃんはこういう頑固な子です。迷惑をかけることもあるでしょう」
徳利からお酒を注ぐ。
「もしかしたら、生活の中で、嫌なことを言うかもしれない。貴方を怒らせることもあるかもしれない。でもね、人一倍、元気があって、今でも村を大事に思ってくれる、優しい子なのよね」
花婿に微笑みかける。
「どうか、離れずに、投げ出さずに、いつまでも側で伴奏してあげてね。お願いよ」
「はい、もちろんです」
「ありがとう。さあ、どうぞ、お飲みになってくださいな」
花婿が盃を飲む。
佳乃さんはその後も交互に盃を渡しながら声を掛ける。
きっと何年もこうして花嫁を送り出してきたに違いない。
毎日、村の人たちを見つめ、困ったことがあったら助けて、そして祝福する。
山蛇の御前様として、ずっとこの村を守ってきたんだ。佳乃さんは。




