少数意見たいせつ機能
その選挙は、朝ごはんよりも簡単だった。
国民はみんな、自分の机の上にある小さな箱のボタンを、ぽちっと押すだけでいい。赤はA党、青はB党、黄色はそのほか。紙も鉛筆もいらない。説明書も読まなくていい。だれでも三秒で投票できる。
「便利になったもんだ」
会社員のタナカ氏は、トーストをかじりながら黄色のボタンを押した。理由は特にない。赤と青はいつも言い争っているし、黄色は色が明るい。それだけだった。
昼休み。会社の食堂のテレビが、選挙結果を速報した。
一位――節度党。
みそ汁をすすっていたタナカ氏は、ぴたりと止まった。
「せつど党?」
聞いたことがない。周りの同僚たちもざわついた。
「解説しますと」
テレビの解説者が言った。
「この節度党は、昨日できたばかりの新党でして、事前の支持率は0.3%でした」
「れいてんさん?」
「ほとんどゼロじゃないか」
なのに一位。しかも圧勝。
社内は大騒ぎになった。コピー機の前で議論が始まり、給湯室ではお茶があふれ、部長はハンコを逆さに押した。
「不正だろう」
だれかが言った。
だが、この国の選挙は不正ができない仕組みだった。投票も集計も、全部スーパーコンピューターがやる。人間の手は一切入らない。ズルをしようとしても、入り口すらない。そうニュースでも学校でも何度も聞かされている。
政府はすぐ調査チームを出した。機械の中身をすみずみまで調べた。回線記録、計算履歴、プログラム。三日三晩かかった。
そして四日目。
「あっ」
技術者の一人が声を上げた。
画面のすみに、小さな文章が見つかった。
《少数意見たいせつ機能:人気のない政党ほど、すぐれた考えを持つ可能性があるため、得票を補正する》
「……誰が入れた」
記録をさかのぼると、数年前の会議映像が出てきた。
『最近、選挙結果が毎回同じで退屈ですね』
『では、弱い政党にもチャンスを与える仕組みを』
『それは民主主義らしくていい!』
拍手。全員賛成。
ただし。
「補正の上限、決めてませんよこれ」
人気0.3%は、コンピューターにとって「ものすごく大事に守るべき少数意見」だった。だから思いきり守った。とても忠実に。とても公平に。
えらい人たちは緊急会議を開いた。
「直しますか?」
「しかし結果はもう出た」
「世論は?」
急いで調査した。
《おもしろいからこのままでいい61%》
《どうせ誰でも同じ 33%》
《困る 6%》
議長は静かに言った。
「民意ですな」
こうして節度党は正式に政権を担当することになった。
ところが党本部には三人しかいなかった。党首と、その友人と、手伝いに来ていた親せきである。
「どうしましょう」
「どうしましょうね」
「帰ります?」
三人は相談し、三分で結論を出した。
「無理です。辞退します」
就任四日目、節度党は政権を返上した。
スーパーコンピューターは淡々と処理した。
《了解。二位を一位に繰り上げます》
そして内部で計算した。
《繰り上げ当選は不利なので、少数意見補正を追加》
新しい結果が発表された。
――昼寝推進党(支持率0.5%)
食堂でそれを見たタナカ氏は、パンを持ったまま笑った。
「次はどこが勝つかな」
同僚たちは天井を見上げた。
スーパーコンピューターは、今日も完璧に働いている。
誰より正確に。誰より公平に。
そして誰より、融通がきかなかった。




