第十話 他所の男
一通りの家事を終えて、手が空く。
やることがないなら、社務所にいる方がいいのかもしれない。
しかし居づらいので、境内をうろうろと散策する。
もうすぐ日も傾き始める。
そうなれば、佳乃さんと二人きり。
きっと、もっと気まずくなる。
「おーい、紗凪!」
聞き覚えのある声。
振り返ると幼馴染の颯太。
「元気にやってるか?」
面倒な奴が、面倒なタイミングで現れた。
はあっと溜息をつく。
「なんだよ、様子見に来ちゃ駄目だった?」
「別に。忙しいの、こっちは」
「さっきは暇そうにしてたけど」
はあ……。
面倒だから帰れという意味で言っているのだ。
本当にこいつはデリカシーがない。
「悪かったな。忙しいもんな、紗凪は山蛇の御前様なんだし」
「なにしに来たんだ。というよりも、なんだ、その服は」
「学校からの帰りに来たんだから、そりゃあ制服だろ」
紺色のブレザーを羽織っている。
昔から男子の制服と言えば学ランと決まっている。中学ではそうだっただろう。
「他に制服はないのか。そんな、都会かぶれな制服を着て来るな」
「いやいや、制服は個人で選べないだろ」
困惑する颯太の顔。
そうだ、丁度いい。コイツにも聞いてみよう。
「あのさ」
「なに?」
「山蛇の御前って、あんた知ってる?」
「え?」
いちいち驚いたような顔をするなよ。
「知ってるよ。御前様だろ」
それが何か知っているかと聞いているのに。
「その役割って話」
あー。という顔。
「よく知らね。というか、紗凪なんじゃないの? 今の御前様って」
駄目だコイツ。
もっと世の中に関心を持ってだな……。まあ、人のことは言えないか。
「御前様は、神社で一生に近いぐらいの時間を過ごすんだよ」
「うん。聞いたことある」
「災害が起きないようにって、祈りながら」
「うんうん」
「一生だよ? 結婚もせずに!」
「うん、まあ……」
なんだと? 知っていたかのような反応をするなよ。こっちが困るだろ。
「それをわかって、御前様になったんだろ? 村のみんなのためにさ」
胸がきゅっとなる。
こいつは知っていたのか。山蛇の御前様という役割も、その決まり事も。
知っていて、私が“それでもやるのだ”と決め込んでいたと思っている。
「ちがうのかよ?」
「いや、まあ……」
「嫌になったの?」
そうとも言いづらくなる。
みんなも私をそういう風に見ていたんだ。
私がよくわかってなかったから、気が付いたら物事が進んでしまっただけ。
きっと、そういうことなんだろう。
「まだ、よくわかんない。仕事を覚え始めたばかりだし」
「大変だよな。俺だって、高校始まって、わかんないことだらけだけどさ、紗凪に比べたらって思うよ」
どう返答するべきか。いっそ、ここでコイツに打ち明けようか。
本当はよく分かってなかったって。
しかし打ち明けたところでどうなる。
もう始まってしまったことなんだ。私も、コイツも。
新しい生活というものが。
「そうか、高校生も大変だな。まあ、私も大変だが」
はあっと溜息。
「なんだよ、さっきから……。悩みあるなら聞こうか?」
「いいよ。あんたに話したって、何にも解決しないから」
「なんだよ、歯切れが悪いな」
颯太も溜息。
私も溜息。
「まあ、また遊びに来るわ」
「いや、もう来るな。面倒くさい」
「あー、はいはい、またな」
階段を降りていく颯太の背中。
どうにも変わってしまった。
私は、前のような人間ではなくなってしまったような気さえする。
どうして、こうなってしまったんだろう。
役割を持たされたことか、時間が進んでしまったことか。
それとも、私が自分の将来を、ちゃんと見ようとしてこなかったことが悪いのかもしれない。
もっとよく聞いておくべきだったのだ。
おじいちゃんの話も。母の話も。
村に伝わる御前様の伝承も。




