第一話 花嫁行列
十五歳になったら、お嫁さんになると言われていた。
小さかった私は、その言葉に浮かれていた。
それがどういう意味かなどは考えもしなかった。
もう十五歳。
中学を卒業するとき、私はどうやらお嫁さんになるらしい。
山の神様のお嫁さんに。
「高校生になっても友達でいてね」
クラスメイトの女の子が言う。
「いつまでも友達だよ」なんて私も言ったかもしれない。
しかし、卒業証書を受け取ったとき脳裏にあったのは、
これから家を出て暮らさないといけないんだったかな。
何て言うぼんやりとした思考だけ。
今年の卒業生は二十人。
先輩達より少ないし、後輩はもっと少ない。
広すぎる体育館、あっという間に呼ばれ終わる卒業生。
うかうか考える間もなく私の中学は終わりを迎えてしまったのだった。
高校受験ぐらい受けたらどうかと父には言われたけど、
行きもしない受験なんて気乗りしなかった。
父は隣街から来た人だから、お役目のことを理解してなかったのかもしれない。
おじいちゃんと夜な夜な言い合いをしていたけど、そのおじいちゃんも去年亡くなった。
今はお母さんに言われるままに、静かにしている。
内心はどう思っているのやら。
しかし、父のことを、とやかく言うほど私も理解しているわけじゃない。
気が付いたら勝手に決められたお役目だ。
「大きくなったら、誇り高いお役目に就きなさい」そう言われていただけで、
なにがどうなっているのか、私もわからないものだから。
とまあ、そんな卒業式も先週のこと。
やることもなく一週間を寝て過ごしていたら、今日が来たわけである。
「紗凪、そろそろ起きないと、支度に遅れるわよ」
母が布団を引っぺ返す。
「さむいー、もうちょっとー」
カーテンを開けられ眩しい光に目が痛む。
「駄目よ、もう皆さん集まって来てるの。主役が遅れたら始められないでしょう」
忙しなく部屋を片付け出す母。
やかましくて、うかうかと寝ていられない。
「はいはい、起きます、起きます」
「下に一丁目の美容師さんが来てるから、さっさと着替えて降りてきなさい」
大きな溜息を吐いて部屋から出ていく。
溜息を吐きたいのはこちらだというのに。
鏡を見たら、自慢のミディアムヘアは見事なボサボサ。
寝ぐせを直しに洗面所へ行きたいが、
どうやら家族以外が来ているらしいので、そこに行くにもためらわれる。
仕方が無いので、小さな鏡を見ながら、串でせっせと直す。
「ああ、やっと降りて来た。すいませんね、いつもこんなんで」
階段を降りると居間に集まる沢山の親戚。
名前も知らないけど、近所のおじさん、おばさんもいる。
こちらを見て、みんなが一斉に拍手をする。
口々に「おはよう」だの、「おめでとう」だの、
寝起きの耳には大きすぎる大合唱が聞こえる。
何も返さないのも失礼だから、黙ってペコリと頭を下げる。
「さあさ、花嫁さんはこちらに」
よく知った美容師のおばさんが、奥のおじいちゃんが使っていた部屋へと、私を案内する。
変な感覚だ。ここは私の家のはずなのだが。
「紗凪ちゃん、頑張ってね!」
「花嫁衣裳楽しみに待ってるね!」
かつてのクラスメイトも来ている。
「うーん。頑張るー」
とは言ってみたが、頑張るのは私ではない。美容師さんだと思う。
おじいちゃんの部屋には鏡やら、メイク道具やらの見慣れない物が持ち込まれ、
まるで小さな美容室になっていた。
「お母さんから、洋髪に綿帽子って聞いてるけど、それでいいかな?」
「はー、じゃあ、それで」
言っていることの意味はわかっていないが、母が言うなら、それで合っているに違いない。
私が不格好に直した寝ぐせは、霧吹きから見事に整えられ、
見る見るうちに綺麗な形に直された。
「口紅の色、これでいいかな?」
何色か赤色のリップを見せられるが、どれがいいのかなど判断できるはずがない。
そもそも化粧など碌にしたこともない。
「お任せします」
返答はこれで良いはずだ。
相手はプロなのだろうから、任せておけば何とかなるだろう。
「さ、紗凪、開けていいか?」
これは隣の家に住む颯太の声。
どうぞの、どう、と私が言ったところで扉が開く。
おい少年よ、女が居る部屋に入るときは、いささか遠慮という物が要るのではないかな?
こいつにデリカシーという言葉を植え付けたいものだ。
「どうしたの? いつにも増して変な顔」
目じりの端に写る見飽きた幼馴染。
「あの、何て言ったらいいか分かんないけど、頑張れよ」
「あー、うん」
それだけ言って扉を閉める。
まったく、どいつもこいつも何が言いたいのやら。
「じゃあ、メイク始めるね」
それからは顔を入念にいじられる。
「目を閉じて」「開けて」全て言われるまま。
美容師さんの顔が近くて、鏡だって見えやしない。
「はい、出来たよ」
そう言われたので、姿見に映る自分の姿を見てみる。
どういうことだ。鏡に映る自分は、かなりお姉さんに見える。
少なくともさっきまでの芋娘ではない。
これが化粧か!
世の女性達が一生懸命になるのも頷ける。
我ながら、なかなかの美人に思える。
恐ろしい。いやいや別に化粧が恐ろしいわけじゃない。
もしかして自分はそれなりに可愛い娘なのではないか?と、そう思ってしまった自分が、だ。
それからはとんでもなく重い、布団のような白い服を着せられて、
お腹をきつく締められた。
締めくくりに大きな丸い帽子をかぶせられる。
「なんかロボットみたい」
第一声がそれだったことは間違いだったかもしれない。
美容師さんが苦笑いしたから。
「こんな若い花嫁さんを見るのは私も初めてだけど、可愛いと思うけどなぁ」
可愛いと言われれば悪い気はしない。
それは“とても良い”と同義である。
「さあ、お披露目に行きましょうか」
姿勢を事細かく指示されて、その通りに歩いて居間に向かう。
そこは既に宴会会場になっていて、大人たちの騒ぎ声がうるさく響く。
「わあ、かわいい!」
クラスメイトの一声で、視線を一斉に向けられる。
「おお」と歓声と拍手が上がる。どうやら“とても良い”らしい。
それがなぜかはわからないけど。
「さあさ、皆さま、外へお並びになって」
神社の神主さんらしい服の人が立ち上がって言う。
ぞろぞろと玄関に向かう大人たち。
「紗凪、出発前におじいちゃんに挨拶して行きなさい」
皆が出ていく中、居間の仏壇前に母が手招きする。
「お父さん、今日、紗凪がお嫁に行きますよ」
手を合わせて目を閉じる母。
私も真似して手を合わせてみる。
「そうだ、出発前に、お母さんに紅を引いてもらいましょうか」
美容師さんがリップを持って母に渡す。
それをぎこちない手つきで私の唇に近づける。
「いつでも帰って来ていいからね。ここはアンタの家なんだから」
言われるまでもないことだ。当然のことを何故ここで言うのか。
それに、どうやら母は涙ぐんでいるようにも見える。
その反面、父は心配そうな顔でこちらを見ている。
「嫌になったら、すぐに辞めたらいいからな」
「また、あなたは、そんなに簡単なことじゃないのよ」
母は少し語気を強めて父を睨む。
まあ、待て待て。ここで喧嘩をするな。今、私の口元から目線を逸らしたら、口紅が変な形になるかもしれんだろうが。
雲一つない青空の下に大勢の人。
神主さんに呼ばれ、見たこともない大きな赤い傘の下に招かれる。
「それでは参りましょうか、花嫁様、ご両親様を先頭に、皆様はその後を続かれまして、お参りください」
神主さんが私の前で背中を向けて歩き出す。
頭の上の傘もゆっくり前へと進み出す。
歩き出せばいいのだろうか。私は傘の影から出ないように進み始める。
竹笛の音が聞こえる。
リズムよく鳴る太鼓の音も。
田んぼの間の道路。
村中の人が両脇の歩道に並んでいる。
パチパチと拍手を受けながら、歩道の上をゆっくりと列が進む。
カメラを持った人もいる。
物珍しそうにしている見知らぬ人たちもいる。
この村に、これだけの人がいるのも珍しい。
どうやら、今日はお祭りの日なのかもしれない。
なんのお祭りなのかなと、ぼんやり考えながら進む。
道行く人の視線は一様にこちらを向いている。
まさか私に関係することではあるまいな。いや、まさかな。
自分はクラスでも目立たない、しょうもない奴なのだから、人様が見ても面白い人間ではない。きっと、何か、私の知らないお祭りがあるんだろう。
「綺麗!」
こちらを向いている、誰かも知らない人が言う。
綺麗は可愛いと同義である。つまり “とても良い”と言うことである。
ありがたく受け取っておけばいい言葉だ。 深く考えることもない。
「こんな古い慣習が今の時代に見れるなんてね~」
どこかから風に乗って、別の言葉も聞こえてくる。
これは何のことを言っているのやら。
知らない誰かの話声などに、聞き耳を立ててもしょうがない。
深く考えないことにする。
長い田んぼ道を進み、川にかかる長い橋を渡る。
幾分か歩き続け、村を囲む山々のふもとに辿り着く。
頬を汗が流れ落ちる。
春とは言え、布団のような分厚い着物を着て歩いているのだ。
息も上がって当然だろう。
よく見知った神社に続く階段の下につく。
一際賑わいを見せる大きな鳥居の周りには、屋台やらがいくつも並んでいる。
満開の桜から舞い落ちる無数の花びら。
道行く人々の拍手も、話声も大きくなる。
暑い日差しと相まって、意識もぼんやりとしてくる。
前を行く神主さんが立ち止まったことに気が付いて、慌てて歩くのをやめる。
何が起きたのかとキョロキョロと視線を泳がせるが、状況は理解できない。
「山蛇の御前様、此処に、おな~り~」
わあっと一段と大きな歓声と拍手。
何がなんだかわからない。
わかることは、胃がもたれるような重さだけ。
ここに居る観客たちは何が起きているのか分っているのだろうか。
誰か教えて欲しい。今、私の身に何が起こっているのか。




