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少数意見たいせつ機能

作者: はまゆう
掲載日:2026/02/19

 その選挙は、朝ごはんよりも簡単だった。


 国民はみんな、自分の机の上にある小さな箱のボタンを、ぽちっと押すだけでいい。赤はA党、青はB党、黄色はそのほか。紙も鉛筆もいらない。説明書も読まなくていい。だれでも三秒で投票できる。


「便利になったもんだ」


 会社員のタナカ氏は、トーストをかじりながら黄色のボタンを押した。理由は特にない。赤と青はいつも言い争っているし、黄色は色が明るい。それだけだった。


 昼休み。会社の食堂のテレビが、選挙結果を速報した。


 一位――節度党。


 みそ汁をすすっていたタナカ氏は、ぴたりと止まった。


「せつど党?」


 聞いたことがない。周りの同僚たちもざわついた。


「解説しますと」

 テレビの解説者が言った。

「この節度党は、昨日できたばかりの新党でして、事前の支持率は0.3%でした」


「れいてんさん?」


「ほとんどゼロじゃないか」


 なのに一位。しかも圧勝。


 社内は大騒ぎになった。コピー機の前で議論が始まり、給湯室ではお茶があふれ、部長はハンコを逆さに押した。


「不正だろう」


 だれかが言った。


 だが、この国の選挙は不正ができない仕組みだった。投票も集計も、全部スーパーコンピューターがやる。人間の手は一切入らない。ズルをしようとしても、入り口すらない。そうニュースでも学校でも何度も聞かされている。


 政府はすぐ調査チームを出した。機械の中身をすみずみまで調べた。回線記録、計算履歴、プログラム。三日三晩かかった。


 そして四日目。


「あっ」


 技術者の一人が声を上げた。


 画面のすみに、小さな文章が見つかった。


《少数意見たいせつ機能:人気のない政党ほど、すぐれた考えを持つ可能性があるため、得票を補正する》


「……誰が入れた」


 記録をさかのぼると、数年前の会議映像が出てきた。


『最近、選挙結果が毎回同じで退屈ですね』

『では、弱い政党にもチャンスを与える仕組みを』

『それは民主主義らしくていい!』


 拍手。全員賛成。


 ただし。


「補正の上限、決めてませんよこれ」


 人気0.3%は、コンピューターにとって「ものすごく大事に守るべき少数意見」だった。だから思いきり守った。とても忠実に。とても公平に。


 えらい人たちは緊急会議を開いた。


「直しますか?」


「しかし結果はもう出た」


「世論は?」


 急いで調査した。


《おもしろいからこのままでいい61%》

《どうせ誰でも同じ 33%》

《困る 6%》


 議長は静かに言った。


「民意ですな」


 こうして節度党は正式に政権を担当することになった。


 ところが党本部には三人しかいなかった。党首と、その友人と、手伝いに来ていた親せきである。


「どうしましょう」


「どうしましょうね」


「帰ります?」


 三人は相談し、三分で結論を出した。


「無理です。辞退します」


 就任四日目、節度党は政権を返上した。


 スーパーコンピューターは淡々と処理した。


《了解。二位を一位に繰り上げます》


 そして内部で計算した。


《繰り上げ当選は不利なので、少数意見補正を追加》


 新しい結果が発表された。


――昼寝推進党(支持率0.5%)


 食堂でそれを見たタナカ氏は、パンを持ったまま笑った。


「次はどこが勝つかな」


 同僚たちは天井を見上げた。


 スーパーコンピューターは、今日も完璧に働いている。

 誰より正確に。誰より公平に。

 そして誰より、融通がきかなかった。

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