EP 9
泥酔女神からの着信
深夜。
隣のベッドからは、キャルルの健やかな寝息が聞こえてくる。
幸せそうに丸まって眠るその姿は、昼間の勇猛な戦士とは別人のように愛らしい。
「……悪いな、キャルル。あんな大事なもんを捨てさせて」
俺は窓際で、月を見上げながら独りごちた。
あの青い宝石。彼女は「いいのよ」と笑ったが、それがどれほどの覚悟だったか。
俺は拳を握りしめる。
その時だった。
『ピロリロリン♪ ピロリロリン♪』
静寂を切り裂く、間の抜けた電子音。
俺は飛び上がった。音の出所は、机の上に置いていたノートパソコンだ。
画面が勝手に点灯し、見たことのない『着信画面』が表示されている。
発信者名:【女神ルチアナ(飲み会中)】
「……うわぁ」
嫌な予感しかしない。
だが、無視してPCの機能を止められても困る。俺は恐る恐る『通話ボタン』をクリックした。
「もしもし……」
『うぃ〜っす! 大地ク〜ン、生きてるぅ〜?』
画面いっぱいに表示されたのは、顔を真っ赤にした女神ルチアナのドアップだった。
背景はどこかの居酒屋……いや、コタツ部屋か?
片手にはジョッキ、もう片手には焼き鳥を持っている。
「生きてますよ! おかげさまで放り出された直後に死にかけましたけどね!」
『あはは! ウケる〜! あ、サル君、枝豆追加でー』
画面の向こうから、野太い男の声(『貴様、魔王をパシリに使うな』とか言っている)が聞こえる。本当に魔王と飲んでるのか、こいつ。
『でさー、ちょっと様子見ようと思ってアクセスしたわけ。どうよアナスタシアは?』
「どうもこうも……通貨が『エン』だったり、魔物がいたり、無茶苦茶ですよ」
俺は声を潜めながら、これまでの経緯を簡潔に話した。
ゴブリンを倒したこと。キャルルを助けたこと。そして、関所で宝石を奪われたこと。
『ふーん……。やるじゃん。あのPC、ただの盾として使ってるの君くらいだよ』
「頑丈すぎるんですよ。……で、聞きたいことがあるんです」
俺は真剣な眼差しで画面を睨んだ。
「キャルルが持ってた『青い三日月型の宝石』。あれ、そんなに価値があるものなんですか?」
ルチアナはジョッキをあおり、「ぷはーっ」と息を吐いてから、面倒くさそうに答えた。
『あー、それ【月光石】だね。しかも最上級の。魔力を溜め込む性質があってさ、この世界の魔導具の電池になるわけ。人間国の貴族なら、城一つと交換してもいいレベルの代物だよ』
「し、城一つ……!?」
俺は絶句した。
キャルルは、そんな国宝級の代物を、俺一人の命のために投げ出したのか。
『で、それを憲兵に取られたと。……あー、なるほどね』
ルチアナはニヤリと意地悪く笑った。
『その憲兵、多分その石を闇ルートで流すよ。行き着く先は一つ。帝都の最大手、【ゴルド商会】のオークションだね』
「ゴルド商会……!」
またその名前だ。
俺が明日、乗り込もうとしていた場所。
『あそこなら、適正価格……まあ、数十億エンくらいで売れるんじゃない? 取り戻すなら、それ以上の金を用意するか、あるいは――』
ルチアナは意味深に言葉を切ると、焼き鳥の串を画面に向けて突き出した。
『ゴルド商会の会頭、「ゴルド・マッキンリー」ってじいさんがいるんだけどさ。彼、私の「お得意様」なんだよね』
「お得意様?」
『そ。私が地球の物資……タバコとか酒とかを、裏ルートで卸してやってんの。だから彼、地球の「珍しい品」には目がないわけ』
そこまで言って、ルチアナは「あ、やべ。サル君が酔い潰れた」と言って立ち上がった。
『ヒントはあげたよ。あとは君の持ってる「それ(PC)」をどう使うかだね。……じゃ、頑張って〜!』
プツッ。
通話が切れた。
嵐のような女神だった。
だが、収穫はデカい。
俺は暗くなったPCの画面を見つめた。
1.宝石は「ゴルド商会」に流れる可能性が高い。
2.ゴルド商会のトップは、地球の品物に目がない。
3.俺の手元には、地球のあらゆる知識とアプリが入った、女神製のノートPCがある。
「……勝てる」
俺はニヤリと笑った。
数十億エン? そんな金を作る必要はない。
俺自身が、彼らにとっての「数十億エン以上の価値」になればいいんだ。
俺はPCを開き、検索窓に打ち込んだ。
検索ワード:【マヨネーズの作り方】【回転寿司 システム】【簿記 基礎】【魔力 応用】
画面の光が、俺の瞳に反射する。
野球で培った「相手の配球を読む」思考が、ビジネスという名のマウンドで冴え渡る。
「待ってろよ、ゴルド商会。……おたくのトップを、俺の知識で三振に取ってやる」
俺はキャルルの寝顔に一度だけ視線を送り、静かにPCを閉じた。
明日は決戦だ。




